予行練習は参考にならなかった
耳垂れワンコ父が今日のお詫びに何処へでも連れて行ってくれるそうです。
何やら今日の父は可笑しい。
何が可笑しいかって?
「んっ、どうしたんだい?可世」
いやいや、どうしたもこうしたも父がどうした!?
だって可笑しいだろ。
いや、保護者下校はいつも通りだよ。
違くって、何で私は今現在父の腕に凭れるように歩いているんだよ!?
ほらアレですよ、アレ。よく男性がパーティーで女性をエスコートするような体勢ですよ。
アレ?いつの間にハードルがレベルアップしたの?
今まで普通に手繋ぎでしたよね?
「お父さん、これ歩きづらくないかな?」
「うん?全然。むしろ私だけの定位置だね。他の男には一生明け渡さないから、可世は安心してお父さんにエスコートさせておくれ」
うん、何があった?
何やらお父さんを強調しつつ、痛くない程度に父の腕が強くなったよ。
「何かあったの?」
もう、分からんから直球で聞きましょう。
私の質問に父はそれはもう爽やかな笑みを浮かべた。
「何もないし、有り得ないから心配いらないよ。ただお父さんは可世だけのお父さんだからね」
えっ、当たり前でしょ。
えっ!もしかして父に隠し子でもいるのか!?いや、それこそ有り得ないからっ!べ、別に再婚反対とかな訳じゃないんだからね!←(ツンデレ風)
あっちょっと無理あったわ………
本音だけどツンデレ風は難易度高いわ。自分でやってて気持ち悪いってどんだけだよ。
まぁ、父が母以外を好きになるとか考えられないし、その時はその時で考えよう。
「ところで何処に行きたいんだい?」
待ってました!その言葉!!
何処だって?そんなの放課後学生スポットしかないだろうが!
せっかくの機会だ。何時、何処で、何をするかをリサーチし参考にすれば私は何時でも何処でも友達をエスコート出来るぜっ!大船に乗ったつもりで任せて下さい!
だから誰か遊んでくれ!!
まずは定番の買い食いかな?
やっぱり女の子だし甘い物だよね。
そうとなればアレしかない。
「クレープ!お父さん、クレープ食べよう」
よく公園やショッピングモールの駐車場にある移動車内販売店。なければ街中のクレープ屋さんでもいいや。
クレープ片手に食べ歩きがしたいです。
アイスもいいけどクレープのが女の子っぽく感じる、のは私だけだろうか。
「いいよ。味はどうする?」
「んーーーよし、決めた!定番のバナナチョコ生クリームにする」
定番商品が店の味を決めるとは、よく言うからね。
でも店に行ってから決めてもいいんじゃないかな?
なぜ今、聞くし?
「じゃあ、行こうか」
そんな疑問は職員駐車場に着いて霧散した。
そうだったよ。忘れてたよ。父と私は自家用車学校通勤だったよ。
頑丈で有名な某外国車の助手席のドアを開けて席へと誘導され、自然と乗り込んだ私。
………慣れって恐い。
しかし父は何故かすぐには運転席に座らず、携帯で電話している。
もう私は車内に居るから聞こえないが、父はすぐに携帯を切ったので大したことではないんだろうよ。
でも珍しい。
父は私の前で基本、携帯で電話を掛けなければ出もしないからな。
さすがに電話に出るぐらいはしなよ、と言いました。携帯電話なのに携帯しても電話の意味ないよ。
発信履歴に私の名前しかないって、いくら家族通話無料な御時世でもそれはないよ。
車もさ、普通は父並みの金持ちなら専属運転手が居ても可笑しくない。
だが父曰く、私の命を他の奴に任せるつもりはないらしい。
私、父に常に護られないと危険なほどに命を狙われているのですか…………。
何か初っぱなから躓いた感が否めないのは何故だ。
そんな心境にお構い無く父は学校でのアレコレを聞いてくる。
特に校長先生の話しに食い付いてきた。
そんなに心配せんでも父の唯一の友達はとらないよ。だいたい教師と生徒が友達になんて成れるわけないだろうが。
そして何故か女子生徒の話題になったが、美空姫歌?えっ、誰それ?
頭が可笑しくて異常な奴?
んっ、プリンちゃんかな?
