第2話
その後も女神の修行は続いた。
始めはゴブリンを倒すのに丸1日かかっていたが、そのことで戦闘にも慣れ、人間ほどの大きさで剣と楯を装備し、犬の頭を持つコボルトや、2m以上ある蜥蜴人間の兵士をも倒すことができるようになった。
女神からもらった武器も、始めは重かったが、今はそれほど重さを感じない。筋力がついたのだろう。
そんな修行の日々が続いて一カ月、女神は突然こう言った。
「そろそろ良いでしょう。この物を倒せたら修行は終わりにします。」
やっと俺の冒険が始まる。
そう思ったのもつかの間、滝壺から大量の水が立ち上り、龍の姿になった。
「これはあなたの世界の言い伝えであるミズチ。龍の幼生です。この程度が倒せないようなら、冒険に出しても意味がありません。」
体長は5メートルほどだろうか、水色の鱗で頭部には藍色の毛が生えている。蛇のようだが、手や足があり、鋭利な爪、牙も生えている。
今まで、人型ではリザードマン、4足歩行の獣型ではオオカミ、空を飛ぶものでは人食い鳶など、様々なものを倒してきて、なんとなく、どう戦えばいいかということをつかめてきたが、このような生物と戦うのは初めてだ。
威圧感に気圧され盾を構えていると、ミズチは口から、強烈な勢いの水流を発射した。
ガードした盾ごと後ろにふっ飛ばされて仰向けに倒れる。盾が俺の手から離れた。すかさずミズチが距離を詰めてくる。
右手の強烈なひっかき。
俺は倒れたままで、剣を両手に持ち換え、思いっきりそれを弾く。
ミズチはそれを受けて一瞬ひるむ。その隙に立ちあがって体勢を立て直す。
ミズチは俺の様子をうかがっている。俺も剣を構え、相手を見据える。
隙を見せたらやられる。
お互いがそれをわかっているようだった。
先に痺れを切らした方が負けだ。
俺は腹を括り、相手が動くのを待った。
ミズチにはそれがわかっていないようだった。
痺れを切らし、口から先ほどの水流を出そうと、息を大きく吸いこんだ。
俺はその一瞬に距離を詰め、真下からミズチの頭めがけて思い切り剣を投げた。
投げた剣は顎から頭を貫通し、5メートルの巨大は力なく倒れた。
「お見事です。あなたはこの1月でかなり強くなりました。」
ほめられると悪い気はしない。
「今日はこのまま寝て、明日の朝出発しましょう。ここをずっと西に進むと大きな街があります。」
「女神さまは? 」
「私は多くの世界を司るもの……一つの世界に大きな干渉はできません。ここに残ります。」
なるほど、たしかに俺を異世界に呼んだくらいだ、他にも仕事があるのかもしれない。
「出かける前に、崖を上って途中の、滝壺の裏の洞窟に行きなさい。あなたを助けるものが、入っています。」
「わかった」
そう言って、俺は河原で眠りについた。
崖を登り、滝の裏の洞窟に入ると、宝箱があった。
中身は、文字が彫られた両刃の直剣と、盾に鎧、そしてコンパス。装備すべてに宝玉のようなものが埋め込まれ、不思議な力を感じる。
どれも修行に使っていたものより薄手で軽く、しっくりと体になじんだ。
最初からこれで修業させてくれりゃよかったのに。
そんなことを思いながら、滝を後にして、森へと向かった。
コンパスを頼りに森を西へと進んでいく。
道中では大きな蛇や野犬の群れと遭遇したが、難なく倒すことができた。
というより、剣と盾、鎧の性能に助けられたのかもしれない。
森には果物も生っており、それを食べて飢えを凌いだ。
道はなかったが、重い装備、足場の悪い河原で戦闘訓練を受けていたせいか、森の中もすいすい進むことができた。
しかし、もうじき夜がやってくる。
寝ているときに襲われたらひとたまりもない。俺は困ってしまった。
どうしたものかと剣を地面に突き立てて休憩しようとすると、剣の先から光り輝く魔法陣のようなものが現れた。
結界……というものだろうか。まわりにモンスターが近寄ってくる気配はない。
剣に刻まれた文字にはそんな効果があったのか。
しめたものだ。今日はここで寝よう。
二日目以降もコンパスだよりに森を歩いた。
初日は蛇か野犬の群れしか出なかったが、進んでいくにしたがって、次第に強力な魔物が出るようになった。コボルトやゴブリンは、女神との修行で倒したから良かったものの、身長2メートルほどの、武器を持った二足歩行の、豚と鬼をごちゃまぜにしたような黒い人間のようなものは、筋力も知能もあり、簡単には倒せなかった。リザードマンほどではなかったが。
そんな森を歩く日が一週間ほど続いたある日、開けた場所に出た。
森をあるいていてそんな場所はなかった。不審に思っていると、前から強烈な殺気を感じた。
「こんな場所に人間がくるとは珍しい……」
喋ったのは大きな虎だった。
「なんの用だ? 」
虎の問いに答える
「街へ向かっているだけだ、通して貰えれば、戦うつもりはない」
俺がそういうと、虎は若干落ち着いたように見えた。
「もう少し西に進むと街道に出る。早く行くがよい、俺が貴様を食わんうちにな……」
「ありがとう」
俺は礼を述べ、進もうとする。
「待て! 」
虎に呼びとめられる。
「貴様、その剣と盾、どこで手に入れた……? 」
「東の滝の裏の洞窟だ」
「あの洞窟に入れるのは女神の加護を受けた者のみ……貴様、女神の手先だな……?」
虎の纏う雰囲気が邪悪なものに変わる。
「気が変わった。ここで葬らせてもらう」
そう言うやいなや、首筋めがけて飛び込んできた。
俺は間一髪で横にかわす。
「俺が女神の手先だとなにか悪いことでもあるのか」
俺は尋ねた。
「ヤツは世界の理を乱す。アイツの好きにさせてはおけん。」
虎は大きく吠え、もう一度こちらに飛びかかってきた。
しかし、獣との戦いには慣れている。
ジャンプして飛び込んできた顔面に、思い切り盾の一撃を喰らわせる。
虎はひるんでふらつく。
俺はすかさず、盾を捨て、剣を両手で持ち、相手の額に突き立てる。
手ごたえは、あった。
虎の体から力が抜けていく。虎はそのまま倒れこんでしまった。
勝負はあった。
しかし、緊張感のある戦いで疲れてしまった。
俺は剣を地面に突き立て、結界を張る。
一瞬、結界の輝きに反射するものが見えた。
宝石だった。
虎が出てきた辺りに、色とりどりの宝石をつけたアクセサリーの山があった。
街へ行けば、金が必要になるかもしれない
入るだけそれらをポケットに入れ、その日は眠りについた。