名も呼べぬ特別(御崎斎side)
「…………まいったな」
部屋から彼女を見送った俺は息を吐いた。
教鞭に立つ立場として、彼女が特別な存在であっても生徒として平等に扱わなくてはいけない。
だがそんな心掛けは内だけで身体は緊張していた。
ただの、いつもの準備室にすぎない部屋が彼女が居るだけで別物になった。
それはけして厭な空間ではなく、澱んだ空気が清浄されたかのような清々しくも厳かな空間へ。
彼女が書いたテスト答案用紙を思い浮かべ、無意識に再び溜め息が出る。
今度は緊張からの解放ではなく感嘆、憧憬。それはただただ彼女の才が勿体ないと感じて。
彼女の答案用紙を机に出し、計算式が書かれず答えのみ書かれた数ヶ所を指し示す。
これが書かれていたら彼女の点数は満点であった。
だから疑問であった。
彼女が何故書かなかったのか。
「どうして計算式を記入しなかったんだ?」
「分からなかったからです」
何処か困ったように、何がいけないのかさえ分からない様子に俺は呆然とした。
彼女は本当に分からなかったのだ。
彼女にとって計算式は足し算のように答えがパッと出るようなもの。
1+1=2のようにわざわざ計算式を書くまでもなく答えが解る。
だから彼女には分からない。
何故計算式を書かなければいかないのか。
解らないのではなく分からない。
必要でないから分からない。
ああ、勿体ない。
彼女の才を活かせる環境でない日本の教育に俺は嘆いた。
海外なら海外の学校であればスキップ制度もあり、彼女にあった教育が受けられる。
ここで埋もれるには惜しい才。
「…………桜木、学校を変えてみないか?」
「っ…………」
「お前はうちじゃない方が勉学が進む。正直日本の学校はお前には合わない」
彼女はここには合わない。
ここが彼女に合わない。
言葉を無くしたように俺が言った言葉を噛み締める姿に、やはり自覚があったかと確信する。
他者とは違いすぎる自覚が。
「先生……私はここで学びます。学ばせて下さい………ご迷惑をお掛けしますが御指導、お願いいたします」
頭を下げた彼女はここで他生徒と同様の教育を望んだ。
彼女は特別ではなく普通の教育を学びたいと。
他者との隔たりをなくし、理解したいと。
彼女にとってここで過ごす事が学習だと。
決意は堅い。
俺は教育者として彼女の為に留学を薦めるのが正しい、その意見は変わらない。
ただそれが彼女にとって望む事ではないのであれば、それは俺の押し付けでしかない。
「…………それで、それでいいのか?」
それが貴女の才を潰すことになっても。
いくら彼女が隔たりをなくしても他者は隔たりをなくせないだろう。
彼女は特別だから。
いくら彼女が理解しても他者は理解することが出来ないだろう。
彼女が特別だから。
「はい、私はそれがいいです」
決意の籠った視線に教師の俺がいくら説得しても、俺でなくそれが理事長であっても、彼女は意思を変えないだろう。
苦々しい。
彼女に最高の環境で学べさせられないのが。
俺が彼女に教えられる範囲の限界があることが。
何より彼女の望みを理解しながら、彼女を特別視し隔たりをなくせない自分が。
それでも教師として生徒の意思を尊重しなければと了承の旨を伝えた。
「…………………わかった」
「ありがとうございます」
顔を上げた彼女の満ち足りた笑顔に惹き込まれる。
才を活かすことよりも他者を受け入れ理解しようとする姿勢が胸をうつ。
そんな俺の感情など彼女が知るはずもなく退出した。
一生徒を特別に扱うつもりはなかった。
でも彼女は特別だった。
教師として彼女の才を活かし、惜しみたくなるくらいには特別な存在だった……………のに。
これは違うだろう。
この歳でこの感情が分からないほど鈍くない。
この感情を認めたくないほど若くもない。
それでも思わずにはいられない教師失格だろ、俺。
「…………まいったな」
数学だけでなく全教科も同様です。
バラエティーや雑学番組は最新すぎて教科書の改訂がなっていない状態です。
だから可世は○ではなく△が多い点数になってます。