あの頭と臭いは異常だよね。
そう言うと父は嬉しそうに目を細めた。
えっ、いくら再婚に反対しなくても同い年の女子高生が義母なんて嫌だから止めてよね。
16歳が結婚可能年齢でもさ。
そう言うと父は涙を滲ませた瞳で、婚約届けには年齢制限関係なく保護者のサインが必要になるように法律を改正しよう、と言い出した。
法律を簡単には改正は出来な………いや、出来るか?出来そうだ。父なら出来る。
でも父が改正したい意思がある限り、再婚相手が幼妻に成る可能性はないよね。
うん、なら安心、安心。
そんな話をしながら車は目的地に無事到着。
薔薇のアーチを潜るとそこは別世界でした。マル。
………………………………はぁっ!?
目が点になる。
私はクレープを所望しただけであって、けしてフルコースを望んだ訳ではない。
なのに何故にイングリッシュガーデンのある白亜の洋館に居るんだ。
恭しくギャルソンが出迎え、客一人居ない店内で庭園が一番綺麗に見える席へと案内された。
ちなみに呆然とした私を流れるようにエスコートしたのは父だ。
どう見たって営業時間外。しかもギャルソンは注文を取るどころかメニュー表さえ渡さずに奥へと消えた。
絶対に間違ってる!
けしてギャルソンがではないよ。
ここ、カフェでもねぇーよ。
スイーツだけ食べる店じゃあねぇっ!予約必須な高級店であって、たかがクレープ食べる為にフラリと訪れていい店じゃないよ。ドレスコード必須だよ、きっと!いくら学生服が冠婚葬祭OKでもここは駄目だろ。
クレープでさえ、ねぇーよ。
その想いはアッサリと覆された。
ギャルソンが消えて数分足らずに持ってきたのはクレープと紅茶。
言葉も出ない。あとは正に食べるだけとはこのことだ。
「どう、美味しいかい?」
父は優雅に紅茶を飲みながら感想を求める。
紅茶は私にもあるがクレープは一人分しかない。勿論、私の分だ。
「美味しいよ」
確かに旨い。
ほろ苦いチョコソースがバナナの甘味を引き立て、口溶け生クリームはまろやかで、それでいてくどくない。薄い生地はモッチリ滑らかで風味があり、これ単品だけでもいけるが、この生地があるからこそ全体をまとめあげ、さらに上の味になっている。
こんなに美味しいクレープはない、と言っても過言ではない美味しさだ。
………………でも違う。違うんだ、父よ。
私が望んだクレープは片手で手軽に食べれるをコンセプトにした紙に包まれたクレープであって、けして皿の上でナイフとフォークを操りソースを絡めて上品に食べるクレープではないんだ。
クレープだよ。
同じクレープ。
但し土俵が違いすぎるよ。旨さも違うだろうがな!
余りの旨さにグルメリポーターみたいなコメントが出るくらい美味しいよ!不味いわけがない!
旨い!でも違う!
「可世?」
私の葛藤に気付いたのか不安そうに問い掛ける父には言えない。
クレープだよ。確かに私が望んだクレープだよ。
味も文句なく美味しいクレープだよ。
これに駄目出し出来るほど私は強く出れない。
「本当に美味しいよ!お父さんも食べてみなよ!」
本音を誤魔化した私は父の気を逸らす為にクレープを刺したフォークを父の口元に差し出す。
いわゆる、あーんの体勢ですね。
それだけ焦ったんだよ。
もし私がクレープに難癖つけてみろ!父は店を潰す。比喩ではなく両方の意味で確実に潰す。
「じゃあ、一口貰うよ」
そう言って私のフォークを持つ手を両手で握り上目遣いでクレープを食べた。
いや、なして上目遣いなんだ!?
目を瞑れとまでは言わないが、私を見ないでフォークを見るなり、目を逸らすなりしてくれ!
しかし他者から食べさせて貰う行為は何気に互い供、難しいものである。
世流は唇の端に付いたソースを舌で舐めとった。
「うん、まぁまぁかな」
色気半端ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!
父の色気に赤面を通り過ぎてノックアウト。
おわた…………私は女として終わった。
父の色気、侮りがたし……………。
「可世?」
女として生まれ、娘として生きて15年。
ここまで乙女心を擽られ、木っ端微塵にされたことはあっただろうか。
父に劣る私の色気は何処へ?
食い気に負けて消失してしまったのか…………。
そんな心配そうに見ないで下さい。
それさえも女子力が削られる。
「…………うん…ううん、何でもないよ。ただ、私もお父さんみたいに成れたらな、て思っただけ…………」
その色気を娘に遣うなら別けてくれても良いと思うよ。
「可世は可世のままが良いよ」
それ、色気より食い気のままでいろと?
褒めてないからな。それ、誉め言葉じゃないからな。
ほんわか笑みも私の心には響かないからな。
可愛いければ許されると……許されると…………。
……………………うん、許す。
やっぱり可愛いわ。