私の愛しい妻子(桜木世流side)
シリアスになりました。
私は桜木世流。
妻は桜木可鈴。
そして愛娘の桜木可世。
可鈴は病弱で医者から子は望めないと言われていた。可鈴は私に泣きながら謝った。
それでも良かった。
私は可鈴を愛していた。
だから周囲に何を言われ様が、私にとっては可鈴さえ傍に居てくれれば良かったのだ。
可鈴の短い命、子を産めぬ病弱な体。それを知ったうえで結婚した。
可鈴の全ての時間を私のものにしたいが為に、拒否する可鈴を説得し、無理矢理結婚した。
プロポーズを拒否された時は絶望し、監禁しようかとさえ思ったが、可鈴が拒否したのには理由があった。
病弱で子を産めぬ体なのは元より、私の経歴に傷をつける様な真似は出来ないと。
そんなことか、そんなことなのか。
「なぁ可鈴。ここで結婚を承諾するのと、君を監禁して私が犯罪者になるのと、どっちにする?」
ああ、私はとても卑怯で汚く、どこか壊れている。自覚はある。
でも、愛や恋はそういうものだろう。
私は可鈴がどちらの選択をするのか承知の上で問う。
君なら私との結婚を承諾するだろう。
だって君は知っているだろ?
私の本気を。
君は優しいから、私に犯罪を犯せない。
なら、選択は一つ。
勿論、監禁でもいいけどね。
「………狡いわ。卑怯で傲慢で我儘。独占欲も強いし、嫉妬深いし、性格は最低最悪だし、財布と顔しか良いとこないじゃない。馬鹿よ………大馬鹿者よっ!」
「でも、好きだろ?」
「っっっ////////」
「傍に居て。ずっと………君の人生も君自身も心も全部、私が貰うよ。誰にも渡さないし、離すつもりも毛頭ない………愛してるよ。可鈴」
君しかいらない。
君がいいんだ。
君だけでいい。
他はいらない。
必要ない。
「もうっ、この人格破綻者!!いいわよっ!結婚でも離婚でも何でもしてやるわよっ!!ただし、私が死んでも貴方は生きるのよ!後追いなんかしたらあの世で浮気してやる。いいっ!?老衰以外の死亡は認めないわよ」
「………………いいよ。分かった、約束する。その代わり浮気したら神でも殺すから。だから結婚してくれるね」
こうして晴れて結婚出来た。
自殺や他殺計画さえ許されなかったが、人間、精々生きて80年。君の一生を貰えるなら安いもんだ。
それまで、君なら浮気せずに待っていてくれるだろう。
結婚式は知人と可鈴の身内のみで小さな式をあげた。
私の身内?
私の身内は可鈴との結婚に反対したから、縁を切ったよ。当然だろ?可鈴を傷付ける親族はいらないよ。ついでに親族の会社も破産させてやった。
代償にしては安かったかな。でも殺すのは結構、手間がかかるし、破産だけで済ませたのは温情だよ。次はないけどね。
結婚から数年後、奇跡がおきた。
妻が妊娠した。
可鈴は喜んだが、私は喜べなかった。
妊娠するとは思えず、避妊をしなかった私がいけなかった。
妊娠、出産に耐える体が妻にはない。
私は可鈴に堕胎をすすめた。
私は子供より可鈴の命をとった。
妊娠、出産は母子共に危険だった。
今ならまだ、赤子が腹で成長する前に堕胎出来る。可鈴だけならまだ無事に生きられる。
だが私が可鈴を良く知る様に、可鈴も私の気持ちを知っていた。
そう、可鈴は堕胎出来ぬ状態なるまで、妊娠を隠していた。
私が堕胎させるのを見越して、秘密にしていたのだ。
妻の妊娠期間中、私はただ、ただ不安であった。
そんな私に可鈴は約束した。
「ねぇ、前に約束したわよね。私が死んでも後追い禁止って。だから私も約束するわ。私は子供を産むけど死なない。子供も私も貴方を独りにしない。ねぇ、だから笑って?私達の子を愛してあげて」
そして約束通り、奇跡はおきた。難産であったが母子共に無事であった。
赤子は私達の名前から一字取り、可世と名付けた。
