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天才の片鱗、異質の顕現(水無月巽side)

日間ランキング入りしていました!Σ( ̄□ ̄;)

それはいつものこと。


授業の終わりを知らせるチャイムが鳴ると同時に世流は席を立ち、満面の笑みを浮かべ競歩並みの速さで廊下を歩く姿は気持ちが悪い。

今では宝林学園名物になりつつある図書室待ち合わせ、父娘下校風景ですね。


あんなのを父親に持つのに、娘さんは嫌がりもせず苦笑しながらも恥ずかしそうに世流が差し出す手を拒否せずに手を繋ぎ、下校する姿は確かに微笑ましいですが、蕩けたような笑みを浮かべニヤニヤする世流は本気で気持ちが悪いです。


いつも通りチャイムが終わりを告げる。


だが世流は眉間に皺を寄せたまま立ち上がらずに座ったまま苛立たしげに足を組み直し、いつもなら一目散に図書室へ向かうはずが席を立とうとさえしなかった。


「あの女を排除しろ」


忌々しげに告げる世流。


あの女?どの女性でしょうか。

宝林学園には女性教務も女子生徒もいますし、それが学園外になると世流の周りには女性が飴に群がる蟻のごとく居ます。

相変わらず脈絡もなくいきなり話始めるのはどうかと思いますね。


「臭い女が居ただろう。汚物は廃棄しろ」


首を傾げていた私に世流は呆れたように生ゴミを廃棄しろとばかりに命令してきました。

それで分かる私もですが、生徒に対して汚物とは些か酷い言い方です。


またですか。

娘さんを不快させた程度でいつも退学にさせようとする。

いつものことだとそう思いました。


該当人物である女子生徒の名前は美空(ミソラ)姫歌(ヒメカ)

入学して間もない新入生です。宝林入試試験時は何処にでもいる普通の女子生徒で特に素行も問題なく、こういってはなんですが可もなく不可もない生徒でしたが、どうしてあんなにも様変わりしてしまったのでしょうか。


今日見た彼女はまさに変貌していました。

けして良い意味ではなく悪い方向へ。

頭髪を染色し、廊下の中央を歩き、大きな声をあげる姿に目を疑いました。何より香水の匂いが強すぎますね。


ですがそれだけです。昨今は【高校デビュー】と言う言葉もある程ですし、彼女もその一人なのでしょう。


「確かにあの生徒は風紀を乱してますがそれだけで退g」


「私は知らない」


生徒のフォローは教師の務め、だが間髪入れずに世流に遮られた。


世流が知らない?

それこそあり得ません。

世流は認めたくありませんが天才です。

天才とはけして頭脳明晰をさすだけの言葉ではありません。

天才とは世を知る者。

それは一を知り十を知るのではなく、百を知り一を知る者。本質を知り、真実を知る者。

彼の中では予言者のごとく枝分かれした未来が見え、尚且つ予測から予知に変えているのでしょう。


そんな彼が知らない。

天才さえも知らない。

それは異常。


「いいかい、私はアレを知らないと言ったんだよ。アレは異質………いや異分子と言った方が的確か………アレは存在しえないモノ。ここでは邪魔な存在でしかない」


あり得ない。

世流が知らないことが。


そんなはずない。

法的書類上には問題なく、また偽造することなと不可能なはずです。


宝林学園では職員、生徒だけに留まらず用務員や警備員、出入りの業者まで、宝林学園内の人員には全てにおいて調査済みである。

問題なかったからこそ、宝林学園にて過ごせている。


どちらかに間違いがあるのではなく、どちらも正しい。正しいが故にそれは異常。


「アレのことをお前は何を知っている?ただの紙束なぞ私にはゴミでしかない。アレは存在するが過程が無い。不純物でさえそれに至る過程があるがアレには無い」


分からない。

私には世流が何を意図しているのか………


「………君には、いや可世以外の誰にも分からないだろうね…………」


投げ遣りな言い方ではあるが何処か諦めた表情を浮かべながら、手を組み椅子に深く腰かける。


ただ分かるのは世流にとって美空姫歌は異常であり、本来なら存在しえない者。

だが彼女は宝林学園の生徒として存在している。


「アレと接触するつもりは私にはないよ。可世が無事なら他はどうでもいい。ただし、アレに可世が巻き込まれれば容赦はしない」


冷たい声で最終宣告を言い渡し、犬でも追い払うかのように下がれと命じる。


「早く図書室へ可世を呼びに行きなよ……………見極めてくればいい」


それは誰を?

