シスコンの伯爵令嬢は裏で暗躍する
一箇所名前のミスをしておりました。
6/7に該当箇所を修正しております。
「まあ、なんと可愛らしいのでしょう!」
私は思わず叫んでしまった。令嬢としてはどうか、と思われれるかもしれないけれど、今はそんなこと気にしてる場面ではないわ。
私はモーガン伯爵の娘、ダイナ・モーガン。元々3つ上に兄さんがいるのだけれど、今日から可愛い妹も増えることになったの。彼女はアンと言って、モーガン家が経営している孤児院の出身なの。そんな彼女が伯爵家に養女としてきた理由は、彼女の持つ魔力だった。この辺では珍しい光の魔力で、光の魔力を持つものは15歳で学園に入り、卒業後は宮廷魔道師団に入隊するという様に暗に進路が決まっているの。なのでその後ろ盾として我が父が選ばれたわけ。
私も市井の勉強として孤児院に何度も足を運んで居たけれど、その中で一番可愛がって居たのが彼女だった。私が訪問すると一番に「ダイナ様!」って駆けて来てくれるのよ?可愛いと思わない?
様子を見ると彼女は不安そうだった。お願いします、の言葉も緊張のあまり噛んでしまったみたい。そんな彼女も可愛い・・・もちろん、新しい環境に慣れるまで大変だと思うわ。まずは不安を払拭しないとね。
「嬉しいわ、アン。これからよろしくね」
「遠慮なく兄さんと呼んでくれ」
これで不安を払拭できたみたい。彼女がほっとしているように見えたわ。これからこの家の一員になってもらえるよう、お手伝いしなくては。
ダイナはこうしてシスコンになっていくのであった・・・・
時を経てダイナは学園生活2年目に入る。彼女はこの時を待っていた。
「やっとアンが学園に入学ね!一年間本当に寂しかったわ・・・」
そう、アンの学園入学である。アンは養女となってから伯爵令嬢として並々ならぬ努力をしてきたのである。元々新しいことを知るのが好きであったこと、非常に真面目だったことも幸いした。この学園に入学するまでには、基礎的な部分を押さえることができたのである。
入学当初ダイナが心配していたことは、元々平民で伯爵令嬢の身分となったアンであるため、周りから虐められるのではないか、と不安視していた。しかし、彼女のクラスにはモーガン伯爵家と仲が良いスタンシー伯爵家のご令嬢もいたため、アンはすんなりとクラスに溶け込んでいったようであった。その姿は帰宅してからの話で分かったのである。
「お姉様、今日スタンシー伯爵家のご令嬢のチェルシー様が、子爵のご子息様と言い合いされていたの」
「あら、そうだったの。アンが何か言われたの?」
「いいえ、お姉様。チェルシー様が子爵のご子息様に嫌味を言われていらっしゃったの・・・」
チェルシー嬢は勇ましい女性であった。
そして月日は巡っていく。アンが入学して3ヶ月ほど経ったある日、帰宅したアンの様子がおかしいことに気がついたのだ。何時もであれば、笑顔で挨拶をしてから自室に戻るアンが、今日は顔を青くして帰ってきたのだった。侍女がアンの様子に気を遣い先に部屋に戻らせていたのである。アンを担当する執事からダイナはそのことを聞いたのだった。
その日から数日経つが、彼女の様子は変わらない。すぐ自室に行くことはないが、笑顔が引き攣るようになっていた。そして姉であるダイナと話すことも少なくなっていたのだ。ダイナは自室で呟く。
「おかしい。アンの様子がおかしいわ。今までこんなことなかったのに・・・私が何かしたかしら?」
アンのことが大好きすぎて思い当たる節が結構あったのだ・・・
・・・いつも学園で馬車から降りるときに、抱きしめるのがよくないのかしら?あとは・・・
キリがないのでここまでにしておく。
ダイナはアンに謝ろうと考えるが、彼女は家では誰とも喋りたがらなくなっていた。それならば、と学園で彼女のクラスに行き、お昼を誘うことに決めたのだ。
翌日彼女はお昼休憩前の休憩時間にアンがいるクラスを訪れていた。しかしアンがいるはずの机はぽっかりと空いている上、クラスを見回してもアンは見つけることができないかったのだ。ダイナは出かけているのだろう、と思いクラスを後にしようとしたところに、仲のいいチェルシー嬢と目が合った。
チェルシー嬢は目を見開き、周りの友人に一言声をかけダイナの元にやってくる。
「お久しぶりでございます、ダイナ様。このクラスにご用ですか?」
「今日はアンとお昼を一緒に取ろうと思って誘いに来たのだけれど・・・アンはいないのかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、チェルシー嬢はバツの悪そうな顔をし、ダイナに向き合う。
