私の父は親バカです
彼氏絶賛募集中!
初っぱなから失礼。
どうやら私は転生したようです。はい。
しかも、どうやら前世でやった乙女ゲームの世界らしいです。
と言ってもヒロインではありません。ちなみにライバルキャラ、悪女でもなく名前もないモブキャラC程度のキャラです。ほら、よく学校の廊下でヒロインと攻略キャラが会話しているシーンの背景に存在するキャラが居るでしょう?あれですよ。あれ。
えっ、何で自分がモブだと分かるかって?
だって今、まさにその乙女ゲームのヒロインが攻略キャラにデートに誘われていますから。
しかも一度や二度ではありません。私が廊下でヒロインを見掛けるたびに攻略キャラ達にデートに誘われていますからね。補正って恐いわ。
そんな私ですが現在、高校一年生。
若いって素晴らしい。
セーラー服はこの年限定アイテムです。セーラー服の女子校生ってだけでプレミアだと思う。
しかしスカートが短いな。精神年齢オバチャンの私にはちとキツイのが本音です。
膝上20㎝は校則違反でないのがさすがは乙女ゲームだと思います。
さて、まずは乙女ゲームとは何か知らない人もいるだろう。
ようはギャルゲーを性別逆転させたゲームだ。
えっ、ギャルゲーも知らない?
ちっ、面倒だな。
まぁ、この世界は『ドキドキ青春学園~ガールズside~』通称『ドキ学』。乙女ゲームの世界である。
内容は高校に三年間通い、男性キャラと恋愛するゲームである。
ヒロインはステータスを上げながら、そのステータスに見合った男性キャラと親しく付き合っていき、卒業式に男性キャラから告白されればハッピーエンドで終わり。告白がなければノーマルエンド。ステータスも低く、攻略キャラの好感度も低いとバッドエンドだが、バッドエンドのが難しい。それこそ、全てのコマンドを『寝る』=『ストレス軽減』にしなければいけないし、攻略キャラを出現させない、会話しない、マイナス印象になる会話選択をするなど無理な話だ。
第一、これは2次元の疑似恋愛を楽しむゲームで、好き好んでわざわざバッドエンドを迎える輩はいないだろう。
そんな世界に転生した私だが、そもそもそんな私が転生した。もしくは前世の記憶を思い出したのは3歳の時である。
それは3歳の時に、母が病気で亡くなった時に思い出した。
たぶん母が亡くなったショックに幼い精神が耐えられず、防衛本能で前世の記憶を思い出したのだと思う。
だからといって3歳までの私がいなくなったわけではない。ただ前世を思い出しだだけで、3歳の私は私だ。前世を思い出したところで母を亡くしたのは悲しいし、寂しいのは変わらない。
前世の記憶を思い出したからこそ母の死を理解し、大泣きした。
前世の記憶を思い出したからこそ母の死を受け入れられた。
私は交通事故で死亡したオバチャンから、3歳の私『桜木可世』になった。
3歳の私を遺し、母は帰らぬ人となった。
父は私を強く強く抱き締め、私の黒いワンピースを涙で濡らした。
私も父の喪服が皺になるほど強く握りしめ、涙やら鼻水やら唾液やらで汚した。
いくら精神年齢がオバチャンでも私は3歳の幼児だ。理性より本能のが強い子供だ。
私は母の火葬が終わるまで父と抱き合って、互いに大切な者を喪った悲しみに泣いた。
「可世、可世、可世」
父が私の存在を確めるように何回も何回も私を呼ぶ。
「おとうしゃん。カヨはいるのよ。おとうしゃんと、じゅっと、じゅーっといるのよ」
母の代わりには成れないし、成りたくないが、父の傍に居ることは出来る。
私は今のところは病弱ではないし、事件や事故に遭わなければ私のが父より長生きするし、考えてみれば女性の平均寿命は男性より上だ。
老後の面倒もバッチリ看ます。
だから、私はここに居るから。ずっとお父さんの傍に居るから。居なくならないから。
だから、私の存在を疑わないで。
「可世、ずっと一緒だ。ずっと…………」
お父さんはさらに強く私を抱きしめる。
痛いくらいだが、今はそれが嬉しい。
私はここに存在する。
私の傍には父が居る。
独りじゃない。
火葬が終わる。
母が居なくなる。
悲しい、寂しい。
喪失感に支配されそうになる。
でも抱きしめられた体温が私を救う。
独りじゃない。
父が居る。
大丈夫。大丈夫だから。
それは父に言ったのか、私自身に言ったのか、それとも両方か、ただ暗示めいた言葉でもあの時の私には必要な言葉であった。
私は桜木可世。
3歳の時に母を亡くす。
父と二人暮らし。
そして私には前世の記憶がある。
この時はまだ乙女ゲームの世界であることさえ知らなかった。
はい。そんな私は5歳になりました。
肉体年齢万歳。もち肌最高。毛穴の毛の字もないツルピカです。
精神年齢オバチャンだろ?