桜木可世か、美空姫歌か、どちらもか

その答えは図書室にあるのでしょう。


……………ただ癪ですね。

何もかもが分かっていて自分を試すような様は………

なので一子報いましょうか。


わざとらしいく満面の笑みを浮かべた巽に、その笑みを見た世流が訝しげる。

そして爆弾が落とされた。


「では娘さんを呼びに行って来ますね…………会話が弾み過ぎて遅くなるかもしれませんが、お義父さんは大人しくしていて下さいね」


お義父さん、お義父さん、お義父さん……………


世流の聞きたくないフレーズベスト3にランクインする言葉が山びこのように世流の脳内を響かせた。

余りのショックに言葉を失う世流。しかしすぐに復活し、目をカッと見開く。


「っ!!!貴様にっ!否、全人類の男にお義父さんと呼ばれる覚えはないっ!!!おいっ、待てっ!!余計な事は……」


呼び止める声を無視してピシャッとドアを閉めると問答無用で理事長室を後にした。










図書室の窓際が彼女の定位置。そこには彼女以外はけして座らないのが暗黙の了解。

木漏れ日の中、制服の袖からほっそりとした白い指先が本のページを捲る。

カサリッとした本を捲る音さえ逃さぬよう、図書室は静寂に満ちていた。


指先をそのままにし、窓の外へと視線を送る。

その瞳の先には何が映りだされているのか。

溜め息をつきながら愁いの表情を浮かべて窓の外を見る姿に、図書室に居る全ての者が胸を締め付けられた。


声を掛ける事さえも憚れるのに、その愁いを晴らしたい願望に囚われる。


その愁いは何か。

彼女の瞳は焦燥、憧憬、悲哀と色を変える。

抱き締めて慰めたい衝動が駆け巡るが、鎖で縛られたように一歩足りとも動けない。

彼女の愁いは世界そのもの、そこに矮小なる人間が踏み込んではならない領域。


彼女は鞄からメモを取りだし何かを書き始めた。

何を見て、何を思い、何を書かれたのか定かではない。

彼女の琴線に触れた何かがメモに書かれる。

少しでも彼女を知りたい。


彼女を知りたいが故に彼女が読む本は既に貸し出し予約が3ヶ月待ちになっている。

それだけではない。

彼女が身に付けている品々さえも探し買い求め身に付ける。一時期彼女が身に付けていた御守りは品薄になるほど購入者が後をたたない状態であった。


アイドルとのお揃いに憧れる行動ではなく、ただ彼女を身近に感じたいが為だけの行動。


そして再び外に目を向けて移ろっていた視線がある一点をとらえた。


巽は可世の視線の先を見る。

そこには美空姫歌が居た。

視線を感じたのか姫歌は図書室を見上げた。


視線が交差する。


そして彼女は校門から出ることなく校舎へ向かい走りだした。


「……邪魔だわ」


普段の彼女からは考えられない、世流を彷彿させる言動。

それは無意識に出た本音であり真実。

冷たいと言うよりも憤りを感じた声音に戦慄する。


ああ、世流と同じだ。

貴女には分かるのですね。

アレが存在するはずでない事が。

世流にはまったく似ていないはずなのに似ている。

手を伸ばせば触れてしまう程の距離に居るのに近づけない、近づかない。


「何がですか?」


答えが解りきっているのに出来れば否定して欲しくて問う私は卑怯なのでしょう。

貴女は天才であって欲しくない。

世流と世界を共有し二人だけで孤立して欲しくないのです。

孤独は貴女に似合わない。

もう少し、少しでいいです。もっと周りを見て下さい。気付いて下さい。

物理的距離はこんなにも短いのですよ。


「えっ!?っ…………」


先程まで別人のように、いや元の日だまりのような彼女に戻った。こちらに気付き驚きの声をあげて慌てて口を押さえる仕草に、自分が彼女の視界に入ったことに安堵する。


「校長先生………」


『巽君………』


