第9列車 Delay 8023A
―「岡山、定刻13時27分10秒。29分55秒延着。」
「岡山到着~。途中まで「こだま」が先行してたんやね。あんまり回復してへん。…まぁ、ほんせやけど(それでも)時間は縮まったけどね。」
≪22番線に到着の列車は「のぞみ」23号、博多行で……大変お待たせいたしました、22番線は13時27分出発ののぞみ23号、博多行でーす。現在車輛故障の影響で30分程度遅れて運転をしております。お客様には大変ご迷惑を~…≫
定刻通りだと思っている自動放送を遮り、接近放送が駅員達自身により掛けられる。
「うっひゃぁ…凄い人やぁ。」
若菜が後方の乗務員扉の窓から、まだお客様が居るというのにでかい声でたまげている。
のぞみは、20分前後の間隔で走っていることが多いが、この様に本来次の列車が発車する頃位に前の遅れた列車が入線してくると、やはり2列車のお客様の需要を救い上げることとなる為、非常に混雑する。
また、「のぞみ」にも連結されている自由席車両では自由席券は列車指定がない(自由席が付いている列車にならどれでも乗車できる)ことから、平日・休日構わず混雑するところ、この時ばかりは立ち客が発生してしまう場合も珍しくはない。
特に今日と言う日は2列車分の需要を拾うのだから、いちいちホームを確認しなくてもだいたい分かる事だ。
ビィーッ、ビ・ビ・ビィー…
車掌から応答を求めるブザーが鳴る。
中間車掌室からだ。
『はい、こちら補助運転士の圓通寺。』
『もしもし、中間車掌の雨宮です。自車(自由席車)にお客様の乗車に大変手間がかかっとる様なんで、指定席車を立席開放しましたぁ。運転手さんに宜しく頼みます~。』
『了解です、ご協力ありがとうございます。』
「―…若菜、車掌さんなんだって~?」
「自由席車に人が入りきらんらしいから、指定席での立席乗車を許可したって。ぼちぼちアナウンスかかんで。」
金曜日の昼下がりに指定席の解放とは…結構私の経験上でも珍しい部類に入るのかもしれない。
通常、指定席車輌に自由席のお客様のご乗車を許可するのはゴールデンウィーク期間とか、各種長期休み(その中でも夏休み)には日常的にあるのだが、通常の連休を控えた平日の金曜日に指定席開放と言うのはそんなにないことなのである。
「ドア灯よし、信号開通よし、ブレーキ緩解よし。岡山、23分27秒延発。」
「…岡山発車。あ~あっ、遅延時って必ずこないな予想にもしーひん出来事が起きるよね~…」
「ふふ、いつもの3連休の最終便だと思って運転すれば慣れていくよ。」
「ひええぇ…職業慣れって恐ろしっ。」
結局、岡山の次に止まる福山でも遅延が回復したのはほんの数十秒だけで、あとは先行列車の遅れや混雑で殆ど30分台の遅延を保ったまま走っていた。
先行列車を追い抜かしつつ、X-RAYは広島も抜け、昼下がりの穏やかな山陽地区を突っ走る。
車内アナウンスは、広島発車後まで頭を下げっぱなしだった。
雑談を交えながら、西へ西へと進みゆく。
とても、3時間弱では話しきれないほど、若菜と話すことはいっぱいあった。
「-…博多停車。定刻15時10分25秒…21分28秒延。」
追い抜かしを繰り返しつつ、博多までで15分程度は巻き返すことに成功した。
≪…博多~、終点の博多に到着です。本日は列車が遅れまして誠に申し訳ございませんでした。引き続き、九州新幹線ご利用のお客様に~―≫
ドアが開くと同時に、東京からの客と大阪・岡山からお客様が大量にドアから吐き出され、車体が走行時等しく左右に揺さぶられる。
普段通り…とは決していかなかったが、お客様を全員降ろし、普段はこのまま車内清掃に入り折り返すところを皐月のX0編成は博多南の総合車両基地へと向かう。
「博多代行到着」の旨を東海社員専用のタブレット端末より送信し、すぐさま番線を開けるべく回送準備に入る。
「若菜、今日はこれで2人とも営業乗務終了だからさ、ちょっとだけどっか食べに行かない?」
時刻は午後3時の半ばごろ、流石にお腹が空いた。
「おぉっ、ええな。さつきがここらに来ること滅多にないしそうしよか。」
若菜は制帽も外してしまい、いかにももう乗務は終わった風な雰囲気だ。
車庫に入って電源を落とし、点検を全項目済ませて点呼を終えるまでは「乗務」である。
注意もしたい気持ちもあったが、西日本がここまでならセーフなのかもしれないし、第一人の言うことを従うことをあまり好まない若菜には無駄かもしれない。
≪13番23A、降車終了~≫
≪13番了解。13番線から回送列車が発車しま~す、ご注意ください。≫
博多から先にある、西日本管轄の博多新幹線総合車両基地は少し距離が有り、我々NR東海では「博多南」と総称している。
この区間だけで車庫までの総距離はなんと8.8km。最高速度は120km/h。
そんなに長いのなら、旅客化してしまって新しい駅を作ってしまおう…とでも考えたのか、現在ここには「博多南線」と呼ばれる在来線が通っていて、私たちが走る回送線を共用する形で端っている。
需要は大変高い様だ。
しかし、ホームが8両編成までしか対応していない為、私の運転する東海地区のN700系等では回送扱いのまま直接回送される。
「さつきちゃん、ここでATCから構内に切り替えんねん。」
車庫横にある「博多南駅」を横目前に、保安装置を若菜の指示通り、一時停止位置で保安装置のスイッチを「構内」に変える。ここからがラストスパートだ。
「…23A、⑲番入区完了。…若菜は保安系のチェックとオフよろしくね。」
「えぇ~…こいつただでさえ点検項目多いのに~」
全ての装置に異常がないことを確認し、ひとつひとつ電源を落としていく。
旅客営業ではまず見かけない、安全裏の現場のひとつだ。
「…パンタ下げ…よし。電圧降下よし。蓄電池よし、ブレーキよし。…はいっ、お疲れ様でした。」
「ぃやったぁ!これでようやっとさつきしゃんとデートや!」
「…久々だからってそんな盛り上がんないでよね~。」
乗務員扉に鍵をかけながら、困り顔を見せだす皐月だったが、口元はどこか笑っていた。
普段ならこんなことはせず、直ぐに博多の駅まで引き返してのぞみに便乗させてもらうのだが、X0編成からは離れることが出来ない皐月は、今日は臨時扱いで西日本博多運転所にて2時間ちょっとだけ休憩をはさみ、夕過ぎにX0編成を東京大井まで回送させるスケジュールとなった。
普段とはちょっと違う点呼。
普通はハンドルを握ってた私が点呼の主人公となるのだが、ここはあくまで西日本の区間。
私は東海の乗務員なので、点呼は若菜が主体となって行われている。
返却するの業務時刻表も急ごしらえで東海と西日本が作成したものだ。
乗務中の問題点・そして遅延の件を改めて伝え、点呼を終えた。
「さつき~、はよしてよ、先行っちゃうぞ~!」
まだ着替えている真っ最中に、遠慮もなく若菜のどでかい声が更衣室に響き渡る。
なんだか、急な常務変更に追いつけなくなってしまったのか、まだ1日目が始まったばかりの様にさえ感じてしまった。