「ダイナ様、今日のお昼は私とアンの友人と一緒に取っていただけませんか?ご相談があります」
いつになくチェルシー嬢の真剣な表情に釣られ、彼女は気付いたら首を縦に振っていたのだった。
お昼休憩になり、約束したテラスに向かうとチェルシー嬢たちはもう既に席を取って待っていた。その場所は他のテーブルから少し離れていて、内緒話をするには良い席で知られている。ダイナは彼女たちの元へ向かい、空いている席に腰をかけたのである。
「お手を煩わせて申し訳ございません、ダイナ様」
「いいえ、ここで相談とは・・・結構深刻なのでしょう?」
ダイナは彼女たちの顔を見渡す。その顔には少しばかりの焦りと、悲壮感がにじみ出ている。
「ところで、チェルシー様。相談の内容とは・・・?」
その内容を聞いたダイナは衝撃を受けたのである。
アンは現在、ダイナの同級生であるこの国の第二王子、公爵のご子息たちに付き纏われているというのだ。チェルシーと共にクラスに混じり、楽しく過ごしていたアンだったが、平民上がりの伯爵令嬢ということで話題が持ちきりだったこともあり、彼女を一目見ようと上級生が訪れていたのである。最初はアンもチェルシー達もクラスメイトも、そのうち止むだろうと腹をくくっていたし、上級生にもの申す訳にもいかない。だから放っておいたのである。
しかし、その中には第二王子と彼に付き従う公爵のご子息達が混ざっていたらしい。そしてアンの愛嬌のある可愛らしさを見て、興味を持った彼らはアンに話しかけるようになってしまった。勿論、アンもダイナの指導のもと社交界のルールは学んでいるのである。婚約者がいる男性には近づかないことを知っているため、やんわりと断っていたのだが、何を勘違いしたのか王子達は全く彼女の話を聞くことなく、休憩時間ごとに連れ出しては彼女を何処かに連れて行っているらしい。
クラスメイトは彼女が嫌がっていることを知っているので、1年生内で噂が出た時は「彼女の意思ではない」と噂を訂正することができるのだが、最近は上級生に少しづつ噂が広まっているらしく、困っていたとのことであった。
「私たちでは王子様達のお陰で話を聞く時間もありませんし・・・ましてや彼らの婚約者様に申し出ることなどできません。なのでお力をお貸し頂ければと思いまして。」
チェルシー以外のご令嬢も頭を垂れ、あるご令嬢は目に涙を浮かべている。彼女達は本当にアンのことを心配してくれているのだ、とダイナは心から彼女達に感謝したのだ。
「分かりました。こちらで何とかしますわ。教えてくれてありがとう、皆様」
彼女達がダイナを見つめている。そんな彼女達に向かってダイナはにこっと微笑むのだ。
「皆さんは、1年生でアンの噂が出たときに訂正してくださることと、アンに何かあったら私に伝えることを言い続けていただくだけで構いませんわ。アンは我慢強い子。多分まだこのことを言い出すことはないと思います・・・アンの証言が取れる時が来るまでは、私にお任せください。」
彼女達はダイナに深く深く感謝の礼と、ダイナの言葉を実行すると約束してくれたのであった。
そこからシスコンのダイナは行動が早かった。
まず帰宅するとすぐに執事に父とのアポイントを取る。そして念のために、兄にも同席してもらうよう頼んでいた。今日はチェルシー情報によると、放課後は王子達がアンを連れてテラスで話しているらしい。その間に彼女は父と兄にチェルシーの話したことを伝えるのだった。
「第二王子は頭の弱い方だと聞いていたが・・・まさかそこまでとは・・・」
父も兄も頭を抱えていた。王子達の爵位ではアンが何も言えないし、強く否定できないのも分かるのである。しかしそれではアンが男を誑かしていると見えてしまう。それも困る。
「私の友人に取り巻きの公爵様の婚約者様がおりますの。その方を通じて、婚約者様達にはこの件をお伝えしておきますわ」
「では、私は宰相に相談して見よう。もしかしたら何か提案をしてくれるかもしれん。」
「そう言えば、その取り巻きの中に私の上司の弟がいるはず。その上司にも弟くんの様子を聞いてみるよ」
ダイナ、父、兄と幸いなことに手立てがあるようだった。3人は顔を見合わせて頷く。
「明日宰相に相談、その結果はまた明日話す。今日はアンを労らないとな。この件についてはアンの前では禁句とする。」
次の日、父が宰相に相談したことにより事態が少しづつ動いていくこととなる。
まず宰相が父の話に危機感を覚えたこともあり、早急に調査する、と返事をしてくれたそうだ。アンには一人、諜報員をつけることとし、王子達の取り巻きとどのような話を行なっていたかを確認させる。また調査官も派遣し、今までの状況や証拠を把握していくことを約束したのであった。
