強力過多な予防接種(桜木世流side)
可世に怒られた……………
巽の携帯が5分間に着信履歴が30件以上になったのも、電話に出ない巽が悪い。
可世を校内放送で呼んだのも、無駄口ばかりたたいて可世と楽しく会話していた巽が悪い。
だから私は悪くない。
でも可世は優しいから、そんな事を言ったら巽を庇うだろう。
そんな可世は見たくない。
だから大人しく項垂れた。
そうすれば可世は許してくれる。
可世は優しいからね。
そもそも可世も可世で、相手が校長とはいえ警戒なく近付けるなんて由々しき事態だよ。
けして可世は悪くない。あんな天真爛漫な天使に近寄る虫が悪いのであって娘は悪くない。
私が今まで近付く男という男を排除してきたせいで可世には男に免疫がないのが仇となった。
だからといって後悔はしていないけど、これからも排除していくけどね。
ただあんなに無防備でもし、もし、有り得ないけど万が一、万が一、可世が男と言う名の野獣に弄ばれたら#$%@§£$¢&★‰Å‡!!!!
想像しただけでも言葉にならないよ。
これでは駄目だ。
可世には病原菌に今からでも免疫力をつけて抗体をつけなければ手遅れになる。
だが可世に見知らぬ病原菌も、見知った病原菌もつけたくない。
……………いや、何も安易に病原菌を近付ける必要はないか。
医療が発達する中、古より変わらず行われている治療法がある。病原菌に免疫をつける為に、わざと弱らせた病原菌を体に投与し抗体をつける治療。
予防接種。
可世の治療に私ほど適した相手はいない。
私は父だが男性だから可世にはうってつけだよね。
しかも私なら可世に病原菌の免疫、抗体をつけさせる自信がある。
私が可世の男の基準になれば野蛮で横暴で下品な男なんて近付けないし、私以上の男なんか存在しないから可世の理想的な男性像に私以外考えられなくすればいいのだよ。
そうすれば可世が異性に興味を抱いたとしても、自然と私と比較してお付き合いな関係に発展するのを未然に防げるはず。
名案だ。これ以上ない名案だね。
けして可世に嫌われたくないからお詫びに何処へでも連れていくと、ご機嫌とりをしたわけではないよ。
そうと決まれば、まずはエスコートだね。
いつもは手を繋いで歩くけど、それだといつもと変わらないし女友達とでさえするから今日は腕を組もう。
何時ものように繋いでいた華奢な手を自分の腕に掴ませると、そのままの体勢で歩を進める。
可世は私の突然の行動に目が点になるが、それさえも可愛い。驚きはしたが嫌がる素振りはないことを良い事に上機嫌で歩く。
「んっ、どうしたんだい?可世」
いつもより可世の歩みが遅い。
歩幅を可世に合わせても、やっぱり慣れない体勢での移動は辛いかな?
「お父さん、これ歩きづらくないかな?」
私を気遣う娘は優しい。
凭れるように腕を掴まれる、それだけで腕に負荷がかかり尚且つ女性の歩幅でゆっくりと歩く、それでいてけして体幹をブレさせずに導くように移動する動作はその辺の男なら苦行でしかない。
だからこそパーティーではこの体勢が今だ主流だ。
女性は全てをゆだね、男性はそれにこたえる。
パートナー同士が信頼していなければならない体勢。
「うん?全然。むしろ私だけの定位置だね。他の男には一生明け渡さないから、可世は安心してお父さんにエスコートさせておくれ」
新婦を新郎の元へと送る父親の体勢でもあるけど、一生送らないから。お父さんは絶対に『お義父さん』にはならないよ。
バージンロードがあったとしても腕は離さない。
「何かあったの?」
結婚式を想像してしまい心にダメージを負った私を心配そうに見上げてくる娘に笑顔で答える。
「何もないし、有り得ないから心配いらないよ。ただお父さんは可世だけのお父さんだからね」
義息子なんていらないよ。私は娘の可世だけでいいんだよ。結婚式なんて潰せばいい。
「ところで何処に行きたいんだい?」
結婚式場以外なら何処へでも連れて行くよ。
「クレープ!お父さん、クレープ食べよう」
可愛い娘のおねだりは可愛かった。
最高のクレープを用意しよう。
「いいよ。味はどうする?」
「んーーーよし、決めた!定番のバナナチョコ生クリームにする」
「じゃあ、行こうか」
駐車場へと誘導し、車の助席のドアを開けて可世を座ったのを確認してからシートベルトを確実に絞めてからドアを閉める。
そして普段は自分からは余り使わない携帯で店に連絡した。
「今から行くから、バナナチョコ生クリームのクレープの用意して」
『かしこまりました。お飲み物はどうされますか?』
