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森の妖精は魔術師を慕う

 ◆


 ネフェルカーラは衣服の上に黒羊の毛皮を着込んで、万全の状態で狩りに出た。

 元々が寒がりな為、妙に着膨れをした、目つきの悪い緑眼黒髪の美少女である。 


 目つきが多少悪くても、美少女は美少女足り得るのだ。むしろ、目つきの良い女は腹黒い、とネフェルカーラは思っている。もちろん、それはとんでもない僻みであった。


 最近、三軒先のヒルダが七軒奥のノーラッドに告白されているのを見たネフェルカーラは、少しだけ気が病んでいた。

 ノーラッドは、絶対自分に気がある! と確信していたのだ。

 それが蓋を開けてみれば、背の高いノーラッドが、薄茶色の愛らしい瞳をした、目つきの良いヒルダに、


「俺が騎士になったら……結婚してくれ!」


 などと言っていたのだ。

 だから今、ネフェルカーラの目つきが三割ほど悪くなっていたとしても、致し方ない事であろう。ノーラッドだったら、永遠の命を失っても良いかな? と、ほんの少しだけ思っていたのだ。

 ちなみに、ネフェルカーラがそう思うことは、半年に一度位、ある。わりと頻繁なので、相談されるエレノアは、「またか……」と思い、話の大半を聞き流すのが常だった。


 それはともかく、ネフェルカーラの装備は短剣二本と弓一つ、矢が二十本といったところだった。魔法を使ってしまえば獣を容易く屠れるが、流石に妖精が住まう森で、防御以外の魔法を行使する気にはなれなかったのだ。


 寒がりながらネフェルカーラが雪道を歩くと、自分以外の足跡が、森へと続いている事に気がついた。


「今日の様な日に狩りに出るとは、命知らずな事だな」


 そうネフェルカーラは一人ごちたが、完全に自分を棚に上げている事には気がつかないようだ。

 

 そうは言っても足跡はそれ程大きくなく、とすれば十五、六歳の少女と思われる。

 思えば、他人事ではない。心配が募ってきた。

 こうして歩く速度を上げたネフェルカーラは、森の入り口を少し過ぎた所で、無謀な少女と合流することが出来たのである。


「ナタリーではないか。雪が未だ降っているというのに、狩りに出るとは感心せんな」


 ネフェルカーラに呼ばれた少女は、先に進むことを躊躇うような仕草をしていたが、後ろからいきなり声をかけられた事に驚いたのか、飛び上がっていた。


「ネ、ネフェルカーラ! 違うよ! 狩りじゃなくて、一昨日狩りに出たヒルダ姉を探してる!」


 少女は、赤毛を毛糸の帽子で包み込んで、快活な印象だ。身長もネフェルカーラと変わらない。

 尻餅をついて雪を凹ませながら、ナタリーと呼ばれた少女は、褐色の瞳をネフェルカーラに向けて口を尖らせていた。


「ヒルダ? まさか、森で行方不明になったのか?」


 僅かに口元が歪みそうになるネフェルカーラは、未だに僻んでいる。しかし、流石にそのまま消えてしまえ! と思う程には腐っていない。村人は、なんだかんだで彼女の家族なのだから。


「そうなの。昨日も帰って来なかったし、私、心配で」


 不安そうなナタリーは、縋るような瞳を緑眼の美少女に向けた。

 なんでネフェルカーラは、口の両端が吊り上っているのだろう? と疑問に思ったが、口調は心配気で、頭も優しく撫でてくれたので、それは気にしない事にした。


「うむ……そういう事なら、私も共に探そう。こう寒くては、命に関わるかもしれんし、妖精エルフの仕業かもしれん」


 ◆◆


「たいくつ」


 針葉樹の枝に腰掛けながら、纏わりつく雪を払うアエリノールは、いつにもまして不機嫌だった。


「そう言われてものぅ~。そうじゃ、かくれんぼをやらんか?」


 金色に輝く幻界と、白一色の色彩の無い現界。

 アエリノールは先ほどから、交互に世界を移動して遊んでいる。けれど、どちらであっても、アエリノールには新鮮味のない森だった。


 足をぶらぶらと揺らすアエリノールに声をかけた者は、森を形成する「木」そのものともいえる木霊である。けれど、木霊に「かくれんぼ」などと言われても、「はい、そうですか」と遊べるものではない。大体、「木」がどうやって隠れるというのだ。

 アエリノールだって、その程度の事は気がつくのだ。だから、唇を尖らせて、ジットリした目を木霊に向けて、言い放ったのである。


「切り倒しちゃうよ?」

「おお、なんと恐ろしい事を!」


 木霊は、


「こんな子に育てたつもりはないのに」


 と、切実に思っていた。 

 優しくて、教養のある良い子に育てているつもりであった。

 

