職員会議(とある教師side)
生徒にテスト返却後、会議室では教師陣が集まり話し合っていた。
まぁ会議と言ってもけして重々しい会議ではない。
教師と言ってもここの教師は教授だ。
所謂研究職だ。
これは持論ではあるが研究者は総じて変人が多い。
と言うかここには変人しかいない。
断言する。
勿論教授陣だけでなく現役アスリートの体育教師陣も変人、いや奴等は変態だ。
男も女も皆変態だ。
世界各地でコンサート活動している音楽教師も英国美術館で個展を開催した事ある美術教師も人間国宝の茶道家元が茶道部顧問で三ツ星を貰った店の一流シェフが学園食堂の料理人な事から分かるはず。
本業をやってろよっ!
声を大にして言いたい。
しかも理由が「面白そうだから」って何だよ!
ここの教育者は優秀だが頭のネジがずれた奴ばかりだ。
『馬鹿と天才は紙一重』と言った奴は偉大であり、そこに至った経緯に心底同情する。
そんな肩書きだけが凄すぎる教師陣が集まっての会議は名前のみが重く感じるのであって実際は全然重くない。
「三学年は体調不良にて5名欠席しています。欠席した科目のみ補習者対象のテストを受けさせます。他に補習が必要生徒は三学年には居りません」
三学年主任であり生物学教師が割りと真面目に言っているが、私は知っている。
その体調不良になった生徒達に色鮮やかなヤドクガエルを愛でさせたのを。
飼育してあるヤドクガエルに毒はない。
だからといって蛙が苦手な生徒達限定に御自慢の見るからに毒々しい色の蛙を持たせたら体調不良になって当たり前である。
「二学年にも補習対象生徒はいませんが、生徒各々で科目により点差が顕著になっています。補習対象でなくても各教科教師は指導していく方針でお願いします」
二学年主任で科学教師のこの人も真面目そうに言っているが、私は知っている。
二学年生徒達の科学のテスト点数が低いのはこいつのせいだ。
指導?ロボに学習機能を学ばさせる為の人員確保に生徒達を使うつもりですよね。補習にならない程度にテスト問題を難解にしましたよね。
補習するのは面倒、でも人員確保したいんですよね。
「…………一学年は補習対象が8名。その内全科目補習対象者が1名居ります」
………………………え?
一学年主任で日本歴史教師が珍しく冗談を言った。
あり得ないよ。うん、ないだろ。
戦国武将に憧れたせいなのか厳つい顔して冗談とかないわ。そんなフレンドリーなキャラしてないですからね。
私は知っている。
お前が裏庭で居合い斬りしていたのを、そして達筆な字で女の名前が書かれた紙を張り付けた藁の塊ごと斜め真っ二つにしていたことを、私は見ている。
…………きっと女に騙されたんだ。
今日がエイプリルフールと勘違いする程に心を傷つけられたんだな…………ホロリ。
「はぁ!?」
「体調不良による欠席ですか?」
「忌引きとかでしょうか?」
「それなら補習は免除して補習対象テストを受けて貰う事も可能ですよ」
ああ、なんだその状態なら仕方がないか。
びっくりしたな。
そうだよね。うちの生徒に限って全科目赤点なんて居るわけないk……
「テストを受け、結果、全科目補習対象になったのですよ」
居たよ!えっ、ちょっ、マジで!?
女に騙されておかしくなったんじゃなくて!?
「はっ?英語だけじゃなかったのかよ?」
「私のところだけかと……」
「えっ、えっ!嘘!?うちだけかと思ってたのに……」
「………皆さんもでしたか」
おいおい。マジなの!
嘘だろ……そいつ、どうして入学出来たの?
一学年のテストって編入試験問題と一緒で中学の基礎学習項目が大半でチラッとここで習った箇所が少し出る程度だろ。
人間誰しも苦手科目の一つや二つあるから補習者が出るのは想定内だが、いくらなんでも全教科赤点はないだろう。
「数学だけではなかったか………申し訳ない。担任でありながら生徒の勉強の進行具合を把握出来ていなかった」
御崎先生が申し訳ないように謝罪したが、把握も何もない。
確かにテスト問題は入試より難易度は上であったが、ここに入学出来たのだから苦手科目をカバー出来る位には総合点が良くて当たり前である。
そういえば全然関係ないが最近、御崎先生の雰囲気が柔らかくなった気がする。
今だったらモノトーンだけでなく淡い春色のネクタイや小物だったら似合うな。
……………恋か。恋なのか?
春だもんな。うん。
相手は誰だろう?まっ、まさか禁断の恋ーっ!?
……んなわけないかー。ない、ない。
「いえ、御崎先生が頭を下げる必要はありません」
「もともと一年の初めテストは学力調査が目的のテストですからね」
「このテストで生徒の勉強の理解、進行速度を把握する為やしな」
「それにしてもヤベーだろ」
周りの教師も御崎先生をフォローするが、最後に発言されたように状況はヤバイ。
「その、何かその生徒にあったのでしょうか……」
「精神的に何かショックな出来事があったとか?」
「いじめの可能性は?」
「相談室や保健室へはその生徒は行っているのか?」
って言うか誰ですか?その生徒は?
