第八話 過去を糧に
今回で最終回です
昨日は変な日だった。自分でも驚くほど、兄に愚痴というか思うことをぶちまけた気がする。なぜかは今思うと分からないが、多分ストレスが溜まっていたのだろう。そのおかげか、今日は気持ちよく朝を迎えることが出来た。
朝ごはんを食べに一階に降りると、もう兄は朝食を済まし、ゆっくりしていた。私が朝食を食べ終わる頃には、兄は部屋から居なくなっていた。制服に着替えて学校に行く準備を終わらせ、テレビを見ながらゆっくりしていると、突然、家に電話が掛かってきた。お母さんがその電話をとると、だんだん表情が曇っていっていた。
「どうしたの?」
「夕実、今日は学校休みなさい」
いきなり電話がかかってきたと思ったら、焦った様子で私に変なことを言ってきた。何が起こったのか、状況が全く把握できない私は、休まなければならない理由を訊いた。
「なんで?」
「優希が事故に遭っちゃったみたいなの」
聞き間違いだろうか、今なんか変なことをお母さんが言ったような気がする。
「もう一回言って」
「だから、優希が事故に遭った」
ということは、今病院にいるってこと?何で事故になんか巻き込まれたの?ちゃんと信号守ったの?どっちに非があったんだろう?疑問だけが頭の中に募っていき、しまいには自分でも何を考えているか分からなくなってしまい、気がつけば病室にいた。
真っ白なベッドの中には、兄が目を閉じて寝ていた。その寝顔は悲しそうでも、笑顔でもなく、無表情だった。
「あの、ちょっといいですか?」
看護師さんがお母さんを外へ呼び出していた。病気の人がよくつけている酸素を送る装置みたいなものをつけていた。まだ快復しきっていないのだろう。私はベッドの側に置いてあった椅子に座った。
お母さんが話している声が微かに聞こえてきた。だが、何を言っているかは分からなかったので、耳を澄ました。
「いろいろ手は尽くしたのですが……」
「いえいえ、息子のためにそこまでして頂いて、ありがとうございます」
「本当に申し訳ございません」
「顔を上げてください」
話の内容から考えると、これってもしかして……
お母さんが部屋に入ってきた。振り向くと真剣な顔をしていた。
「夕実、大事な話があるんだけど、心の準備はいい?」
やっぱりそういうことなんだ。ここまでくるとあっさりと現実を受け止められるものなんだなと思いながら、静かに頷いた。
「一言で言うと、優希が死んだ」
やっぱりそうなのか。でも不思議と全く哀しく感じない。それほど自分の中で重要な出来事と思っていないからなのだろうか。
でも、椅子から立とうとすると、脚に力が入らず、痙攣のように震えて立てなかった。
あれ?なんで力が入らないの?全然身体に問題ないのに。精神的にも大丈夫なはずなのに。どうして?なんで?こんなのおかしい!
脚に力が入らないので、手をグーにして思いきり自分の太もも辺りを殴る。だが、脚の痙攣は治らず、自分の身体なのに思い通りに動かなかった。
「くそ!」
全く言うことを聞かない体に腹が立ち、思わず大声で喋ってしまった。だが、お母さんは勘違いしたのか、私を慰めてくれた。
「大丈夫だよ。優希は優しいから」
そんなことは気にしていない。私は言うこと聞かない体にムカついているだけだ。決して兄が死んで哀しいとか、寂しいとか思ったりしていない。
そう思っているはずなのに、お母さんが慰めてくれた瞬間、視界が滲んできたかと思えば、脚に水が落ちたような感触があった。
まさか私が泣いてるの?あれだけ嫌いと思っているはずの兄が亡くなって。
そんなことは絶対にないはずだ。私に限ってそんなことはあるはずがない。
立つことができない私を見兼ねたのか、お母さんが手を差し伸べてきてくれた。
「立てる?」
「大丈夫に決まってるじゃん」
そんなことを言いながらも、差し出された手を思いっきり握って力を入れて、脚をガクガクさせながら椅子から立った。今日の私はとってもみっともない。
帰り道、お母さんが私の背中を摩ってくれた。こんな姿を晒すなんて自分でも驚きだし、できれば誰にも見せたくなかった。
家に着き、自分の部屋でゆっくりしようと二階に行くと、兄の部屋が目に入った。妙に見入ってしまい、動こうと頭の中で思っていても足が根っこのようになってしまい、動くことができなかった。
そして、やっと足を動かせたと思ったのも束の間、なぜか兄の部屋の方へ勝手に歩いていき、部屋の中に入っていった。
部屋の中は昔と変わっていなかった。だからなのか、兄は部屋の中に居るように感じた。決して姿が見えたり、声が聞こえたりはしていないのだが、そう感じてしまった。部屋の匂いがそうさせてるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、兄と遊んでいた思い出が蘇ってくる。楽しかったなぁと思いつつ、また涙が流れてきた。
「もう一回、お兄ちゃんと遊びたかったな」
そう思った途端、脚の力が抜け、体が崩れ落ちた。なんでそんなこと思ったのだろうか。あれだけ避けてた兄を昔のようにお兄ちゃん呼びにして、しかも、また遊びたいだなんて。なんでだろう。なんでこんな風になったんだろう。私っておかしいのかな?