所詮は前世の記憶よ。
私は桜木可世。
戸籍は5歳。公的書類が5歳。嘘偽りなく5歳。ピチピチの5歳。
だから今はオバチャンではありません。
都合が良い時のみオバチャンです。
精神年齢はオバチャンになったり5歳児になったりしますが元来、女心とは移ろいやすいものです。
それで納得して下さい。
さてさて、そんな5歳の私には困った事があります。
それは……………
「おはよう、可世。今日も可愛いね。my sweet angel.」
ちゅっ。と頬にモーニングキスをしてくる父。
私、純日本人ですよ。
勿論、父母も日本人。
何がマイスイートエンジェルですか!?
発音良いな、父よ。
外人でも帰国子女でもない父に毎日モーニングキスをされてから起こされる。
5歳児の子供なら許容範囲かもしれないが私には許容範囲外だ。
だが父が嬉しそうにするので断れないが、私から絶対にしません。断固拒否します。悲しい顔をしてもしませんよ。日本人は日本人らしく奥ゆかしさを忘れてはなりません。大和撫子は国宝です。
「おはよう、お父さん。お仕事はいいの?」
「可世は優しいな~今日はお休みだよ」
父よ。今日はではなく、今日もであろう。
父はニートでチートであった。
株をやれば億単位を儲け、論文を出せば書籍化され、絵を描けば美術館に飾られ、街を歩けば芸能プロダクションにスカウトされ、運動すればマラソン大会で一位独走ゴール。
頭、金、容姿、全てを兼ね備えた父。
神は父に才能の大盤振る舞いをした。
そんな父の娘の私は母親似。
顔は普通。
頭は前世の記憶がある為、幼児と比べると天才。大学生と比べると普通。
運動は走れば息切れするくらい普通。
父の遺伝子カムバック!
天才遺伝子ウェルカム!
母よ。
普通の今は亡き母よ。
父をおとした偉大なる母よ。
何故普通の母が父と結婚出来たのか秘訣を教えてくれ。
「今日のお父さん特製朝御飯は鯛のお茶漬けだよ。可世が好きなだし巻き玉子に、白菜の浅漬け、デザートは胡麻プリンにしたけど………………可世?」
うわぁ。父のだし巻き玉子は料亭の味で、出汁の甘味と旨味でしっとり、じゅわーの最高の逸品だ。
って料理上手を通り越してプロだよ。お店が出せるよ。
ハイスペック過ぎる父に才能とかより、自分の女として何かが失われつつあるように感じて呆然としてしまった。
「可世、もしかしてお茶漬けが嫌だったかい?なら洋食に………」
「ううん、嫌じゃないよ!お父さんのご飯は何でも好きだよ!」
「本当に?我慢しなくてもいいんだよ」
「本当。我慢なんかしてないよ。お父さんの玉子焼きが一番好きだよ。ご飯のメニューを聞いたら余計にお腹が空いちゃった。早く食べたいな」
「そう、嬉しいな~お茶を準備してるから着替えたら下に降りておいで」
父は年甲斐もなくウキウキしながら部屋から出て言った。
あっぶなかったー
もう少しで私の朝食のお茶漬けが廃棄されるところであった。
それは勿体ないし、常識として駄目だろう。
父は私に嫌いな物や苦手な物を一切与えない。
いや、私は特に偏食なわけではないよ。好き嫌いないよ。ゲテモノもバッチコイな強靭な胃と味覚を兼ね備えてるよ。
私自身は父の手料理に不満はないし、どちらかといえばかなり満足している。
本当に美味しいんだよ。
でもさ父は私に甘い。それはドロ甘な程にアマアマだ。
父が手料理をするようになったのも母が亡くなったからだけではない。
だって父は金持ちだ。
家政婦だって雇える。
だが父にとって私は大切な大切な娘。
プロでもない他人の料理を私に与えたくはなかったらしい。
素材、産地、味全てにおいて最高の物を。
野菜は無農薬、国産、旬の物を。
肉は国産で安全基準が高く、良質な物を。
魚はその日獲れた物を。
出汁でさえ昆布、鰹節、煮干、骨等の出汁さえ手作りする程だ。
そこまで拘りぬいた料理が不味いわけがない。
私の為とはいえ料理人でもないのに、ここまでする親が居るだろうか?