 アエリノールが生まれた時は、歓喜したものだ。

 通常の妖精エルフならば、妖精エルフからしか生まれ得ない。しかし、彼女はこの森が生んだ生命なのだ。

 即ち、この森が彼女であり、彼女こそが森の全て。妖精エルフの真祖たる上位妖精ハイエルフが彼女なのだから、それはもう、森を守る神を崇めるかの如く、木霊はアエリノールを大切に育てているのだった。


 なのに、彼女が生まれて間もなく百年。

 身長体重が人間の幼児並なのは仕方が無いとしよう。通常の妖精エルフと比べれば、彼女は信じられない程に長命なのだから、肉体の成長が遅々として進まないのは許容範囲内だ。

 しかし、この言動はどうだろう? 


「ワシか? ワシの育て方がおかしかったのか?」


 大森林でも長老各である木霊が、人化して頭を抱え込む。


「あひゃひゃひゃひゃ!」


 アエリノールはその姿をみて、木々を器用に飛び移りながら大笑いであった。


 しかし、アエリノールに悪気はまったくない。

 生まれながらに強く、敵する者とて居ない存在。そして、誰もが羨望の眼差しを向ける存在。それが彼女である。

 ある意味で、とても真っ直ぐに育っていただけなのだ。

 第一、いくら強くても、未だ身も心も幼児である。それが、人を育てた事の無い木霊には分からなかっただけの事。


 暫くアエリノールが木々を伝って移動していると、眼下に漆黒の服を着た、陰気くさくて目つきの悪い少女が現われた。もう一人の少女は、後について、怯えたように小さくなっている。


 森の入り口付近で、狩りでもするのかな?

 けれど、人は森へ干渉しないハズじゃなかったっけ?


 アエリノールは、未だ深々と降る雪をその身に受けつつ、この場が現界である事を忘れていた。

 だから、灰色をした麻の貫頭衣にあるポケットから、どんぐりを一つ取り出して、食べながら考える。


「はいじょ? はいじょかな?」


 木霊の長老に教えられた事は、森は森の民の聖域であり、人が闇雲に立ち入るべき場所では無いという事。ことに、幻界に立ち入った者は、即刻処断すべし。だが、現界ならば、生きる糧を得る為という限定付きで、ある程度は認めている、ということ。


「ああ、だから、けいこくかな? 妖精エルフがいるぞって、けいこくかな? あれ、でも、ここはどっち?」


 妖精エルフならば、弓を射て威嚇するらしい。けれど、今のアエリノールには弓がない。

 

 弓が無くても、矢が無くても投げられるもの……。


「どんぐりっ! でも、『けいこく』や『いかく』ってなんだろ?」


 もう一つポケットからどんぐりを取り出して、黒衣の人物に、魔力を込めて投げつけるアエリノール。

 けいこくってなんだろ? と思うくらいだから、アエリノールが相手の頭部を狙って、全力でどんぐりを撃ち出したのは言うまでも無い事である。

 無邪気な必殺のどんぐりは、ライフル銃もかくやという勢いで、螺旋すら描き、空を裂いて驀進した。


「いかくっ、いかくだよっ!」


 どんぐりは黒衣の人物、ネフェルカーラの側頭部に命中し、彼女はこめかみから血を流している。

 手の平で即頭部を押さえ、一瞬だけよろけた彼女は、ついで樹上で踊るアエリノールを見つけ、弓を構えて矢を番える。

 だが、彼女は僅かに目を細めると、弓を下ろし、小さく呪文を詠唱した。


――瞬間――


 アエリノールの身体は銀色に輝く鎖に縛られ、地上に落下した。

 そして、雪に埋もれるアエリノールを強かに蹴り上げる足は、やはり黒い長靴であり、今や緑眼の美少女が、幼いアエリノールを見下ろしている。


「い、いかくだよっ?」


 もがくアエリノールは、身体を蹴られても然程の痛みを感じない。それは、彼女が常に持つ防御結界故の事ではあるが、この際は、ネフェルカーラの怒りの炎に油を注ぐ役割しか果たさなかった。


「威嚇で人を殺す気か?」


 事実、アエリノールの飛ばしたどんぐりは、ネフェルカーラが相手でなければ頭蓋を貫通し、人を即死させていたであろう威力である。

 ネフェルカーラが無事であったのも、アエリノールと同じ防御結界の故ではあるが、痛いものは痛いのだ。それに、もしもナタリーに当たっていたらと思えば、不安にもなった。だから、怒りが収まる訳も無い。

