第3話
森を抜けると、石畳の街道に出た。
石畳は整備されていて、街道が今でも使われていることが見て取れる。
森の反対は平原になっており、見晴らしは良い。これなら以前ほど魔物に注意を払わなくてもよさそうだ。
しかし、問題がある。
女神は西へ行けと言ったが、街道は南北に延びる道だった。
どっちへ行けばよいのだろうか。
途方に暮れ、しばらく迷っていると、声が聞こえた。
「助けてくれ~!」
声のする方に目をやると、森で見た鬼と豚を混ぜたような生物の群れが馬車と男二人を襲っているのが見えた。
1人の剣士が懸命に抵抗しているが、多勢に無勢、体に傷を負っている。
別に助ける義理はないが、彼らが街の方向を知っている可能性がある。
彼らを救うことにした。
「いや~助かったよ。オークの群れを簡単に撃退するなんて、お前さん、強いんだな」
そうだろうか? あのぐらいなら、森でも何度も遭遇した。
この世界の基準がわからない。
「俺は行商人のヨーク。お前さんは? 」
「俺に名はない。ただのホームレスだからな。」
「ホームレス……?まぁいい、ホームレスさん、よろしくな」
この世界にホームレスという言葉はないらしい。まぁ呼び名はなんでも構わない。
その後、色々話を聞いた。
街道をまっすぐ3日ほど北に進めば大きな街があること。
自分は用心棒の剣士ラタピーと南から来た事。
金をケチって1人しか用心棒を雇わなかったため、森から来るオークや、盗賊団を恐れていること……。
ちょうどいい。森では果物や小川があったが、街道ではそれらは難しいだろう。
戦闘には困っていないが、旅となると不安もある。
もっとも、前世ではどんなところでも寝たし、10日ぐらいなにも食べないこともあったが。
俺は金はいらない。護衛を引き受ける。
そのかわりに、旅路でのサポートをしてほしいと申し出た。
ヨークは快諾した。
街道での旅は順調だった。
オークやゴブリンがでることはあったが、俺ともう一人の剣士、ラタピーがいれば、全く苦労することはなかった。
ただ、ラタピーは魔物との戦闘経験が浅いと見える。
まだ20歳だという。髪は金髪で短い、真面目そうな青年だ。
こうした旅に出るのも2度目で不安だったが、この街道が比較的安全だから同行したらしい。大方、ヨークが金をケチったのだろう。
ヨークはヨークで、道具屋をやっていたが、一攫千金を目指して行商人になった駆けだしだった。
この世界のことはよくわからないが、初心者二人で旅は厳しいだろう。
とはいっても、俺は人のことを言えた立場ではないが。
「見えてきたぞ、大都市ミュールだ」
前方にいるヨークがいう。
遠目ではっきりとは見えないが、城壁で囲われているようで、中の様子はわからない。
しかし、大きいということだけはわかる。
中世ヨーロッパを思わせる作りだ。そう言えば女神もラタピーも西欧風の顔立ちだ。この世界はそういうモチーフなのか、あるいはそういう地方なのかもしれない。
ちなみに、ヨークはどこにでもいる、髭の生えた気のいいおっちゃんって感じだ。
新宿中央公園で他のホームレスと陽気に酒飲んでたっておかしくない。
そんなくだらないことを考えていると、突然馬車が止まった。
「盗賊だ!」
ラタピーが叫ぶ。
ラタピーにヨークの護衛を任せ、馬車の後ろに回ると、大きな男が馬車を力づくで止めていた。毛皮のベストに、大きな斧を背負っている。そしてバンダナを巻き腰に短刀を携えた軽装の子分二人が、荷物を持ちだそうとしている。わかりやすくて助かる。
ここまで来れたら、あとは自分一人で街まで行けるな……。
荷物も二人も、別にどうなってもいいか。
いや、ヨークとラタピーにはまだ街に着いてから世話になるかもしれない。
そう考えて、俺は剣を抜いた。
その気配に、子分と大男がこちらを見た。
「なんだてめッ!」
あいてが口を開くと同時に、俺は切りかかった。
魔物相手の戦いでは、戦いの開始の合図などない。
大男はとっさに近くにいた子分をつかみ盾にして、距離をとった。
もう一人の子分は、今の光景に恐れをなしたのか、戦意を喪失している。
「ずいぶんなことしてくれるじゃねーか。かわいい部下をよ。大人しく荷物だけよこせばいいものを」
「お前が勝手に盾にしたんだろ、知らんね」
「舐めたクチききやがって。この、剛力のグレイスを怒らせたこと、後悔させてやるぜ。」
男は斧を構え、飛びかかってきた。上段から盾ごと攻撃する気だろう。
たしかに威力がありそうな一撃で、体格の割にスピードもある。まともに防いでも衝撃で吹き飛ばされるかもしれない。
でも、攻撃パターンがゴブリンと同じだ。
あの滝で、何度も戦った……。
俺は盾を構えず半身になって横に避け、腹部に剣を突き刺した。
グレイスと名乗った男は、倒れた。
もう一人の子分は勝負が決したとみると、すぐさま逃げ出した。
街道では逃げ切れないと思ったのか、森の方へ入って行ったので追わなかった。
「ありがとうよ、ホームレス。ここまでこれたのはお前のお陰だ」
「僕からも感謝します、あなたがいなければ、どうなっていたか」
ミュールに到着し、二人は俺にそう告げた。
二人のためにやったのではない。
俺の打算でやったのだ。
しかし、悪い気はしなかった。
「俺の方こそ、助かった。ありがとう。」
別れ際にヨークは俺に金をくれた。俺はいらないと言ったのに。
「行商人にとって、荷物は命も同然なんだよ。守ってくれたお前には頭が上がらねえ。もらってくれ」
そういわれ、しぶしぶ受け取った。
物価が分からないが、看板などを見るに、どうやらこれで宝石を換金せずとも宿に泊まれそうだ。
俺は近場の冒険者向けの宿屋に入り、疲れを癒した。