「紅茶でいいよ」
『かしこまりました。御待ちしております』
用件を伝えるだけ伝えて電話を切った。
私が援助した店の一つで、今の時間は営業していないし、メニューにもクレープはないがシェフにはパティシエもいるから即席でも作れる腕はある。
不味かったら潰せばいいしね。
可世を待たせる車に乗り込み、車を目的地に向けて発進させた。
車内ではBGM 代わりに可世の学校生活を話題に談笑していたが、巽の話になった時には警戒した。
可世が巽なんかに異性として興味を持ったら最悪だ。
義息子は嫌だが同い年の義息子はもっと嫌だよ。
可世はすぐに巽が私の友人であるとすぐに認識したのに、当の本人が可世に指摘されるまで無自覚なのはどうかと思うよ。
そういえば可世はあの異物と接触してたね。
可世はどう思ったのかな。
「美空姫歌は?」
「美空姫歌?誰?」
「頭が可笑しくて異常な奴だよ」
「もしかしてあの子、かな……………異常だよね」
ああ、やっぱり可世ならわかる。
あれが異常だと。
可世の指す異常と私が指す異常には違いがあるだろう。
視点が変われば評価も変わる。
可世は天才ではない。
だから私が指す異常とは違う。
それでも意味は違えど感じたものは同じ。
私の言葉をけして疑わず肯定し受け入れる。
嬉しさに笑みが浮かぶのを自覚しながら、唐突に可世に天国から地獄へと突き落とされた。
「…………16歳って結婚出来るけど若すぎるよね」
泣きたい。
可世は16歳。
保護者のサイン一つで結婚出来る年齢だ。
サインなんて絶対にしてやらないよ。
成人しても保護者のサインなしでは結婚出来ないようにしないといけないね。
「婚約届けには年齢制限関係なく保護者のサインが必要になるように法律を改正しよう」
これなら安心出来る。
帰ったら法律改正案を提出しよう。
もし反対する議員がいたら辞職させればいい。
案を強行出来ない愚図な総理ごと総入れ替えすればいいしね。
そんな話をしながら車は目的地に無事到着したが、可世は庭園に目を奪われたのか呆然と魅いっている。
気に入ったかな?
ギャルソンに庭園が一番綺麗に見える席へと案内させて可世が座る椅子を引いて座らせる。
程なくしてギャルソンがクレープと紅茶を持ってテーブルに置くと礼をして離れた。
可世はナイフとフォークでソースを絡めながらクレープを口に運ぶと口が綻んだ。
「どう、美味しいかい?」
「美味しいよ」
紅茶を飲みながら可世を見ると、美味しいはずのクレープを食べる手が止まっていた。
「可世?」
何か気に入らなかったのかな?
お父さんに言ってごらん。
潰してあげるから。店も店員も。
「本当に美味しいよ!お父さんも食べてみなよ!」
「じゃあ、一口貰うよ」
誤魔化すようにソースが絡められたクレープを口元に差し出される。
必死に誤魔化そうとする娘もまた可愛い。
…………はっ、そうだよ。忘れてたけど今日は可世に男耐性をつける為に私が見本とならなければならなかった。
ここは誤魔化されよう。
せっかくの可世からの『あーん』だしね。
だけど私は可鈴以外にエスコートした記憶もなければやりたくもないから、この場合、男性側は口を開けて待つだけでいいのかな?
可鈴や可世に食べさせたことはあっても、食べさせられた経験がないから分からないね。
差し出されたクレープを口だけを持っていくのも不安定だからフォークを持つ可世の手を両手で掴み安定させてから口に運んだ。
これでいいの、かな?
確かめるように可世を見ると固まったまま微動だにしない。
間違えたか?
首を捻ったらソースが唇の端に付いてしまったよ。まぁ舐めれば問題ないか。
食べさせて貰うのは難しいね。
「うん、まぁまぁかな」
不味くはないね。それどころか可世が食べさせてくれた物が不味いわけないよ。
でもこんなので見本になるのかは疑問だ。
今度、巽にホストについて調べさせるか。プロならば喜ばす食べさせられ方も熟知しているだろうしね。
「可世?」
何故か項垂れる可世。
やっぱり食べさせて貰い方が違ったのかな。
「…………うん…ううん、何でもないよ。ただ、私もお父さんみたいに成れたらな、て思っただけ…………」
うん?
私みたいな可世か。
……………うん、ない。ないね。
可愛くない。
「可世は可世のままが良いよ」
可世は可鈴に似たから可愛い。
私みたいなのは自分で言うのも何だけど最悪だよね。
執着心も独占欲も強い自覚はあるよ。
それでも嫌わずありのままを受け入れてくれる。
私の娘は天使だね。
やっぱり私の娘は世界で一番可愛い。