可鈴さんに似た声、容姿、仕種、全てが思い出の中の彼女を彷彿させる。

胸を締め付けるような想いを隠し、安心させるように作った笑みを浮かべるもそれは失敗してしまった。


「すいません。驚かしてしまった様ですね。世r、理事長より言付けを頼まれまして」


苦笑になったのを世流のせいにするも動揺は隠せず、いつもは公の場ではけして呼ばない世流の名前を危うく言いそうになってしまった。


「理事長が理事長室へ来て下さいと………」


誤魔化すように用件を伝える。


「すいません。父がご迷惑を御掛けしました。理事長室へ行って父には、校長先生が親しいからといって甘え過ぎるのはやめるよう言います」


彼女は椅子から立ち上がり深く謝罪を延べるも聞き捨てられない言葉に私は固まりました。


「………甘…え……てる……世流が、ですか?貴女にではなく?」


何処を見て彼女は判断されたのか。

あの世流が甘えているのは貴女にだけでしょう。

私は世流にとってただの他人。良くて知人程度の存在でしょう。


ですが世流の娘さんから見ると違うようですね。

しかしあの世流が私にいつ甘えてました?

居たら便利だが居なくても不便ではない程度にしか認識されていないと思いますが。


「あんな父ですが校長先生を信頼しています。甘えるのも下手でどこまで甘えたら許されるか分からないんです。試す様に強要しているみたいですが友達が校長先生しか居ないので、そんな形でしか甘えられない不器用なお父さんなんです」


友達ですか?あの世流が?私の?


確かに世流は私を便利物のように扱いますが、私を使わなくても世流なら私より迅速に対応出来たはずです。わざわざ私を使う必要性はないのに私がどれぐらい使えるか試しているのかと思っていましたが、それも変ですね。

試さなくても世流には解っていたはずなのですから。


もしかしてアレが甘えですか!?

あんな甘え方で分かるわけないでしょうが。幼子の方がまだ甘え方が上手ですよ。どれだけひねくれているのですか。理解に苦しみます。


「父のこと、これからも友としてどうぞ宜しくお願いします」


『巽君、世流を宜しくね。私はずっとは傍に居られない………世流には巽君しか居ないの、だから見捨てないで、一人にしないであげて』


本当に似ていますね。

貴女達はいつも自分ではなく他者の為に心を砕く。

血の繋がりとはなんとも不思議なものです。

まさか娘さんにまで同じことを頼まれるとは………


「はい。といっても世流を任されたのはこれで二度目ですね」

「えっ?」


「可鈴さん。貴女の母です」

「お母さんが………」


記憶は色褪せることなく甦る。


「懐かしいですね。私が世流と喧嘩して離れようとした時、可鈴さんが世流には私しか居ないから見捨てないで、と涙ながらに説得されました」


喧嘩と言うには私が一方的に怒り、世流は何処吹く風状態でまったく相手にされてませんでした。それが余計に拍車に火を着けました。

世流から離れようとした私を涙ながらに懇願し、引き留めたのは世流ではなく可鈴さんでしたね。


好いた女性の頼みに弱いのは男の性でしょう。


「さて、昔話もよろしいですがそろそろ世流が痺れを切らしそうです」


理事長室を出てから胸ポケットに入っている携帯の振動が止まらない。

娘さんと連絡がとれないからといって、これはない。

絶対にお義父さん呼びの嫌がらせ兼、娘さんを早く理事長室へ寄越せとの催促ですね。


「重ね重ね父がご迷惑を……これ以上待たせると校内放送されそうです。理事長室に急がないと……………校長先生さようなら」


「はい、さようなら。世流が居ますし大丈夫だとは思いますが気を付けて帰って下さい」


苦笑しながら彼女は本を鞄に仕舞うと、私に下校挨拶してから図書室を出てっ行った。


ガランッ!!


