本来のモブキャラと女神様との距離(とある生徒side)
僕のクラスには天使が居る。
地上に舞い降りた天使、桜木可世様。
もうマジッ天使っ!否、もはや女神様っ!と言っても過言ではない!
同じクラスにしてくれた先生、ありがとうっ!
同じ年に生んでくれた両親よ、ありがとうっ!
僕の運命に感謝するよ!
今日も変わらず女神様は綺麗だ………。
日が差し込む窓際の席に佇む姿は後光のようだ。祈りを捧げたくなる気持ちをグッと堪える。
天使会規約第18条『無闇に御祈りしてはならない』
そりゃあそうだよな。いきなり赤の他人が膝まずいて両手を合わせて祈りを捧げたら、それは信者ではなくただの変質者だ。畏れおおくて声も掛けれず、なら御祈りだけでも捧げたくなる気持ちは解る。凄く解るけどさ。
実際に拝んだ生徒が後を絶たなくてな。女神様も困惑しながらも心配して声を掛けて下さるから余計に御祈りする輩が増加した。変質者にもお言葉を下さる女神様は慈悲深い。
だけど女神様はそんな変質者達へ悲しみの笑みを見せた。女神様曰く『同じ学舎へ通う者同士なのだから親しくありたい』との願いを口にされた。
衝撃であった。
自分達は女神様を敬愛する余り、女神様を傷つけた。
変質者達の行動が女神様を悲しませた。そんな輩にさえ女神様は親しくあろうとする。
変質者達も変質者達を放置した僕も罪。
俗世に染まった僕達が今更、女神様に親しくなど出来るはずがない。汚い僕等の心で女神様を汚すことなど出来るはずがなかった。
唯一女神様へ接触出来た御祈りさえ禁止するほかなかった。
僕等では女神様の願いを叶えられない。
そんな浅ましい行為は許されない。
だが女神様が悲しまれる。
元凶である僕等のせいで………。
そんな葛藤に救いの手が伸ばされた。
伊集院馨子と真中紗智。
二人は外部生で僕と同じクラスメイトであり、女神様から悲しみの笑みを取り除いてくれた救世主であった。
どんな経緯で女神様と親しくなったのかは知らないが、そんな事は些細なこと。大切な事は女神様の願いが叶えられ、女神様が幸せそうに笑っている。それだけで充分なのだら。
「次は移動教室ですね。可世さん、紗智さん御一緒しても?」
「うん。音楽室、一緒、行く」
「勿論」
伊集院が音楽室へと真中と女神様をを誘う。
聞こえてくるのは女神様の嬉しそうな声。
羨ましい。
「音楽、楽しみ。ピアノ、弾きたい」
「紗智さんのピアノならぜひ聴きたいです。私は琴くらいしか充分に奏でられないので羨ましいです」
「紗智ちゃんと馨子さんの演奏か。二人とも上手だよね。私は手習い程度でピアノも琴も聴かせる代物ではないから二人が羨ましいわ」
「そんなこと、ない」
「そんなことないです」
「二人にそう言って貰えると手習い程度の腕でも嬉しいわ。ありがとう」
「謙遜は美徳ですが……」
「可世、無自覚」
女神様の演奏か……。毎日のように聴きたいが、女神様は滅多に音を奏でてはくれない。
手習い程度の腕では恥ずかしくて聴かせられぬらしいが、そんなことない。
僕もクラスメイト特権で聴いたことがあるが、あれはまさに天上の音楽。荘厳でいて清浄な音色。それでいて聴いている者が胸を熱くし楽しくなる音。相反するはずの二つの音が一つに交わる奇跡の音色。
技術を極めた演奏家が最後に求めてやまない音。
「……………………はっ!」
女神様の演奏を思い出し恍惚としてしまった。
それより僕も音楽室へ急がねば。もしかしたら女神様が至上の音を奏でられるかもしれない。
女神様の後に続いて教室を出ると、廊下が臭かった。
誰だっ!?女神様の通られる道に悪臭を振り撒いた輩はっ!!
女神様も苦しそうに鼻を押さえている。
何処のどいつじゃあっ!?
「どうかされました?」
「んっ。あっち」
伊集院!お前の鼻は節穴かっ!?この悪臭に気付かないのか!?ちなみに僕は香道を習っているから匂いに敏感だ。この匂いに気付いた真中も鼻が敏感なのだろう。
僕も真中の指した方に目を向ける。んっ、あれは藤堂ではないか。
藤堂 雅樹。
『天使会』創設者であり天使会会員NO,1、学年首席、元宝林中等部生徒会会長。
何故奴から悪臭が?
よく見ると藤堂の前に噂の女子生徒が居る。
アイツかっ!この悪臭の根元めっ!!なにっ女神様の道なりに佇んでんだよ!!端に寄りやがれっ!端にっ!その前に廊下に出るんじゃねぇっ!
