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追憶の中の真実は、つまらない

 ◆


 アエリノールの神業と思える魔法を見ても、聖騎士達は慌てずに、少女と幼女を舐めるように見ている。

 唖然としたのは、一瞬であった。いっそ、アエリノールが大量の水で火を消した方が、聖騎士達は恐怖したかもしれない。

 恐らく魔法の原理に、それ程詳しい者が居ないのであろう。だから、アエリノールの神業が、彼等の目には、原理さえ知っていれば、誰にでも出来る簡単な事の様に見えたのだ。


「余計なことは、せんで欲しいな、少女よ。ところでどうだ、我が城へ来ぬか? 食料も豊富にあるし、村へ帰るよりは良い暮らしが出来ると思うぞ。むろん、相応に我等を楽しませてもらうが、な」


 聖騎士達の隊長らしい男は、一度、燻る森に目を向けたが、灰色の空に立ち上る煙を見ても、何一つ面白くなかったらしい。視線をネフェルカーラに移すと、下卑た笑みを浮かべながら、こう言った。

 

 隊長はアエリノールの耳を見て、妖精エルフならば、その程度の事は出来るのだろう、と理解していた。

 しかし彼女達とは、一足飛びの距離である。ならば、いかに妖精エルフの魔法が強力でも、聖騎士の剣でねじ伏せれば問題にならない、と考えていたのだ。

 それに、黒髪の少女が同様に魔法が使えるとも思えない。弓と短剣を持っているようだが、そんなものは聖騎士にとって玩具に等しかった。


「くくく」


 他の騎士たちも同様に、ネフェルカーラとアエリノールに向ける眼差しが怪しい。所詮、魔法を使えるといっても、膂力では騎士に勝てる筈が無い、とタカをくくっているのだ。

 そして、同時に隊長を中心として、ネフェルカーラとアエリノールを囲むように陣形を組んでいた。


「いつもそう言って、森で狩りをする村の者を幾人も攫っているのか?」


 ネフェルカーラは右手を短剣にかけ、左手で印を結ぶ。

 下卑た騎士達の笑いから、一つの推論に辿り着いたネフェルカーラは、切れ長の目を、さらに細めて問う。

 そして、隊長と思しき男からの答えは、ネフェルカーラの推論を、最悪な形で肯定していた。


「攫う、とは人聞きが悪いな。森で迷っている者を保護しているに過ぎん。もっとも、残念な事に、大半の者は村に帰れず、我等の看護も甲斐なく死んでしまうが、な」

「貴様……ヒルダはどうした?」

「ヒルダ?」

「赤毛の……目元の可愛らしい女だ!」

「ああ、ヒルダというのか。ははは、生きているぞ。今頃、俺の帰りを寂しそうに待っておるだろうな。

 少女、お前たちも、我が城に来るが良い。ヒルダとやらにも会わせてやるぞ。

 ……もっとも拒むならば、力ずくで連れてゆくまでだがな。ふはは!」 


 ネフェルカーラの表情が苦悶に歪む。

 目の前の男と話していると、消えた村人の末路が容易に想像出来るのだ。

 国を守るべき聖騎士が村人を苦しめていたなどと、本末転倒も甚だしい。

 いっそ、ここで打ち倒してしまおうかと思ったネフェルカーラだが、ヒルダが生きている、という話ならば事情が変わる。助けようと思ったのだ。


「アエリノール、お前たちを疑って悪かったな」

「へ? 何のこと?」

「森が悪戯をして人を閉じ込めている、などと疑ったことだ」

「うん! そんなことしてないよ!」

「うむ。だから、お前は森へ帰れ。私は、他にやることが出来たのでな」

「いやだよ! わたし、ネフェルカーラと一緒にいたいもん!」


 目つきの悪い緑眼の少女は、碧眼の幼女をまじまじと見つめ、苦笑した。

 考えてみれば、この幼女は上位妖精ハイエルフなのだ。仮にネフェルカーラの思いつきに乗ったとしても、無碍に死んだりはすまい。まして、下劣な騎士共に陵辱される事もないだろう。

 

 ネフェルカーラは、小さなアエリノールの金髪を一撫ですると、周囲を見回した。

 十人の騎士達は、それぞれにネフェルカーラとアエリノールを、舌なめずりしながら見つめていた。食料と女が、今日の収穫だと確信している風である。

 アエリノールは未だ幼いのだが、それを好む者も、この中にはいるのであろう。

 印を解き覚悟を決めると、ネフェルカーラは口を三日月型に歪めて言った。


「あなた方に付いて行けば、命ばかりは助けてもらえるのだろうか?」


 騎士団長は、ネフェルカーラの美しさに見惚れ、怪しげな笑みは媚びだと見て取った。


「ああ、俺の名はジェラール。保障しよう」


 今夜、あの黒髪も緑の瞳も、肢体さえも俺の物になる。そう思えば、不幸や災いを具現化したかの如きネフェルカーラの微笑さえ、甘美な背徳の果実に見えるジェラールであった。