可世と入れ違いで図書室の扉が喧しく音をあげて開いた。


「あっ、やっぱり居たぁ!巽さんも図書室で調べ物ですかぁ?」


姫歌はドアを開けたまま図書室へ入室すると、目敏く見つけた巽に語尾をのばしながら話し掛けてくる。


敬称付けとはいえ親しくもない者、しかも生徒でしかない者に名前を呼ばれ不快に思いつつも、けして表情には出さずに当たり前のことを注意する。


「図書室ではお静かに。ドアも閉めて下さい」


「ごめんなさぁい………巽さんが居たから嬉しくて………エヘヘッ」


ドアを閉めるも反省の気持ちは伝わってこない。それどころかそれを人の責任にする。


「姫歌もぉ図書室の常連なんですよぉ。だからぁ、本の場所にも詳しいんで、調べ物ならお手伝いしまぁす!」


はぁ、学習しない子ですね。

先程注意したにも関わらずまた大声をだすとは………

それに何を勘違いしているのか、私が調べているのは貴女本人の経歴であって今は本を探すゆとりさえなくなりそうです。

第一、貴女は図書貸し出しカードさえ作ってないではありませんか。

平気でバレる嘘をつく。そこまでして何がしたいのでしょう。


「いえ、用事は終わりましたので」


「えっ?なんで?だって………あっ初めのイベント逃しちゃったのかなぁ………次は確かお悩み相談だったわよね………」


イベント?悩み相談?小さな声でブツブツと独り言のように呟くと、いきなり私の腕を掴み涙目を作り訴えてきました。


「巽さんは何を悩んでるの?」


「はい?いえ特に悩んではいませんが………失礼ですが腕を離して頂けませんk」


「嘘っ!巽さんは悩んでるよ、姫歌には分かるもん。巽さんは友達の彼女さんがずっと好きだったんでしょ。告白も友達に遠慮して言えなくて辛かったんですよね………でも友達だったら遠慮なんてしない。だって友達だもん」


作られた台詞を読むように淀みなく、確信をつく。

以前なら、可鈴さんが亡くなり小さな娘さんに出会う前ならその言葉に揺らいだでしょう。

でも今は違う。

それは過去。


唖然とし身の毛がよだつ。


なんでそれを知っている………

可鈴さんどころか当時の友人達でさえ知らない。


告白?可鈴さんに未来がないことを知っていながら私の想いが重くなることを分かっていて出来るわけなかった。だが本当はそれは言い訳でしかない。過去の自分は怖かったのだ。可鈴さんと世流と私の関係が変わることに、あの時の私には関係を壊してまで可鈴さんを愛していた訳ではなかった。


それを知っているのは世流だけ。


天才だからではなく同じ女性を好きになったのだから男なら教え合わなくても分かる。

だから世流は遠慮なく可鈴さんに想いを告げた。

私が本気でなかったから躊躇うはずがなかった。

私と世流では想いの強さが違った。


ですが新入生でしかない貴女がなぜ知っている…………


コレは何だ…………


おぞましい感情が沸々と沸いてくる。

掴まれた腕が、声が、存在が気持ち悪い。

胸の内が靄で覆われたかのように吐き気をともなう不快感に嫌悪する。


コレはなんだ………


すでに巽にとって彼女は生徒ではなく、得体の知れない何かにしか見えなかった。

触れられた腕が腐蝕されていくかのような不快感に耐えきれず、生徒であるはずの彼女の手を叩き落とそうと手が出そうになった、その時突如下校時間にはまだ早いチャイムが校内に鳴り響いた。


キーンコーンカーンコーン


『1年A 組桜木可世さん。至急理事長室までお越し下さい。繰返します。1年A組桜木可世さん。至急理事長室までお越し下さい 』


キーンコーンカーンコーン


「っ…………」


あれほど混乱し嫌悪感に苛まれ、硬直していた体から気が抜ける。


はぁ、本当にタイミングが良すぎますね。

………………今だけ感謝しますよ、世流。


掴まれた腕をスマートに外させると、巽は美空姫歌を物を見るかのような眼差しで一瞥した。


「それでは失礼します」

「あっ、ちょっ、巽さぁーん!!」


引き留めようとした声に耳を貸さずに図書室を出る。

調査を兼ねた雑談も、挨拶をする気さえも今の巽にはなかった。


心の靄は今はない。

あるのはあの世流が年端もいかぬ女の子に説教されて項垂れる姿のみ。

知らず知らずに自然と笑みが漏れる。


「ふっ…………お説教は確実ですね、お義父さん」


いつの間にかあれだけ振動していた携帯は既には止まっていた。




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