名前が分からなければ此方でも判断しづらいんですが。
そう顔に書いてあるのに気付いたのか、御崎先生が答えてくれた。
「その生徒ですが……美空姫歌ですよ」
皆さん知ってますよね。と言葉にせずとも表情で分かります。
うん、知ってる。
ここの教師で知らない奴はいない。
だって職員会議で度々名前が出てくる。悪い意味で。
ちなみに日本歴史教師がブッタ斬った張り紙の名前と同姓同名だった事をそっと心の片隅に置く。奴が斬ったのは同姓同名の別人だ、そう思っとく。そうでなければいけない。
美空姫歌は問題児として度々職員会議の議題にされていた。
まず見た目でアウト。
染色、化粧、制服改造だろ。
学習態度もアウト。
居眠り、課題未提出、授業無断欠席。
日常生活アウト。
廊下を走る、図書室で大声で話す、生徒よりストーカー行為されたとの報告あり。
「度々注意はしているが改善していない。海外出張中の保護者に連絡し現状を伝えたが『娘とも電話になってしまうがよく話し合ってみます』と返答があったが……」
訝しげに御崎先生は美空姫歌の話を続けた。
美空姫歌の両親は娘だけを一人日本に残ることを反対したらしいが、念願だった宝林学園に合格したからには通いたいと言ったらしい。
なら母親だけでも一緒に居ようとしたが、本人が家事全般駄目な父親を海外で半年も一人にさせる方が不安。何かあれば電話するし親戚や先生にも相談するから父親の面倒をみてあげて欲しいと訴えた。
だが実際は親に連絡もなければ親戚や近所にも連絡はなく、娘に電話してみればいつもと様子が違い『帰ってくるな』と言われ電話を切られた。
娘の変貌振りに何かあったのではとすぐに帰国しようとしたが飛行機の便がキャンセル待ちでも取れず、取れてもタイミングが悪く両親のどちらかが体調不良になるか、天気の問題で運航停止もしくは空港に向かう途中に事故による交通渋滞に巻き込まれ搭乗に間に合わなかったりした。
なら他の交通手段を取ろうと結果は同様。まるで謀られたかのような状態が続き日本へ帰国が出来ないでいるらしい。
『帰国次第直ぐに伺います。それまでどうか、娘を頼みます!』
土下座姿が目に浮かぶ程の必死さであった。
「保護者も困惑していた」
そりゃあ困惑するわ。
でも安心した。
アレの保護者がまともで……保護者の状況はまともではないが安堵した。
モンスターペアレントか放任家庭のどっちかと思ったからな。
「帰国され次第面談する予定ではあるが最悪、帰国出来るのは予定通りの半年先になる可能性が高い。それまで皆さんにも御助力願いたい。下手に素行不良で停学処分にしても監視する保護者が不在では意味がないからな」
私達が出来ることは今まで通り指導するしかないか。それでも改善されていない、なら何故改善しないか理由を明確にし対処していく。
現状では担任である御崎先生が主導で私達が出来る限り協力していくしか道はないか。
「校長、理事長はなんと?」
それまで静観していた校長に一人が問いかけた。
「胡蝶の夢、ピーターパン症候群の類似」
はぁ?
『胡蝶の夢』って文学の自分が蝶になってる夢見て、自分が蝶なのか人間なのか分からなくになるやつ?
ピーターパンは物語のまんまだからいいか。
どっちも共通は『夢』だけど『類似』?
「理事長曰く『君達ならそれぐらいの表現でなら大まかに伝わるかな。あくまで類似であり同じではない。追求したところで判明はしないよ。存在しないのに存在する。夢現な現状に理解してないのはアレ本人なんだから理解しようとしても無駄』とのことです」
「「「「「「………………………」」」」」」
何だか納得出来るけど、納得出来ない。
分かるけど、分からない。
理事長は正に字のごとく天才だ。
ここに居る教師陣だって天才、奇才、秀才とまで言われた集団だったが、その中でも異彩を放つ存在が理事長だった。
だって理事長が態々私達が理解出来る様に選んだ言葉さえ全容が理解出来ない。
でも理事長がそう言うならそれが正しいのだろう。
「それって要は対処しようがないってことでは……」
「私達には、ってことですか?」
「理事長が対処したら退学としか言いません。というか言いましたね。はぁ……本当に天災でしかないですよ…………………使えない……」
最後のボソリがこえぇー。
どうせ小さく呟くなら聴こえないように呟いて下さい校長。
ああ、この人やっぱり理事長の幼馴染み兼親友だわ。
「…………そ、そういえば留学の話はどうなった?」
「あ、ああ、そうです!そうですよ!」
「あんな逸材を眠らせておくには惜しい」
「ここよりスキップ制度ある海外の学校の方が彼女の才能が生かせる環境ですしな」
「何より勿体ない。時は有限だしな」
「私達が指導したいですがいくらここでも日本の集団教育ですと限度がありますしね」
「それに彼女の知識に日本の教科書の改訂が追い付いてないのが由々しき問題です」
ナイス話題転換!