なぜ伯爵令嬢にこのような対応をするのか、それは理由がある。一つ目は王子達の処罰である。アンが誑かしているのであればアンが処罰を受けるのであるが、婚約者がいる上で嫌がっている令嬢に手を出すとなると王子達が処罰の対象である。どちらに非があるかを確認しておきたい、これが一つ目だ。
二つ目は彼女が光属性の魔力を持つ者だからである。光属性の魔力を持つ女性は希少なため「聖女」として昔から崇められ、必要以上に手を出してはならない存在とされている。それに光の魔力を持つものは、この世界で唯一回復魔法を使えるのである。回復魔法は薬草より万能で、病気にも効果があると言われているため非常に重要なのだ。言い伝えでは、愛する者以外が聖女の純潔を奪えばその力は失われるとも言われていることもあり、王子一行の無知により不用意に力を奪われては困る、というのが宰相の中にあったのだ。
調査は行われ、次第にチェルシーの証言が正しいことが証明され始めた。その事を聞いたダイナは、アンを取り巻く男性達の婚約者にも説明を行い、アンの潔白を証明する。婚約者達もアンの様子を不審に思っていた様で、(彼女が男性を誑かしているようには見えなかったため)ダイナの話を聞いて納得し、自身の婚約者の馬鹿さに呆れていた。
そしてアンの我慢が限界になる日をついに迎えた。毎日のようにチェルシー達が声をかけていたのも功を奏したらしい。調査が入って2週間ほど経った時、アンが泣いて家に帰ってきたのであった。
アンの部屋をノックし、話をしないかと伝えたダイナ。いつもは拒否するアンであったが、今日は彼女の言葉を拒むことはなかったのである。そしてアンはダイナに取り巻き王子達のことを洗いざらい話したあと・・・ダイナは彼女に聞く。
「アンは彼らのこと、どう思ってる?」
「どうも思っていません。むしろ私をそっとしてほしいくらいです。」
その言葉に満足したダイナは、アンの許可を得て父に全てを話しに執務室に向かったのである。
その翌日、昼休み。アンの取り巻きである王子達一行は、アンのお願いによりテラスを訪れていた。初めてのアンのお願いに彼らは満面の笑みでいいよ、と答えたのだ。その笑みにアンが引いていることにも気づかずに。
テラスでアンと王子達が席に座って談笑(アン以外が)していたところに、アンの姉のダイナと王子一行の婚約者たちが訪れる。何事かと彼らが驚いているすきにダイナはアンの手を取り、自分の元に連れてきたのであった。
「無礼者!アンの手を離し、そこに座らせろ!」
王子達がキャンキャンと吠えている。それを嘲笑うかのようにダイナは彼らを見下し、笑いかける。しかしその笑いは怒りを含んだ笑いであったため、キャンキャン吠えていた王子達はその怖さに一瞬ひるんだようだった。
「あら、殿下ごきげんよう。いつもアンさんを連れ出してお楽しみのようで。」
王子の婚約者であるベル公爵令嬢が話しかける。ここからはダイナの出番はない。相手が王族なので、婚約者の彼女に任せれば問題ないのだ。彼女に物を申せるのはもちろん王子だけだし、その王子よりベル様の方が比べることが失礼なほど聡明である。
「アンは俺たちと居たいと望んでいた。俺たちもアンと一緒に居たいと望んでいた。だから一緒に居たまでだ」
周りから小さく溜息が聞こえる。ダイナや婚約者の公爵令嬢によって、アンが王子一行を嫌がっている事実は学園全員の知るところとなっていたのである。知らないのは王子一行だけだったのだ。
「アン、俺たちと一緒にいたいよな?いつも肯定してくれてたよな?」
縋る目で王子達はアンを見つめている。その視線の先にいるアンは、その視線が恐ろしかったのだろうか、姉の後ろに隠れるように姿を隠したのである。
「これが肯定しているとお思いですか?あなた方はどれだけ色呆けしていらっしゃるのかしら。」
情けない、と婚約者達は一斉にため息をつく。そして追い討ちをかけるようにベルは話し始めたのだ。
「殿下と取り巻きの皆様はご存知ないと思われますが、アンさんに取り巻くあなた方の件に関しては調査が行われ、アンさんに監視もつけていましたの。これは宰相様直々のご指示として、国王陛下にも許可をいただいておりますわ。」
王子達一行は何も言えずに固まるしかなかった。そう、国王陛下が調査の許可を出した、つまりアンの件は問題であると宰相が認め、国王陛下も問題と認めたということなのである。自分たちの行動が問題だった・・・問題を起こしていたということに他ならない。