溢れでてきた感情を抑えることができず、ワンワンと病院の時以上に大泣きしてしまった。そんなときに、なんで私はお兄ちゃんが嫌いなんて思っていたんだろうと疑問に思い、記憶の中を辿っていくと、思い出した。
「遊びたいのに構ってくれなかったからだ」
そんな小さいことで嫌いだなんて言っていたのかと、改めて自分の器の小ささに呆れてくる。
そんなことを思っていたら、知らない間に泣き止んでいた。
これからはお兄ちゃんに負けないように頑張っていこうと自分に言い聞かせた。
そう決意し、下に降りてお母さんの手伝いをしようとしたが、できなかった。
それは、お母さんが食卓の椅子に座って、すすり泣きをしていたからだ。なので、私はそっと自分の部屋に戻った。
そして、少し時間が経った後に一階に降りると、すでに晩ご飯が出来ていた。
「もうすぐご飯だから、座って待ってて」
もう大丈夫なのだろうか。だとしたら、本当にお母さんは無茶苦茶強いなあ。私じゃ一生勝てない気がする。
「夕実は大丈夫?」
「もう平気」
と言いつつ、未だに死んでしまったことが信じられない自分がいて、現実として受け止めきれていない。
今日の食事はいつもよりも喋っていたのだが、心の底から笑えていない気がする。
そんな気分のまま食事を終え、お風呂に入って、寝る準備を済ますと、お母さんが泣いている姿が思い浮かんだ。あんな風になっているのを見たことがなかったので、驚いてしまった。だけど、私の前では何事もなかったかのようにし振舞っているんだなと思うと、なんでそんなことが出来るんだろうと思うと同時に、そこまでする必要があるのかとも感じる。
私もお母さんのように強くなったら、その理由が分かるのだろうか。そうだとしたら、早く私も強くなって、痛みの分かる人間にならないといけない。
そう思った私は、これから勉強や家事の手伝いを頑張ろうと決めた。
お母さんが私を無理をしていないか心配してくれたり、気にかけたりしてくれたりするのが嬉しくて、それが元気の源となって、私を支えてくれていた。
友達も最初は私の豹変ぶりに驚いていたが、時が経つにすれ勉強を積極的に教えてくれたりして、応援してくれた。そのおかげか、私はお兄ちゃんと同じ大学へ入学することが出来た。受かったことはとても嬉しかったが、学校で落ちぶれないよう勉強は一日も怠らずに続けた。
大学では、お兄ちゃんの友達だった先輩が私を気にかけてくれたり、高校の友達はいなかったが、新しくできた同級生の仲間に助けてもらったりしてくれたおかげで充実した学生生活を送ることができた。
就職では公務員試験を受かったおかげで無事に内定を採ることができ、晴れやかな気持ちで卒業した。
出勤先は家の近くにあり、お母さんとお父さんと暮らしながら働いている。
今でも家族と一緒に居られるのは、お兄ちゃんがいたからで、今でもお仏壇を拝みに行くと、写真のせいかもしれないけど、笑って私を見守ってくれてるように感じる。
きっかけは悲しい出来事だったが、こういう経験があったからこそ、今の幸せな自分がいて、お兄ちゃんの優しさに気づくことができたんだと思う。
今も未熟だけど、もっと未熟だった高校時代の私に教えてあげたい。お兄ちゃんは私のことを凄く思ってくれてたんだよ、優しくしてくれてたんだよと。気弱で頼りなくて、華奢で周りに流されやすいけど、勉強を教えてくれたりしてくれる、友達想いで家族想いのお兄ちゃんが誰よりも大好きです。
こうして、夕実が優希を恋愛的な意味で大好きになってしまい、執着してしまうようになったのは、また別のお話……。
最後まで読んでくださった方、ご感想やブックマークをしてくださった方、本当にありがとうございました。
更新速度が遅く、皆様を待たせることが多々あると思います。ですが、これからも私の作品を読んでくださると、執筆活動のモチベーションにも繋がりますので、私事ではありますが、これから書く作品にもお付き合いくださると幸いです。