 ◆◆


「魔族の国と人の国を隔てる長城」と呼ばれ、有難がられている割には、そこで暮らす騎士達は粗野なはみ出し者である。

 それはつまり、魔族と戦う技量と度胸があるならば、多少性格に難があっても抜擢される、という事を意味していた。


 真実、この地に駐屯している二十名は、聖騎士の中でも指折りの猛者たちである。だが、同時にもっとも問題の多い者達でもあった。

 この地の騎士隊長であるジェラールは聖光青玉騎士団ブルーナイツの第六席であり、膂力だけならば副団長に匹敵すると言われる男なのだ。が、同時に、素行が悪く、魔法に関する実力が並みの騎士程度だった為、六席以上に上がる事が出来ず腐っていた。だから、この地に赴任して以来モルタヴの森で狩りを行い、たまに出会う村人を攫い、犯し、捨てていたのだ。

 むろん、男も同時に捕える事があった。そんな場合は、父親ならば娘を、夫ならば妻を、目の前で犯してやり、発狂するかどうかを見て楽しむのだった。

 発狂しなければ、それはそれで良い。従順ならば、一年は生かしてやった。だが、このような事が本国に知れてはたまったものではない。だから、最終的には人知れず、魔族の国へ送り、処分した。

 さらに言えば、このような行為を始めたのはジェラールではない。いつから始まったのかは分からないが、ともかく長城の伝統とさえ言える、これは楽しみなのであった。


 ジェラールは自室で葡萄酒を舐めるように飲み、上機嫌である。


 黒髪の少女は美しい。

 アレを今夜、どのようにして辱めようか、考えるだけでも胸が躍るのだ。

 昨夜まで楽しんだ赤毛の女は、部下達に回そう。アレも中々に良かったが、もう、目が死んでいる。

 ある程度抵抗される方が、ジェラールには楽しい。だから、従順になった女は、用済みとなるのだ。


「そういえば、金髪の妖精エルフもついて来たな。あれも十年程して大人になれば、かなりの美女になるであろうな」


 アエリノールの事を考え口元を歪めるジェラールは、しかし彼女を部下に与えることにした。

 元々、幼女趣味ではないのだ。ならば、その気のあるものに与えてやればよい。自分と部下は、所詮、一蓮托生。せめて良い思いをさせてやらねば、と思う程度には、ジェラールは部下思いであったのだ。


 もっとも、ここで間違いがあったとすれば、アエリノールは十年たってもあのままである。

 上位妖精ハイエルフの成長は、極めて遅い。人間の年齢に合わせるならば、百年で一つの歳を重ねる程度だろう。とは言え、一万歳を超えて、なお若々しい上位妖精ハイエルフが確認された例もあった。


 ◆◆◆


 外からの光さえ届かない地下牢は、石の床さえ凍りつく程に寒い。そこに、六人の女性がいた。

 黒髪で目つきの悪い魔術師と、金髪の上位妖精バカエルフ以外は、皆、一様に虚ろな目を泳がせ、茫然としているように見える。


「どんぐり、どんぐり」


 ポケットからどんぐりを取り出して、床で転がすアエリノールは放っておくとして、ネフェルカーラは恋敵であった女をその中に見つけ、声をかけた。


「ヒルダ。無事であったか。皆も、ここにいたのか」


 見れば、他の者達もネフェルカーラの見知った顔である。

 もともと、村では引きこもりがちのネフェルカーラだけに、暫く会っていないと思っていただけの女性達であった。

 思わず、きつく結んだ唇の奥で、奥歯に力が入ってしまう緑眼の美少女である。


「無事? 私が?」

「うむ。ともかくヒルダ、怪我などないか?」

「……ええ、怪我はないわ。でも、もう、ノーラッドに合わせる顔もないわ」


 僅かに口元が歪みそうになったネフェルカーラだが、今回ばかりは同情する。

 ヒルダは、ジェラールとやらに散々な目に合わされたのだろう。もしもノーラッドがこの事を知れば、ヒルダは捨てられるかも知れない。

 しかし、となれば、ネフェルカーラにノーラッドは流れるかも。

 いや、まて――

 ネフェルカーラは記憶の糸を辿り、ノーラッドとの会話を思い出した。


「ネ、ネフェルカーラ。その、良かったら将来、俺の妻になってくれないか?」

「寝言か? 昼間から寝言を言うなど、ノーラッドは夢遊病なのだな」


 ある日、穏やかな風の吹く丘で、ノーラッドはネフェルカーラに愛を語り、撃沈した。

 ネフェルカーラには、この時、悪気など無かった。ただ、本当にそう思っただけだった。

 そして、ただ二人きりで丘の上に行った記憶が残ったのだ。その結果として、ノーラッドは自分に気がある! と、思い込んだだけであったのだ。

 ネフェルカーラは間違っていなかった。

 しかし、気付かぬうちにノーラッドの心をへし折り、次の恋路に旅立たせていただけのことである。 

 実は見事なすれ違いであったが、本当は、この事に気がついている者が唯一人だけ居た。

 