小さい、小さな命。
私達の娘。
私達の家族。
私の目から生暖かい雫が流れた。
私は泣いていた。
可鈴が無事なのに安堵したのか、子が無事に産まれた喜びか、ただ分かるのはこの涙は悲しみではないということだけ。
「ありがとう。ありがとう。ありがとう…………」
私はその言葉しか出せなかった。
その言葉以外に言い表せなかった。
感謝の言葉が私の気持ちだった。
幸せだった。可鈴と二人でも幸せだったが、娘が産まれてから、さらに幸せになった。
だがリミットは近づいていた。
娘が3歳を迎える頃には、可鈴は病室から動けなくなっていた。
表情、発語が減少し、排泄はオムツに、食事も口から摂取出来ず、胃ろう(胃に穴を開けてカテーテルで栄養液を入れる)に、そして睡眠時間が長くなった。
弱っていく可鈴。
だが私達だけには反応し笑顔を見せる。
「おかーしゃん。みちぇみてー。これがおかーしゃんで、これがおとーしゃん。かよはこれよー」
娘が書いた家族の絵を可鈴に見せる。
それは丸に棒が4本生えた人物画。
大きな丸が私で、中くらいの丸が可鈴、大丸と中丸に挟まれた小さい丸は可世。
小さな丸から生えた2本の棒線は、大丸と中丸の棒線と繋がっている。
家族三人が手を繋いだ絵。
それはまだ、可鈴が歩いていた頃の絵。
三人で歩いた時の。
可世は他にも可鈴が好きな花や、可鈴に読んで貰った絵本を読む。文字をまだ読めない娘は絵本の絵や可鈴の朗読した言葉を覚えていた。
可鈴との思い出を娘は覚えている。
そして妻も………
「……………てる………………そく……」
「っ!?可鈴っ!!」
「おかーしゃん?」
久しぶりの可鈴の声。
かすれた声はしわがれている。
それでも分かる。
愛しい人の声だから。
「可世………世流…………」
「なんだい?」
可鈴の細く、骨と血管が浮き出た皮だけの手を握り締める。
「愛し……て…る」
「私もだよ。愛してる。ずっと、ずっとだ」
「かよもっ!かよもよー!おかーしゃんもおとーしゃんも、だいしゅきなのよ!あいちてるの!!」
手に弱いが力が伝わる。
ああ、伝わってる。
愛してる。
愛してるんだっ!
可鈴は笑った。
「やく………そく……………待っ……てる…ね」
そして目を閉じた。
もう、開かない瞳。
最後の笑み。
最後の声。
最後の体温。
握り締めた手からは力がなくなっていた。
それが最後。
燃える、燃える、燃える。
全てが燃える。
燃えて、無くなる。
全て無くなる。
喪ったのは誰だろう?
私か、可鈴か、可世か………
黒い喪服。
線香の香り。
お経の音。
握り締めた小さな宝。
涙は枯れる気配がない。
手で拭いもせず、ただ、ただ終わりを待つ。
喪った。
分かっていた。
理解していた。
それでも感情は納得していなかった。
おいて逝かれた。
そう、思ってしまった。
私は娘を抱き締める。
その存在を確かめる。
私達の娘。
私達の家族。
何度も何度も娘の名を呼ぶ。
私をおいて逝かないでくれ。
昔なら平気だった。
可鈴と出会う前なら。
独りでも生きていけた。
だがもう無理だ。
私は幸せを知った。
可鈴がいた。
愛した。
もう、独りでは生きていけない。
だから可世。お父さんと居てくれ。
ずっと、ずっと一緒に。
お父さんが約束を守れる様に。
お父さんがお母さんの処に逝くまで傍に。
「おとうしゃん。カヨはいるのよ。おとうしゃんと、じゅっと、じゅーっといるのよ」
今、欲しい言葉。
今、望んでいる事。
やっぱり、可鈴の娘だね。
いつも、そうだった。
可鈴も可世も私の心を分かってくれる。
私の口に出さない、少ない望みを叶えてくれる。
「可世、ずっと一緒だ。ずっと…………」
約束を二つ。
死を迎えた妻との約束。
生きる為の娘との約束。
母子共に私を生かす。
………………愛してる。