「そしてアンさんがあなた達に纏わり付かれて困っている、という調査結果が出ておりますの。例えば嫌がる彼女を無理やり人気のないところに連れて行ったり、怪我した彼女が遠慮しているにもかかわらず、無理やり抱きかかえて保健室まで連れて行ったり・・・婚約者のいる男性のすることではありませんね。彼女の言葉を全然聞いていらっしゃらないのね。」
王子一行は沈黙することしかできなかった。その様子を周りは静かに、けれども興味津々の様子で見つめている。
「アン、俺たちといるのは嫌だったのか・・・?」
最後に縋るように聞いてきたのは王子であった。王子のライフはもうゼロに近かったのである。
アンはダイナの横に立ち、少し前にいたベルに顔を向ける。ベルは「アンさんが思うままを述べてくださって結構ですわ。許可は国王陛下より戴いています」と笑いかける。意を決したアンは王子一行に話しかけたのだ。
「私は、殿下達と一緒にいるのは婚約者様に申し訳ないですと何度も伝えました。伝えましたが、誰も笑って受け取って貰えなかったのです。休み時間ごとに殿下達に連れられて、私としてはもう来ないでほしいとお伝えしたのですが、それも笑って受け取って貰えず・・・辛かったです。」
「この件は調査でも裏付けが取れておりますわ。全く、人の話を聞かないなど貴族としてあるまじき行為でございますわ」
そしてベルは彼らに対する制裁を述べる。
「国王殿下より、私が制裁をいい下す事を許可いただいておりますのでお伝え致します。貴方達は今後聖女になるであろう女性を追いかけ付け回し、挙げ句の果てには純潔を奪おうとする行為を行いました。よって貴方がた取り巻き一行は降格と致します。追って、国王陛下と王妃様との謁見が行われますので、そこで詳しい話はお聞きになってくださいませ。ああ、殿下は王族を名乗ることは許さん、と国王殿下から伝言ですわ。」
ベルの言葉に立っている力も無くなったのであろうか、膝から崩れ落ちていく王子一行。
「後、私達取り巻き一行の婚約者は、婚約を白紙に戻すことになるそうですわ。」
ベルの断罪から数日後、元王子一行はベルの宣言通り王族や公爵家を追放された上で、子爵となった。しかし表向きは彼らに領地を与える余裕などはないため、(裏では領地はあるのだが温情を与えるなという国王陛下の命令により)領地なしの子爵として彼らは学園を辞め早急に仕事を探すことになったようだ。しかし彼らは残念なことに王宮と学園の出入り禁止を言い渡されていたので、仕事は市井で探すことしかできなかった。
元々頭の弱い第二王子に手を焼いていた国王陛下であったが、まさかここまでとは思わなかったのであろう。聖女の重要性も知らない第二王子に愛想もついてしまったのである。
そんな話を父から聞いていたアンとダイナ。
「こんなに厳しい制裁で宜しいのでしょうか・・・」
アンは不安になっていた。私が我慢すれば、もっと言っていればとも思っているだろう。責任感の強い子なのだ。
「アンが気にすることではなくてよ。貴女は充分彼らに伝えていた、と調査官の方から聞いておりましてよ。それに、不躾にもアンに手を出そうとした彼らが何も分かっていなかっただけなのよ。光の魔力の重要性も分からない奴らが政治を牛耳ることがなくて良かったのですよ。ベル様たちも貴女に感謝しておりましたわ。」
目の前でお茶を飲んでいる父が苦笑いをしている。ダイナの言葉遣いに棘を感じていたからだろう。だが、彼女の言っていることも言葉は悪いが正しいので、今回は大目に見てくれるようだった。
「このことは忘れて、貴女が思う道を進みなさい。」
ダイナはアンに優しく話しかける。元々アンが進む道は決められているのだが、彼女はその道を歩むことに否定も迷いもなかったのだ。たくさんの人を助けたい、アンはその気持ちをずっと胸に秘めている。
「はい、お姉様!」
アンは笑顔で返事をする。そうだ、私は私の道を進むんだ、と感じながら。父は父で、その遣り取りを微笑ましく見ていたのだ。
・・・やっぱりアンは可愛らしいですわ!今回は私が見落としておりました・・・また変な虫が付かないように、見張らないと!!!
今回のことでシスコンが加速した姉の気持ちなど、父とアンは気づくことは無いのであった。
拙作をお読みいただき、ありがとうございました。
最近ご令嬢の婚約破棄の物語を読んでいて、何か面白い話はできないだろうかと考えていた時に考え付いた作品です。
ご令嬢や取り巻き中心でなく、その視点から離れた第三者がどう動くかを物語としてはどうだろうか、と漠然と思い作りました。そして主人公も単なるご令嬢だと面白くないので、妹が大好きな姉という形に致しました。
ノリと勢いで作成したお話ですが、楽しんでいただければ幸いです。