 だが、相手が子供だと思えば、僅かに蹴る足の力が弱くなるが、これとて懲罰である。だから、止める事は無かった。


 蹴られながらネフェルカーラを見つめるアエリノールの碧眼は、大きく見開かれているものの、決して恐怖に歪んでいるという訳ではない。むしろ、興味の色が強かった。何しろ、アエリノールは始めて半透明ではない「人」というものに出会ったのだから。

 耳の形や髪の色こそ違っても、その姿かたちは自分と酷似している黒髪の少女。


 何より、なんてキレイな人なんだろう。

 そう、アエリノールは恍惚とした瞳をネフェルカーラに向けていた。


 一方で、潤んだアエリノールの碧眼に不気味な影を見出したネフェルカーラは、口の中で呟いている。


「なんだ、こいつ。気持ち悪いぞ」


 蹴られながらも、どんどんネフェルカーラを好きになってゆくアエリノールは、現代ならばドMと呼ばれるだろう。しかし、彼女達の世界にその価値観はなかった。

 ともかく、いてもたっても居られなくなったアエリノールは、魔力によって練りこまれた銀の鎖を容易く断ち切ると、立ち上がって自己紹介を始めた。


「わたし、アエリノール。この森の、ええと上位妖精ハイエルフだよ! あなたはここに、何をしにきたの?」


 ネフェルカーラは、自分の腰程しかない身長の幼女が上位要請ハイエルフだと名乗った事に驚き、ならば自身の作り上げた鎖を断ち切る魔力も頷ける、と納得もしていた。

 それに黄金の髪も、人のそれと比べれば、明らかに輝きが強い。瞳も澄んだ青色で、輪郭はふっくらしていても気品さえ感じさせるし、何より長く尖った耳は、間違いなく妖精エルフのものである。


 ならば、このモルタブの森の化身ではないか。

 そう思えば、例え幼児でも、無下には出来ないネフェルカーラである。出来るだけ礼節を守りつつ、用件を伝える必要があるのだ。


魅了チャーム


 しかし、その前に、例え上位妖精ハイエルフであっても幼女であっても、精神操作は忘れない緑眼の魔術師である。


(蹴られた事は忘れてもらい、どんぐりをぶつけた罪の意識だけ持っていてもらおうか)


 多少やり方がゲスなのは仕方がない。ネフェルカーラは身内以外に手段を選んでやるほど、お人よしではないのだ。なにより、そもそもが魔族なのだから、非道な事をしている方が口元も綻ぶ。

 それに彼女が真実、上位妖精ハイエルフならば、この森を生かすも殺すも思いのままのはず。機嫌を下手にそこねて、村人が森へ入って狩りをする事が出来なくなれば、それが一番困るのだから。


「うむ、私はネフェルカーラ。メンヒ村の魔術師だ。

 実は今、私の村では食料が不足していてな。森の主殿には申し訳ないが、狩りをさせてもらっておる」


「ん? ネフェルカーラ! 良い名前だね! 好きっ! ほえ~食べ物? 木の実なら、いっぱいあるよ!」


 間延びした声で、ネフェルカーラに見惚れる碧眼の幼女は、ポケットから大量のどんぐりを取り出した。

 これは、彼女にとって主食であり、武器であり、おやつである。つまり、とても大切なものだ。

 しかし今、彼女には決して惜しいものではなかった。何故ならば、目の前の、初めて会った美しい人と全力で仲良くなりたいのだから。


 それにしても、身体の力が抜ける。ネフェルカーラから視線を逸らす事が出来ない。あれ、わたし、なんで彼女にどんぐりをぶつけたんだろう? ああ、ごめんなさい。

 魅了チャームに掛かったアエリノールは、なんとそれでも、ネフェルカーラの精神支配は跳ね除けている。


「全部、あげるね!」


 そして、二つのポケットに詰めたどんぐりを八十個ほどネフェルカーラに手渡すと、アエリノールは自分のしでかした罪の重さに慄いて、再び樹上の人となり、現界から幻界へと転移してゆく。

 その目には涙を溜めて、黒髪の愛しい少女に、なにか、もっと良いモノをあげて許しを請わねばならない、と思っていた。


(だから、急いで獲りに行かなくちゃ!)


 何を獲りに行くかは決めていなくても、とにかく何かを獲りに行き、ネフェルカーラに献上するのだ! アエリノールは、そう固く決意をしたのである。

 対して、ネフェルカーラは唖然として、空いた口が塞がりそうもなかった。


「いや、欲しいものは、どんぐりではないのだが。それに話も、まだ……おいっ! なんなのだ、魅了チャームが効かんのか?」

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