第四話 今の自分
「お兄ちゃん遊ぼう」
またこの夢だ。昔はよく兄と遊んでいたが、今では会話することさえ少なくなっている。でも、この夢は昔の自分ではなく今の自分が、兄に向かってそんなことを言っている。
何をしているかは日によってバラバラで、買い物を一緒にしているときもあれば、家の中でゲームをしているときもある。
だが、この夢を見たときに決まって言う言葉がある。それは……
「お兄ちゃん、おかえり」
これだ。元気よく玄関まで行って満面の笑みでこんなことをあの兄に向かって言っている。それを当たり前のように「ただいま」と返事してリビングに入っていき、私はその後ろに着いていっている。楽しそうに兄と話してるところをお母さんと出張で居ないはずのお父さんが微笑ましくこちらを見ている。
まるで理想の兄妹、家族を見せられているみたいだ。もちろん夢なので、現実の私が介入することは当然ながら出来ないが、この夢を見ていると無性に腹が立ってくる。
それは羨ましいとかではなく、夢の中の私が現実の私に向かって、幸せな家庭が築かれているのは羨ましいだろと自慢しているように見えるからだ。そして最後にこちらを見て、悪意の入ったような笑顔をニタァとして、嘲笑っているように見える。その行為は私をバカにしている他に何があるのだろうか。
これじゃ私が無理して兄を嫌っているように演じていて、本心は夢の中の自分のようなことがしたいと思い、そいつが早く素直になれと私に向かって偉そうに言っているように感じる。
「あぁ」
腹が立ってきて目が覚めてしまった。
周りを見ると窓から日の光が入ってきていたが、スマホの電源を入れると、まだ五時を過ぎたばかりだった。二度寝は候補から外すとして、何をしようか。
とりあえず制服に着替えて、昨日した今日の持ち物の支度の確認をしたが、まだ七時まで時間があったが、一階に下りた。
すると、お母さんは起きて弁当を作ってくれていた。今日はパートもあるからゆっくりしてくれていいのに、と思いながら自分の朝食の準備をする。
「今日は随分と起きるのが早いね」
「まぁ、たまにはね」
やることがなかったから、というか時間が中途半端で何をすればいいか分からなかったから、とりあえず一階に下りて登校する準備を済ませておくことにした。
「お母さんも無理しなくていいよ」
「私はまだ若いから大丈夫よ」
子供がそんな気を遣わなくてもいいと、私に向かって言っているように感じ、良いお母さんをもって、私は恵まれているなと改めて思った。
「母さん、おはよう」
そうこうしているうちに兄が起きてきた。私がもう起きてきていることが意外だったのか、こちらを見て一瞬止まっていた。
だが、会話は一切なく、何もなかったかのように朝食を食べて、家を出て行った。
いつになったら一人暮らしをしてくれるのだろうか。私はこの空気が嫌いだから、早く自立してもらって両親と仲良く過ごしていきたい。
兄が出て行ってから少し経ち、私も学校に行く時間になったので、お母さんが作ってくれた弁当をカバンの中に入れて学校へいった。
教室の中は賑やかで、ドアを開けて入っても誰も気づかないほどだ。自分の席に座り一時間目の準備をしていると、和希が話しかけてきた。
「おはよう」
いつも通り元気よく話しかけてくれているが、今はやめてほしかった。
「なんか元気ないね。どうしたの?」
「なんでもないよ」
心配してくれるのはありがたいが、できれば放っておいてくれるのが嬉しい。
なんてことを思っていたら、夏海もいつの間にか混ざってきていて、和希と同調して質問してきた。
「もしかして……これ?」
「違う!」
手で周りから見えないようにして、親指を立ててきた。突拍子もないことをされたから驚いて、思わず声を荒げてしまった。
何をどう考えれば、そんな答えが出てくるのか全く分からない。
「図星だった?」
「そんなわけないでしょ」
私にそんなのは絶対にない。そんなしょうもないことで様子が変わるなんてありえないって、この二人が分からないわけないと思ってたんだけどなぁ。
「ますます怪しい。相手は誰なの?」
「だから居ないって何回言えば分かるの」
否定をすればするほど追及される。この状況をどうやって打破すればいいかを頭をフル回転させているが、全然思いつかない。
「素直に言えば楽になれるよ?」
「私達もできるだけ協力するから」
だからさっきから素直に言ってるのに、和希たちが勝手に解釈して盛り上がってるから困ってるんだけど。
考えてるうちにチャイムが鳴り、この下世話な会話もそれと共に終了した。
「昼休みを楽しみに待ってるね」
そんな意味深な言葉を残し、それぞれの席に戻っていった。またこんな話をされるのかと思い、朝以上に低いテンションになってしまった。
そして授業が終わって昼休みになると、二人が真っ先に私の机に集まり、弁当を広げていた。
「言う決心はついた?」
「ついたも何も、最初から居ないって」
「そんな嘘は通じないよ」
本当に面倒くさい。私に向かってニコニコしながら顔を近づけてくる。そんなに期待されても困るんだけど。
「もっと素直になればいいのに」
「可愛いのにムスッとしてたらもったいないよ」
そんなこと知っちゃこっちゃないし、別に気に入られようとか思ってないから。それに最初から嘘なんてついてない。私で勝手に盛り上がるのはやめてほしい。
そんなことを私が思っている間にも、何もなかったかのように和希と夏海は今まで通りしゃべり続けている。その様子を見ていると、さっきまでは謝ってほしいと思っていたのに、今はなんでこんなことで怒っていたんだろうと感じ、さっきの事なんて、どうでもよくなっていた。
学校が終わり、和希と他愛のない話をしながら家に帰った。
悪夢を見て落ち込んでいた気分も、家に着く頃にはすっかり無くなっていた。