しかもほぼ毎食です。
たまに外食もありますが、三ツ星レストランやら、料亭やら有名な料理の巨匠やらの食事です。
そう、金持ちだから、父がアマアマだから我儘しほうだいになる。わけねーわ。
先ずは食事。
美味しいけどさ、今食べても不味く感じるかもしれないけどさ。
食べたくなるのがカップラーメン。
他にもさ駄菓子だったり、レトルトカレー、祭りの屋台料理、B級グルメ、ファーストフード。
前世の記憶の壁外が私を苦しめる。
食べたいが、いくら甘い父でもインスタントや着色料の固まり駄菓子、外で食事、生産地不明もしくは農薬使用の外国産の物を食べさせてくれるわけない。
安全、安心、美味しいが父の最低条件だ。
買い物もさ。
金持ちなら値札なんか気にせず、気に入った物はカゴにIN即買い出来るぜ!ヤッホー!店ごと購入も夢じゃない。金持ち最高!なんて思ってたさ。
現実は違う。
父の金持ち具合を嘗めてました。
父ぐらいの金持ちになると、店の人が服やらアクセサリーを持って売りにくるんだわ。
しかもオーダーメイドのパターンのが既製品より多いです。
ただの私服や部屋着にオーダーメイドですよ。
本当の金持ちは何かを買いにわざわざ外に出掛けないんだよ。
後は金持ちの娘なら教養も大事でしょ?
将来を考え、とっいうのはたてまえで柔軟性の良い脳みそのうちに何か手に職をっ。資格大事。就職難民には成りたくない。
だから習い事がしたいと言いました。
結果、ピアノは家にあるグランドピアノで練習。担当教師、父。
英会話は旅行で海外へ。案内、通訳、父。
水泳は家の地下にある屋内プール。監督、父。
他にも華道、茶道、香道、剣道、柔道、弓道、バレエ、絵画、料理、裁縫等々。
やりましたよ。やりましたが全部、父指導。
父のハイスペックを忘れてましたよ。
おかげで私もチート!にはならなかった。所詮は凡人ですよ。
ピアノは楽譜を見ながら両手で弾けるようにはなったが難曲は無理。
英会話は父が言う甘い言葉なら完璧だが英語の教科書に出題はされないよね。日常英会話が憎い。私の父との日常会話は甘過ぎる。
水泳はクロールで25メートル泳げました。バタフライは儚い夢だったよ。
他の習い事も可もなく不可もなく。
私の隠された才は何処へ!?
あれっ?論点からズレた。
何だっけ?ああ、金持ちなら我儘しほうだいの話でしたっけ?
結論。
私の貧困な金持ちイメージでは許容量オーバーです。
やりたい事は出来るのが金持ちの特権ですが、金持ちだからやれない事やら、金持ちでも才能は買えませんでした。
何より父が激甘ハイスペック過ぎる。
そんな私ですが、皆様何かお気付きになりませんか?
ヒントは私の年齢。けして精神年齢の方ではありませんよ。あしからず。
その答えを求めるべく、朝食前に父に尋問したいと思います。
着替えを終え、ダイニングへ。
既に美味しそうな朝食がテーブルに並んでいます。
父はニコニコしながらお茶を入れてくれます。
玄米茶の香りに食欲が促進されますが、ここはかねてからの疑問を忘れないうちに尋ねます。
「お父さん」
「んっ?何だい?」
「私、幼稚園とか保育園に行かなくていいの?」
そう。こんだけ父と過ごす時間があるのは幼稚舎に行ってないからです。
行かなくても確かに問題ないよ。義務教育ではないしね。私も精神年齢がアレだからさ、行ってもね。でもさ協調性を養うには大事だと理解出来るし、何より親の庇護下にいつまでもいたら自立出来ない。
真面目に考えましたが、ただ単に一人の時間が欲しいだけです。はい。
だってさ父とずっと、マジで文字通りずっと一緒なんだよ。いや、言い出しっぺは私だよ。だけどさ、トイレ以外ほぼ一緒に過ごす事に成るとは思うまい。
寝るのも一緒、風呂も一緒、習い事も一緒、出掛けるのも一緒、全部ぜーんぶ一緒。
コミュニケーションをとれる相手が父一人のみ。
これ、不味くね?