私だけでなく皆も校長が恐かったか。
しかし美空姫歌とは雲泥の差だな。
当たり前だけどな。
アレと比較するのさえ烏滸がましいけどね。
私、いや皆、いやいや日本、否!世界の宝である桜木可世嬢。
理事長のご息女で大和撫子で天使で女神様。
教職だから生徒を様付け出来ないもどかしさを内に秘め、畏れおおいが私は可世嬢と呼んでいます。心の中でだけど…………。
だって声なんて掛けられないさ。うん。
遠目から見ただけで魂が奪われたかの様に茫然となるのに声なんて掛けたら昇天する自信がある。あっ、それはそれで幸せか。
いや待てよ………まだ夏服セーラー姿と冬服セーラー&コート姿を(遠目で)見ていないんだ、それまでは何がなんでも死ねない!カッ(開眼)
そんな可世嬢と会話出来る教師は数える程度しかいない。
その中に御崎先生が入っている。
もう妬まs…羨まs…憎らs……………ハハッ尊敬していますよ、勿論!
そんな可世嬢は頭も良いらしい。
可世嬢の知識は最新し過ぎて教科書の改訂が追い付いていない状態だ。
例えば教科書では歴史上外国人物名を日本語発音片仮名で記載しているけど殆どが間違い。あれは日本人が呼びやすいように改変されているから、いくら有名人でも日本なら兎も角現地の人に尋ねたら通じないから。
だから正確に外国語の片仮名で記入された回答は正解だけど不正解になってしまった。
これで国、社、理は減点された。
他にも英語では英文質問に英文質問で返したり、数学は答えのみで計算式が記入されてなかったりと、言ったら切りがないほどの勿体ない回答ばかりだったと各担当教師が残念そうに愚痴っていたのを聞いている。
可世嬢が駄目ではなく日本が駄目なのである。
本来なら追加点をあげてもいいくらいなんだが、文部科学省がそれを許さない。
可世嬢が認められない環境なんて価値がない。
ここで潰してしまうには惜しい。
留学を薦めるのにも納得だ。
…………………海外留学が決まっても理事長、可世嬢の夏冬セーラー服姿の写真だけでも送ってくれないかな。
「その件について理事長からの返答ですが『必要ないよ。君達の勘違いで娘に期待するのは勝手だけど、本人が望まない限りその行動が押し付けでしかない行為だと理解しているの?それは君達だけの願望でありただの我儘でしかないよ。保護者としての意見としてもね』だ、そうです」
「「「「「「……………………」」」」」」
言葉も出なかった。
その通りだった。
余計なお世話、ありがた迷惑とはこのことだ。
皆それぞれが自己嫌悪していたが中でも特に御崎先生はより顕著であった。
掌に爪が食い込むほど強く握りしめていた。
可世嬢本人に御崎先生だけが留学を薦めてたからな。
もしかして既に可世嬢からお断りされてたのかも、それなのにあの理事長に打診するのに賛成したのにはよっぽどその才能が勿体ないと思ったんだろうな。
通夜のような暗いシリウスな空気が全体を占める中、やはりこの人、校長は平常運転稼働した。
「と、正論を言ってましたが本音は娘さんとただ一緒に居たいだけですので気にしなくていいですよ。理事長は気持ち悪い親馬鹿ですから、本当に気持ちが悪いですよね」
雰囲気木端微塵。
校長がめちゃっ笑顔で理事長をディスった。
気持ち悪りぃーって二回も言ったよ。
理事長にそんなこと言えるのはこの人だけだよ。
私が言ったら首が飛ぶ。職場的な意味と物理的な意味の両方で。
現に校長以外、皆顔が青ざめてますから。
こうして職員会議は幕を閉じた。
追記するがあれだけ変人、変態とは詰りながらも彼も宝林学園の教員である。
彼のデザインしたブランド服がパリコレに毎回参加する程、世界に認められた数少ない日本人デザイナー。
それが何故、家庭科裁縫担当教師兼手芸部顧問をしているのか。
答えは簡単だ。
宝林学園改革時に制服デザインコンペの募集最重要項に『娘に一番似合う制服』と記載されていて『面白そうだから』で応募したからである。
その後、世流が渋々可世の写真を見せた時から可世の信者へと転身した。
『私以外に天使に相応しい制服を作れる奴は存在させません』
断言した。
『存在しない』ではなく『存在させない』とまで言い切り、世流が『こんな可世がさらに魅力的に見える制服を着たら害虫が増える!却下だね………でも可世の為だけにあるような制服だし………』と苦悩のすえ天秤にかけた結果、見事宝林学園の制服として採用された。
ちなみに可世は知らないが宝林学園の制服だけに留まらず体操服、水着、鞄、靴、靴下、小物、全てに置いてまで可世に似合う物で統一されている。
格言。
『天災とバカは紙一重』
そしてもう一つ。
『類は友を呼ぶ』