 ――それが、ヒルダである。


「ネフェルカーラもノーラッドの事が好きなんでしょう! だったら、ここから逃げてノーラッドと幸せになって! 私、あなた達が互いに惹かれているのを知っていて、でも、ノーラッドを諦めきれなくてっ! だから、罰が当たったんだわ!」


 ヒルダの口調が、僅かに熱を帯びる。そして、全てを洗いざらい話して、すっきりしたのかもしれない。虚ろだったヒルダの瞳に、多少なりとも輝きが戻っていた。


「……馬鹿をいうな。ノーラッドが私を好きなのであって、わ、私はノーラッドなど、どうでもよいわ」


 記憶の底を掘り起こせば、真実ネフェルカーラはノーラッドなど、どうでも良かった。

 ただ、ノーラッドが自分に好意を寄せるから、それが嬉しかっただけの話。元はといえば、ネフェルカーラが勘違いなどせず、ノーラッドの言葉をしっかりと理解して断っていれば、ヒルダにこんな卑屈な思いは抱かせなかったのである。


「そーだよ! ネフェルカーラが好きなのはアエリノールだよ!」


 どんぐりに塗れた金髪の幼女が言った言葉は、全員に無視されたが、実は、今のネフェルカーラの内心は、そうである。

 アエリノールに大きな好意を寄せられているから、どんどんネフェルカーラはアエリノールを好きになってゆくのだ。


「まあ、いい。お前たちの居所が分からぬうちに聖騎士バカ共を殺してしまってはマズイと思った故ここに来たが、とにかく、皆、出るぞ」


 ネフェルカーラは言うなり立ち上がって、分厚い金属の格子に手を触れた。

 すると、見る間に黒鉄の格子が朱色に変わり、溶けて人が通れるほどの大きさの隙間になった。


「ネフェルカーラ、これは?」


 驚きに目を見開くヒルダは、ナタリーと同じ褐色の瞳で、生気が戻れば流石に美しい。

 

「出るのだ。こんな牢に閉じ込められている必要など無い」

「でも、私は……穢されてしまって……帰ろうにも……」

「ええい! ノーラッドも、ナタリーも心配している。

 まあ、何があったかは大体わかるが減るものでもなし、気にするな。

 あ……私は万が一の場合、減るがな!

 それに、だ。私がここでの事をノーラッドに言うと思うか? モルタヴの森でヒルダを見つけた、と言うにきまっておろうが。安心せよ」

「なんであんただけ減るのよ! 私だって減るわよ! でも、でもっ!」


 ネフェルカーラの言葉に、声も無く頷くヒルダは涙に塗れていた。

 ヒルダに抱きつかれたネフェルカーラは、「私が減るのは、寿命なのだが……」という言葉を飲み込んだ。別に、言う必要が無いと思えたからである。


「では、アエリノール。すまんがヒルダ達を村に送ってくれんか?」

「え? わたしもネフェルカーラと一緒にジェラールをぶっとばすよ! どんぐりで!」

「……今回の私は、手加減出来そうにないのだ。お前にまで怪我をさせてしまうかも知れん。だからアエリノール、すまんが先にメンヒ村へ戻っていてくれ」

「……うーん、わかった! 先に帰ってるね!」

「うむ。では、よろしく頼む」


 牢から廊下に出ると、ネフェルカーラはヒルダ達をアエリノールに託した。

 アエリノールの正体を知らないヒルダはきょとんとしていたが、ネフェルカーラが説明をすると、崇めるように金髪の幼女を見つめていた。


「森の……? はじめまして、私、ヒルダです、アエリノールさま」

「うん、これあげるね。ヒルダ、手を出して!」

 

 ポケットから一粒のどんぐりを取り出した金髪の幼女は、それをヒルダの手の平の上に乗せた。

 アエリノールにとって、人間との近づきの印は、あくまでもどんぐりである。


 こうして、アエリノールは囚われた少女たちにどんぐりを渡して回り、皆を引き連れて地上に出た。

 無論、途中で彼女の前に立ちはだかる敵に対しても、どんぐりが有効に使われたのは、言うまでもないことである。

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