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ある荒魂との対話  あるいは漢字を呪うもの

作者: HASU

「くやしいのです」


ひらがなを使うことに決めた男の目は暗く、そう語った。


「今まで我らが使っていた言葉が否定されたうえに、自分たちが培ってきた風土や生活、それらは資本や国家、そして文明に搾取、開発され、我らの手に届かぬものになってしまった。しかもそれらに抗うとしても、一方的に彼等の言葉、文字で使わねばならない。抗うために、我らの言葉を殺さざる得なかった。それがとても悔しく、呪わしいのです」


「だから私はあなた達の言葉、文字を犯すことに決めました。私達の文字と言葉がそうであったように。あなたがたの ことばを わたしたちが つかいかたを きめることで あなたがたの ちからを よわめる。そう きめたのです」


 それでは言葉の意味が明確にならないし、話し言葉の曖昧さで 書き言葉の利点が消してしまうのではないでしょうか。私はそう尋ねた。


男はあざ笑うように私を見た。


「それでいいではありませんか。あたりまえのことです。ひらがなを つかうことで 私たちの言葉を わかりにくく、表しにくい、それをめざしているのですから。わたしたちは あなたたちとは ちがうのだ そのことだけを しらし しめす。そのことだけを つたえるために ひらがなをつかうのです。

 そう、この あらわしかたは のろい なのです。のろいは わかりやすさと わかりにくさ それをおなじときに あらわさなければならないのです。これは あらたな つながりであり、のろいの しるしとして この もじつかいは あるのです」


「それに……あなたたちが つかうもじと わたしたちのもじは ちがいます。あなたたちは えと かたちを おもいかえし くちで かたるときにも それを おもいだしているのでしょう。あなたたちの もじは くりかえし みるということが ぜんていに なっています。わたしたちのもじは そのように くりかえし みることが ゆるされなかったものたちの もじなのです。それを しめすための もじなのです。そのためには あなたたちの もじを こわし おかして、 われらの へいと なるもじを つくるのです。われらが おかされ うばわれてしまったのと おなじように あなたの もじと ことばを ころすのです」


 じっと私をその男は見た。その男の顔は日本人のようにみえたが、一瞬様々な民族の顔に見えた。


 しかし文化というものは、概念の文節化が必要です。それがひらがなだけで可能なのでしょうか。それに失敗すれば、文化的な没落は免れないでしょう。それに例え帝国主義的な表現だとしても、その中にはあなた達に有効なものもたくさんあります。それを読み取れなくなったらどうなるのでしょう。明らかにかつての言葉が支配していたときよりも生活の質やそれを不満に思う言葉も失われ、違いすらわからなくなってしまうでしょう。無論、 大和言葉でもある程度は表現可能だと思いますが、脱落する知識は確実に増えてしまうではありませんか?


 わたしはそのようなことを喋ったような記憶がある。だが男はあざ笑うかのように、私を暗く見つめた。


「ほろんでしまえばいいのです。あるくにのけんじゃが のべていたではありませんか? かわを わたる はしが そのたみのこころを ゆたかに せぬならば、たてられぬ ほうが いいと。わたしは あたらしい ぶんめい、ぶんかのおにがみ、あらみたまとなることで あなたたちの つくった はしを こわすのです わたしは あなたたちの たたりがみにして、あたらしきぶんかの あらみたま なのです」


 おとこはギロリと見つめた。そこにうつる瞳だけでなく、たくさんの瞳に囲まれたように、私には思えた。


「さて大和のふひとよ、汝は我をどう祭る?われは ことばと おとの荒魂、さばえなす神々が一柱ぞ!!たたりがみとなりて なんじら 文字を使う者を われらのときをしらしめるものなり!」


「われらを まつってみせろ!われらを まつってみせろ!おまえらが おまえらのモジで われらを しばり、しばりあげ、さらしあげ、めざわりとする かぎり、われらは おまえらとは ちがう おとで おまえらのモジとは ちがう つかいかたで おまえらの もじをほろぼしてやる。ヤバンな ヤバンたらざるえなかった われらのいかりを しめし、われらのおとで ほろぼしつづけてやる! われらのせかいとときを うばわれたのと おなじめに おまえらに あわせてやる!

おまえらが いまと おなじように うばいつづけるならば われらの なかまは ふえるぞ!」


 「だがしかし……」


 その荒神は私を見つめた。それは不快と愛情が入り混じったような、まるで不出来な息子を見る目のようだったという記憶が残っている。


「われらをわすれず、うまくまつるすべがあらば、汝らに幸をあたえん……」


 そういって男は消えていった……


 これが夢かどうか私には私にはわからぬ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 日本では漢字をやめるか、ローマ字に換えるか、議論があった時、争点となったのは大抵利便性でした。 でも大抵、文字を決めるのは政治なんですよね。中央アジアでソ連崩壊後、ロシア語の文字ではなくラテ…
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