気付くの遅っ!とか言うな。
父が親バカなのは知ってたさ。
ただし私も自覚あるファザコンなんだよ!
仕方ないでしょう。好きなんだから。父親が好きで何が悪い。家族愛は素晴らしいものなんです。親孝行大事。
だが一人の時間確保はファザコンな私でも話は別です。それはそれ、これはこれ。
依存良くない。
自立大事。
私も父と一緒は正直嬉しいし楽だが、このままではただでさえ平凡、普通、凡人な私なのに追加要素で怠惰までプラスされたら人生アウトだろう。
私が父の老後の世話ならぬ、父が私の老後の世話をしそうだ。
父の寄生虫になるのだけは駄目だ。
阻止しなければ。
で、手始めに幼稚舎に行きたいと、遠回しに言ってはみたが………。
父よ。
笑顔の父よ。
急須を持ち、茶を入れている父よ。
湯飲みからお茶を溢れこぼれているぞ。
ああ、テーブルまで濡れて。
私はすぐさま布巾でテーブルを拭くが、父は微動だにせず、茶を入れ続ける。布巾では間に合わないのでそこに皿も置いた。これでこれ以上テーブルは水浸しにならないだろう。
が、安心もつかの間。
ガシャーン……………
父が急須の茶を全て皿に出してから、急須が手の内から離れ、床に落とした。
急須が割れ、濡れた茶の葉が散らばる。
そんな音にようやく固まったままの父が動いた。
割れた急須や水浸しのテーブルなんかにかまわず、私の両肩を掴み、顔を近付け視線を合わせる。
「幼稚園なんか行ったら可世と一緒に居られる時間が減ってしまうだろ。可世はお父さんと一緒に居るは嫌か?お父さんより幼稚園のがいいのかい?なんで…………朝食か朝食が駄目だったのか?やっぱり洋食に変えよう。なあ可世、お父さんの何が嫌なんだ?可世の為ならお父さん頑張って直すよ。だから、だから嫌わないでおくれ」
懇願する父。
何これ……
彼女が彼氏に『私と仕事どっちが大事なのよ!?』と、問いかける様な修羅場になっている。
えっ、私が彼氏役ですか。
しかも朝食が原因だと勝手に勘違いしています。
違うから、朝食は無関係だからっ。
朝食は悪くないんだ。だから廃棄しないで、私の朝食ー!!
「お父さん。私はお父さんが大好きよ。嫌いになるわけないよ。幼稚園はお父さんが嫌なら行かない」
「お父さんも可世が大好きだ。愛してる。ずっと、ずっと一緒な」
ギュッと抱き締める父。
父よ。私がファザコンでも父の愛情はさすがに重いぞ。そんなに嫌か。私が父以外と交流するのが。
だが甘いぞ。
私は『幼稚園は』行かないとは言ったのだ。
義務教育の小、中学校は必ず行く。何がなんでも行きます。通信教育なんか絶対にしませんよ。
私は朝食は護れたが幼稚舎行きは断念せざるをえなかった。しかし素晴らしかな、日本の義務教育。それまで我慢だ。
待っててよ。一人の時間。
この時はそう思っていました。
えっ、父がウザくないかって?
何言っているんですか?
可愛いでしょうがっ。ほら、あれですよ。ウザ可愛い、つうヤツです。
それより聞いて下さい。
私は念願の学校生活をスタート出来たわけです。
ですがセットで父も着いて来ました。
何故だ!?
父のハイスペックスはスゲーのです。限界突破のチートです。
何故なら私といたいだけの為に学校の理事になりましたよ。幼、小、中、高、大学部のある名門学校ですよ。その理事の一人ですよ。
んで登校、昼食、下校は父と一緒です。
校長室しかない学校に理事長室が出来ました。
うわーすごいなぁ。
父の権力強いな。
そして愛情は重い。
こうして私はこの『宝林学園』に入学した。
えっ、宝林?
何処かで聞いたような………。
まぁ、いいか。
思い出せないのは、そんなに大した事ではないのだ。
大事な事ほど忘れないもんだしね。
こうして私の学校生活が始まった。