居心地ある空間に神も仏も要らない(水無月巽side)
昼食後の珈琲を飲みながら苦笑しながら染々思います。
理事長室で昼食を摂るのも世流にいきなり拉致られるのも慣れてきましたね。
昼食はここずっと珈琲で済ませて、たまに栄養補助食品、最近は手軽なスティック菓子のような物を食べて終わりにしていました。
職員も生徒が利用する食堂は利用可能ですが、あの女子生徒が毎回の様に絡んでくれば行くのも遠退きます。だからといって弁当の冷えたご飯やデリの濃い味は好きになれませんしね。
厨房職員は校長室まで宅配すると申し出てくれましたが、ただでさえ昼休みは忙しい時間です。私の為の厨房職員ではなく生徒の為の厨房職員にそんな労力を使わせる訳にはいきません。ありがたい申し出はありましたが遠慮しました。
世流は知っていたのでしょうね。
私が昼食を食べないことに。
初めて拉致された時の文句は「食後の珈琲を淹れろ」でしたからね。
これが【甘えてる】のですか?可世さん。
昼休み珈琲を淹れる為に理事長室に拉致されると、当然ながら可世さんが居ました。たいへん驚かれていましたがすぐに何かを理解出来たのか、声を忍ばせながらクスクスと笑っていました。
その答えはテーブルの上に置かれた三人分の食事。
ああ、本当に何なんですか貴方達は………
何が「珈琲を淹れろ」ですか。
食事同様に珈琲だって貴方のが旨く淹れられるでしょうが。
後日、可世さんが可笑しそうに教えてくれましたが初めて私が昼食を共にした日の食事メニューは消化が良く胃に優しいに拘り、味全体は薄味でをコンセプトに世流が作ったと教えてくれました。
なのに何故、誘い文句が胃に悪い「珈琲を淹れろ」だったのか。
まぁ私にだけ食後に牛乳と野菜、果物で割ったドリンクをジョッキで出されて飲めと言われて飲みましたが、そこは栄養よりホットミルクではと思わずにはいられませんでした。
美味しかったですが、あの量はないですよ。
あれは世流なりに私を心配した結果だったのでしょうね。
私も世流も口には出しませんが親友に心配されるのはこうも嬉しいものとは。しかもあの世流に、ですしね。
そんな昼食後の穏やかな時間。
何か悩ましげな表情を浮かべる可世さん。
昼食中も心在らずの状態でした。
本人が打ち明けない限り聞くのも憚りましたが、いえ、どうにかしたい。世流ではありませんがその悩みの原因を排除し、いつもの様に笑って欲しい。
貴女にそのような顔をさせる存在が忌々しい。
そう本能が訴えてくるが理性的な私がそれを抑える。
でも、ああ、駄目ですね。
「どうしたんだい?」
「どうかしましたか?」
世流とタイミング合いましたか。
貴方も限界だったのですね。
「知っていても、どうしようもないことってあるなぁって、お父さんや校長先生は違うだろうけど」
天災などは確かにいくら対策しても限界がありますが、人災に関して私でも対処出来る出来ないがあります。そもそも私一人では困難なことのが多いでしょう。
可世さんが何を知り、何も出来ない事を嘆くなら大半の人類にそれを知る事もない。知らない事に対処など出来るはずない。
だから嘆く必要などありません。
そんな表情は貴女に似合いません。
「何を差すのかにもよりますが、私だって大半は可世さんと同じでどうしようもないことがありますよ。世流は………知っていてもどうにもする気がないだけです」
前半は共感し後半は冗談で答える。
少しでも貴方の心を軽くする為に。
「巽、訂正しなよ。私は可世の為なら何でもするよ」
それにのる世流。いえ、ただの本音ですね。
「プリn、じゃなくて、えっと名前なんだったかな?うーん………あれ、あの頭が可笑しい子居るじゃない。前にお父さんと話した」
精神不安定というより、間違いなく異常精神の者は一人しか思い付かない。
可世さんは言葉を暈しましたが、情報ではあれが自分の事をプリンセスヒロインなど言っていたとの報告を受けていました。
名前に姫の文字が入るからプリンセスとは、確かに頭が可笑しいとしか言いようがないですね。
「ああ、あの異物ね。名前は………」
貴方、また忘れましたね。
いえ、忘れる事はない。ただその存在名を異物に変換しただけで。
「美空姫歌ですよ。問題ある生徒の氏名くらい把握して下さい」
その名を告げると可世さんはまた思考にふける。
正直、あれの存在をそこから消したいです。
あれを貴女が悩む存在になど烏滸がましい。
「平行世界!」
平行世界?