こいつの噂は録でもない。しかも噂は正真正銘の事実だから救いようがない。
名前は確か美空姫歌だったな。
天使会でもブラックリストに記載されている。
この女は一言で表すなら不気味だとしか言い様がない。
僕は藤堂から聞いたが、この女は何処から手に入れたのか、藤堂の個人情報を知っていた。
生年月日、得意不得意科目、好きな場所、趣味、家族構成、携帯番号など僕のように藤堂と友達なら知っていても可笑しくはない情報だが、この女は藤堂と初めて会った次の日にはそれらを知っていたのである。それだけではない。何とあの女、教えもしていない携帯に電話し、言い訳や謝罪を通り越して、日付指定でデートに誘ってきたらしい。しかも藤堂だけでなく、他の生徒も被害にあっているらしい。
藤堂は即座に携帯番号を変えたが、それでも執拗に絡まれると聞いてはいたが実際その様子を見ることになるとは……。
「ああ、またですか」
「臭い、邪魔」
「早く、音楽室、行く」
「そうですね」
伊集院と真中も噂だけでなく、実際見たことが何度かあるみたいだな。
二人は女神様の手を引き、足早に通り過ぎようとした。
藤堂には悪いが、僕だって関わりたくない。
僕もささっと通り過ぎようとしたが藤堂めっ、僕に気付いて恨みがましそうに見てきやがった。
スマン。藤堂。僕には君を助けるゆとりはない。
僕はこれから女神様の天上の音を聴かなければならないと言う名の使命があるのだ。
女神>>>>>>>>越えられない壁>>藤堂。
これは自然の摂理。
お前も解るだろう?同士よ。
だから睨むなよ。
「その日は図書館に行く予定なのですいませんが……」
「雅樹君も図書館に行くんだ~私、今日の数学で解らないところがあったんだけど~一緒に行っちゃ駄目?」
「僕は調べ物がありまして。それに数学なら御崎先生に質問されたほうが学習も捗るかと」
「うーん。でも~雅樹君のが同じクラスメイトだし安心するの。調べ物なら私も手伝うし、邪魔しないから一緒に居ちゃ駄目ぇ?」
「…………遠慮させて頂きます。授業が始まる前に僕は生徒会に書類提出をしなければならないので、失礼します」
「あっ、待ってよ~生徒会室まで書類持つの手伝うよ。大変だもん」
「ここまで僕が持って来ましたし、手伝いは不要です。では…………………………ふっ」
「ああっ、もう、照れちゃって」
ゲローーーーッ………………。
何あれ。
しかも女神様が通り過ぎ際に藤堂へ笑いかけた。
何あいつ。
さっきまで末代まで恨む顔して僕のこと見てたくせに、最後の最後に鼻で笑いやがった。
優越感感じやがって。女神様が藤堂に、笑ったからって、笑ったからってっ…………………羨ましいぞっ!この野郎!!
生徒会室へ向かう藤堂とそれを追う気違い女を見送り、僕は女神様が向かう音楽室へと足を向けた。
「お知り合いでしたか?」
「前にクラスが同じだったの。眼が、コホンッ、彼は覚えてないかもしれないけど」
どうにか三人に追い付いたが話題は藤堂。ムカツク。藤堂死ね。そういや、藤堂も女神様とクラスが一度だけ一緒になって、女神様直々にクラス委員長に推薦されたと自慢していた。今は僕が同じクラスだけどなっ。
その時からかけている眼鏡は大きさ、度数は変わったが形状は同じやつをかけている。ついでに髪型も変化なし。だが顔はかなり変わったわった……………美形に。
マジで爆発しろっ!
しかも女神様が覚えてる。覚えてるっ。
あんな奴、忘れてもいいのにっ、顔が変わっても覚えてるなんて……………絶対、あいつには教えない。藤堂が女神様を覚えてないなんてあり得ないが、フォローもしない。ザマァー。
藤堂なんか宇宙の藻屑か塵となれ。
それよりもだ。ここで重要なことは女神様の状態だ。
あの女の悪臭で鼻だけでなく目まで痛むのか、咳までされて……………。
すぐに全廊下を換気、除菌しなければ!とっ思ったが既に理事長の指示で清掃業者が掃除していた。
いつの間に!?
「巽、今すぐ保険医と救急車を呼べ。病院を手配しろ。ああ、それから………」
「馬鹿ですか?ああ、すいません。馬鹿でしたね。それより仕事して下さい。いないと思ったらまた娘さんのストーカーなどして…………………気持ち悪い」
「履き違えるな。私は娘を見守っているだけであってストーカーではない。それより、早く手配しろ。ついでにあの女も摘まみ出せ」
「はいはい。さぁ、早く理事長室に戻りましょうね」
「おいっ!話を聞けっ!引き摺るなっ!私はだなっ………」
「……………………」
影に隠れていたはずの理事長が、今にも女神様を助けようとしていたが校長に捕獲され、ズリズリと襟を掴まれフェードアウトした。
理事長…………………。
校長、ご苦労様です。
「鼻、喉、痛い?」
「大丈夫」
女神様の返答に安堵する。
どうやら一時的なものであったようだ。
その後、音楽室で伊集院と真中が女神様に曲をリクエストしていた。
………っでかしたっ!
滅多に聴けない天上の音をオルガンで弾きながら、演奏曲を歌う女神様。
その歌声はまさに天使の歌声。
授業開始のチャイムが鳴ろうと妨げにはならず、ただただ美しき音色のみ聴き入る。
いつの間にか居た先生も生徒も曲が終わらなければいいと全員が気持ちを一つにしていた。終わりなき歌などない事は知っている。解っている。だが望まずにはいられない。永遠に聴いていたい。
それでも歌は終わり、オルガンは最後の一音を響かせると音はやんだ。
そして音楽室は静寂からの称賛の拍手に包まれるのであった。