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第11列車 緊張と嫌悪


挿絵(By みてみん)


≪―超大型で、猛烈に強い勢力を保つ台風9号は現在、鹿児島県屋久島の西方284km沖合に有り…≫


≪中心付近の気圧は929hpa、最大瞬間風速は70~80mと予想されており、沖縄諸島では甚大な被害をもたらしましたが…≫


≪今後、台風9号は比較的早いスピードで明日昼前より九州地方に最も接近・上陸し、本州を横断する予想です。予想される1時間当たりの降水量は…≫


≪―九州は、終日運転を見合わせます。また、山陽新幹線では博多駅15時41分発の「さくら」560号より運転を取りやめ、東海道新幹線でも新大阪18時10分発の「のぞみ」250号より運転を見合わせます―≫





―月も終わりを迎えるころの6月末。

明日から7月1日を迎え、本格的に夏シーズンが到来するわけだが、東京第一運輸所はいつも以上に騒がしくなっていた。

まだ夏シーズンであっても「台風シーズン」には入らないこんな時期にもかかわらず、海面気温の例年以上の上昇により発達し続けた台風9号「メイメイ」は沖縄諸島に大規模な被害をもたらしつつ上陸予想の一日前の夜には九州地方西部を強風域に収めるほどのところまで来ていた。


「う~む、明日は忙しくなりそうだな。」

運輸所にいる人員が皆壁に掛けられたテレビを見上げている中、佐久間さんが私の方を持った。

「…そうですね、計画運休のお話は前から聞いてたけど…」


「計画運休か、最終ののぞみ250号は担当がお前だって聞いたぞ、神代サン。」



【計画運休】…俗に事前運休ともいわれるこの鉄道会社の対応は、悪天候や災害などによって運転の継続が困難および不可能になることが予想される場合に、運転休止時間の開始を事前にお客様などに対し予告した上で実施するものだ。

ほんのここ数年で生まれたこの対応だが、その誕生の起源も台風であった。


NR九州は明日始発より九州新幹線を含め終日運休となるという発表が2日前早朝に発表された。

NR西日本とNR東海は上りの始発駅に台風が接近する時間を算出、下りはその時刻の1時間以上後に出発する列車を、下りはその時刻の1時間半以上後に到着する列車を運休とした。


まだ最接近(上陸)の前夜ではあったものの、壁の大きな業務モニターでは台風の速報値に合わせて運輸指令からひっきりなしに情報が送り込まれ、表示されていく。

奥では担当が鳴りやまぬ業務内線電話の対応に追われている。

こんなに緊張する事態は通年、台風や大雪の時に日常的にみられるが、今回は異例の夏の初期の台風。それも「猛烈な勢力」の。

他の会社もきっとそうなのだろうが、普段とは違うような不安と緊張感が所内に走る。



明日、私は朝8時代の「こだま」にて名古屋まで向かい、一旦東京まで「ひかり」で折り返してひと休憩。その後は15時頃に再び東京を発ち、新大阪へ向かい、そこで「臨時の最終列車」となる「のぞみ150号」に乗務し、東京まで戻ってくる計4往復勤務を担当することとなった。



―またよからぬ勤務に入れられちゃった、と、嫌悪を抱きながら自分の寝床で就寝した。



―明日はきっと、大変な一日となるだろう…

泊まり勤務の者の殆どがそう内心に思っていたが、だれもそれを口に出すことは無かった。




―翌朝、普段通り起き、シャワーを浴び、着替えを済ませてささっと準備を終わらせる。

点呼場は普段以上にあわただしい様子だった。早めに起きたのが功を奏したと思ったが、皆が皆おんなじことを考えていたようで、中には私より1時間後の乗務に就く運転手も点呼を終えていた。


「あの、639Aの担当運転士、神代―」

「はいはい、639Aの神代さんね、今情報入力するから待ってて下さい。」


「―お待たせしました、点呼を開始します。まずアルコールチェックと本日の留意事項。」

「…はい、問題ありませんね。本日の注意事項ですが、社内通告にもありました通り、本日台風9号の接近による運転上変更が…」

どうやら台風の勢力は「猛烈」から「非常に強い」になったそうだ。が、それでも油断は全くできない。

特に私は台風が最も近くなると予想される時間帯をはしる列車の乗務だ。


懐中時計を合わせ、乗務行路表と時刻表を受け取るところも普段通りだったが、いざ開くと注意事項の書かれた付箋と紙がびっしり詰まっている。

「ひええぇ…恐るべし、台風。」


途中途中、車輌区まで向かう途中に何人かに話しかけられたが、誰もが緊張気味な口調で話していた。

計画運休…その時刻までに出発しなければ、列車はお客さまを乗せたまま列車ホテルとなる可能性もある。

―遅延は絶対に許されない。

「冷静に、今日も頑張りましょう…」

彼ら彼女らとはそう挨拶を交わして互いの運転する編成へと向かっていった。


ワイパー・運転窓よし、側面よし―


嵐の前の静けさと言ったところだろうか、天気は雲一つない晴天だった。

直ぐに外見確認を済ませ、乗務員室に乗り込む。

「直流電圧、車内電力良し、パンタ上げ…供給電圧良し、BC600―」

「今日は久々に大変になりそうだよ、X-RAY。」

 

ガララッ


「ブレーキ圧よし、ATC構内…」


運転4年目でベテラン以上の腕を持つ彼女が、顔をこわばらせる。


『総合指令、こちら回1738Aです、現在構内12番に停車中。品川構内と東京18番への出区許可願います。』


『回1732A、了解しました。構内信号が進行現示になり次第出区してください。…』




午前7時48分、晴天の朝空のもと、皐月とX0編成は東京大井車両基地を出発した。




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