第六話 気づいたこと
「ゆーみちゃん」
朝、学校の校門のところで、和希からご機嫌な声で話しかけられた。いつものことながら、こんな時間から明るくいられるのか不思議で仕方ない。
「朝から元気だね」
「友達と会ったら嬉しいから。夕実はそう思わないの?」
いつものように友達と会えることは、幸せなことなんだ、と私も思う。いつも明るく接してくれてるというのは、本当に嬉しいからなんだろう。でも、そんなことを毎朝感じるというのは、やっぱり和希は、とんでもない深い闇を持っているんじゃないかと思ってしまう。
「何か悩み事があるんだったら、相談に乗るよ」
「私のどこを見て、そんなことを感じるの。こんな元気いっぱいなのに」
逆に元気がありすぎるから、何かあるんじゃないか、無理しているんじゃないかと思って、心配になってしまう。
そして授業前の数分間、いつも通りの三人で話をしていた。
「それでね、夕実が私に悩み事があるんじゃないかって言ってくるの。どう思う夏海?」
「確かに和希は私達に何か隠してる感じはするね」
「二人して、もぉー」
こんなくだらない会話をしていくうちに、一時間目の授業が始まるチャイムが鳴った。あまりにも楽しかったので、時間が経つのを忘れてしまっていた。時とは残酷で、いつまでも続いてほしいと思っているときに限って流れていくのが早い。
そして昼休みになり、楽しいひと時が、またやってきた。
「早く言いなさいよー」
夏海が和希の肩を、人差し指でつつきなごら、悩みを言うように催促していた。それに対して和希は「悩みなんてないよ」と否定し続けている。
私はその様子を昼ごはんを食べながら目の前で見ているだけだったが、なんだか微笑ましかった。
「じゃあ、夏海の悩みって何なの?」
あまりにもしつこいと思ったのか、和希は自分がされていた問いを夏海にし返した。だが、その質問をされることが分かっていたのか、夏海は即答していた。
「私は高いところが苦手なのを直したい」
反撃のつもりだったのか、和希が少し険しい表情をしながら下を向いた。そして、何か思いついたように顔を上げた。
「そういや、さっきから黙ってる夕実は悩みって何か無いの?」
なぜか私に飛び火してきた。悩みという悩みは全然思いつかない。あえて挙げるとしたら、和希のように頭が良くなりたいくらいだろうか。
「夕実にはお兄さんと仲直りしたいっていう立派な悩みがあることを和希はもう忘れたの?」
「ゴホッ、そんなこと思ってない!」
夏海が変なことを言いだしたから、ご飯が変なところに入ってむせてしまった。いきなり私のことをイジるのはいい加減やめていただきたい。
「いつ私がそんなこと言ったの?」
「えっ?だって顔に書いてあるし」
そんな顔した覚えなんて全くないんだけど。やはり、この二人は私をからかいたいだけだと分かった。この言い争いも私を使って遊びたいがために、二人で示し合わせてやったんじゃないかと思えてきた。
「だって、お兄さんの話になると途端に早く終わらせようとするじゃん」
「それは、その話をしたくないから」
私は大きくなってしまった声で夏海に反論した。
自分がしたくない、されたくない話を早く切り上げようとするのは当たり前だ。それのどこがおかしいのか全く分からない。
「強く言い返してるところを見てると、自分に言い聞かせながら喋ってるみたいに感じるんだよね」
絶対にそんなことはない。だって私の嫌いなところが詰まってるような奴なんだから。私は兄のことなんか嫌いだ。思い込みなんかじゃない。
私は頭の中で兄のことを徹底的に否定する。そうだ、ここまで悪いところが次々と出てくるんだから嫌いという感情が私の勘違いな訳がない。
下を向いて、両手の拳を縦にしながら机を押さえつけるように力を入れていた。
「ごめん、言い過ぎたかな」
「ううん、大丈夫だよ。私こそ感情的になっちゃって、ごめんね」
互いに謝りあい、この話は終わった。
残った昼休みの時間は誰も喋ることなく終わりを迎え、午後の授業が始まった。
放課後、夏海は部活に行って、和希と一緒に帰るのが、いつものパターンなのだが、今日は気を遣ってくれたのか、和希はいつの間にか教室から居なくなっていた。
変に気を遣ってもらうより、いつも通り帰りたかったんだけどなぁ、と思いながら学校から出た。
家に帰ると、中には誰も居なかった。音が無いと寂しいので、リビングに行ってソファに座り、テレビをつけた。
何もせず、ただぼーっと見ていた。特に面白いものがやっていたわけではなく、何も考えたくなかったから、全身の力を抜いてだらっとしていただけだ。
私に兄が居なければ、友達と言い争いみたいにはなっていなかったんだろうか。過ぎたことをたらればで考えるのは、あまり良くないとは思うのだが、一人だと、つい考えてしまう。
私は兄のことは、あまり好ましく思っていないし、おそらく兄も私のことは好きではないだろう。だから、兄は私が居なかったらと考えたことがあると思う。
互いに家族じゃなかったらと考えてしまうことがあるというのは、信頼していない証なのだろう。
「なんで兄妹なんだろう」
思っていることが自然に口から溢れる。そんなことを考えても無駄と分かっていながら、結局考え込んでしまった。
「ただいま」
お母さんが帰ってきた。
「おかえり」
一人寂しくテレビを見ているよりも、お母さんと一緒に会話する方が何倍も楽しい。こんな風に感じるのは、友達といざこざがあったからだろうか。
家族にはお世話になりっぱなしだ。経済面は勿論、精神的にも支えられてる。何かあれば相談相手になってくれて、愚痴も聞いてくれるなど、数えだしたらキリがないくらいだ。だからこそ、私が早く色んな意味での自立をして、支えられる立場から支える立場にまわりたい。友達とちょっとした口喧嘩のようなものをしたくらいでクヨクヨしてなんていられない。
「よし!気持ち切り替えよう」
「うわっ!」
知らない間に帰ってきて、ソファの後ろを通ろうとしていた兄が、私が急に立ち上がったことに驚いていた。
夕食とお風呂を済ませ、寝る準備をしていた。今日はいろいろと気付かされた一日だったな、と思いながら掛け布団を被ろうとしたところでノックの音が聞こえた。
「今、いい?」
ドアの向こうから聞こえたのは兄の声だった。