それが思考の末の結果。
納得した表情は晴れやかで。
ああ、またですか。
私には辿り着けない。
世流で慣れていますが貴女もまた過程なく結果だけを知る。
「未来は過去、現在の選択により様々に変わるからね。確定された未来など存在しないよ。例え確定された未来でも異物がある時点で異物込みの現在が過去になり、現在が未来に繋がるのだから」
世流が嬉しそうに一般的な平行世界の解説をしますが、それではない。
「世流が言っているのは当たり前のことですが」
ですがそれに至る、あれとの平行世界の関係性が見えない。
「異物にとっての当たり前が確定された未来なんだよ。与えられた選択肢を選ぶだけの閉鎖された世界だと思って選択肢を増やす事も選択しない事も考えられない残念な脳みその持ち主だね」
「……………」
世流の言葉が分からない。
無言になるしかない私には分からないが可世さんには解るのでしょう。
世流の言葉に何度も頷き、それを言葉に表した世流に対し尊敬した表情を浮かべる。
お互いが共感者。
私には分からない世界に疎外感を感じると共に心から良かったとも思える。
二人は独りではない。
複雑な心境ではありますがどこかほっとしたのは否めませんね。
「教えたほうがいいかな」
何をですか?
それはあれに接触すると?
そこまで心を砕く必要があるのですか、あれに?
あれにその価値があると?
可世さんがあれに助言する?
あれの為に?
不快ですね。
「可世は本当に優しいね。でも異物との接触は禁止だよ。それに……そろそろ気付き始めてるよ、現実に」
これほど世流の言葉が頼もしかったことはないでしょう。
それに聞き捨てならない言葉がありました。
あれが現実に気付く?
それは現状を理解する、と。
「それは今後態度が改善すると解釈しても?」
「さぁね。それこそ神のみぞ知る、だよ」
「意外です。世流から神の言葉が出るとは…………世流は神が存在すると?」
相変わらず可世さんを昼休みギリギリまで理事長室へとどめて見送った世流に先程の続きを尋ねた。
「神、ね。もし居るなら殺してるよ。可鈴に病を運命付けた神ならね。そもそも神とは何だか解るかい?」
世流なら神になって可鈴さんを復活させそうですがね。
しかし神ですか………我ながらなんとも曖昧な質問をしましたね。
「宗教上の神から自分自身が定めた神まで多種多様ですからね。神の定義は曖昧ですが、神とは救う者でしょうか」
どんな神も心の拠り所である事は共通している。
「神はね、救わない。創造するだけの生産幾でしかない神に何が救えるの。世界に手を伸ばした時点でそれは堕ちた神だよ。奇跡を起こした神が堕ちるのではなく堕ちたから奇跡が起きる。ではこの世界に堕ちた神はどうなる?」
まるで神を知る様に語る世流に疑問はない。
世流の言う神はもっともらしいとさえ思える。
何故一、人間がそれを知るのか?世流だからで納得してしまえるのだから仕方がない。
それに居るのですね。
ここに堕ちた、神が。
「…………邪神、悪魔、怨霊とかですか?」
しかし堕ちた神ですか。
堕天使との言葉が存在する以上、思い浮かぶのはそれっぽい言葉だけですね。
「正解であり不正解だね。それは人間で神ではない……………堕ちた神は人間に成る、いや、成れるんだよ」
それは、その神は人間に成りたかった様ではないですか。
「異常で異物………さて堕ちた神の奇跡は救いになるかな?」
その言葉に私が思い浮かべたのはあれ。
異常、異物である美空姫歌であった。




