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松明の灯り

 

 薄暗い森の中を全速力で走ってどのくらいの時間が経ったのだろうか、必死になっていた自分には分からなかった。


 既に息は上がっており、足は痛みを通り越して何も感じなくなっている。それに気づくと走るのをやめてその場で尻餅をつく。


 後ろからドラゴンが追いかけてないか心配になり、息を乱しながらも首だけ後方に向ける。そこには木々に草木がどこからか吹いてくる風でなびいている光景しか見えなかった。


 なんとかあのドラゴンから逃げ切れたようだ。そう思うと先ほどまでの危機感が薄まり、すっかり気が抜ける。本当に死ぬかと思った。


 尻餅をついた状態から仰向けの状態で身体を横にする。たくさんの汗を吸ったシャツが気持ち悪いが気にしないことにした。全力で走ったせいか身体全体に力が入らない。


 真上を向いて気がついたが、木々の枝の隙間から見える空は周辺と同様に薄暗くなっていた。もう少し経てばここら周辺が真っ暗になるだろう。


 この薄暗い森の中、真っ暗になったらむやみに行動なんてできないだろう。一気に不安が掻き立てる。


 不安に駆られながらも平然を保つために目をつむり、深呼吸を行う。


 ……なぜこんなことになったのだろうか。冷静になって少し考えてみるがどうしてこの状況に陥ったのか、まったく思い出せない。


 自分の名前、友人の名前、唯一の家族である母親の名前、携帯電話の番号、自宅の住所、学校の生活に私生活、まるで走馬灯のように頭の中で思い浮かぶ。なぜだろう、いつの間にか溢れるように流れていた涙が止まらない。


 こんな薄気味悪い森の中で自分は死ぬのではないのだろうか、と頭の中で不吉なことしか考えられなくなる。あのドラゴンがここまで来たらどうしよう。暗くなれば木々の合間を走るのも困難だ。


 その時、俺は逃げ切れなくてどうなうのだろうか。あの口から吐かれる炎で身を焼かれるのか。それともあの大きく並ぶ牙で噛み砕かれるかもしれない。

 

 ……怖い、死ぬのが怖い。

 

 まるで冬の寒さに耐えるかのように身体が震え、身体を抱えるような形で腕を組む。


 もう何も考えてくない。眠ればいいのだろうが眠っている間にまたあのドラゴンがここまで来る可能性を考えてしまい眠れない。


 神経が擦切る中、時間だけはゆっくりと流れるように経っていく。


――――――――


 どのくらいの時間が経ったのか、体力と同様に精神的にも疲労が見えている自分にはわからない。


 だが真っ暗になって周囲がまったく見えなくなっているだけは理解できる。草木が未だに吹き流れる風に揺られ音を奏でる。まるでお化けでも出てきそうな雰囲気だ。


 それと一分間隔で眠気が襲ってくる。目をつむればすぐにでも眠ってしまいそうだ。どんどん限界が近づいているのが身に染みるほど分かる。


 ああ、眠い。もういっそのこと寝てしまおうか。そんなことを思った時だった。


「――――ッ!」 


 あるものが見えて、俺は無意識のうちに息を止める。さっきまで襲ってきた眠気は一気に吹き飛び、身をこわばらせる。


 あるもの、それは炎だ。この場から十数メートルほど先でゆらゆら揺れている。まず最初にドラゴンのことが頭の中で思い浮かぶ。口から吐かれた火炎放射のような炎、あれに当たればどうなるだろうか。


 緊張感のある嫌な汗が全身から流れるように感じる。そんな状況でも暗闇に浮かぶ炎から目を離さない。離したらこちらに向かって炎を吹いてくるかもしれない。そう思っていたがそれは杞憂に終わった。


 目が暗闇に少し慣れてきたおかげか、空中を舞う炎の正体が分かってきた。


 木の棒の先に布らしきものがぐるぐると巻かれており、そこに炎が灯っていたのだ。それが松明だと理解するのに数十秒を要いた。


 俺は横たわっていた身体を瞬時に起き上がらせる。松明の光から人影が見えたからだ。


 そう人だ。人間が松明を持ってる。


「お、おーい!」


 足取りはふらついているが、松明を持つ人に声をかけながら小走りで近づく。すると松明をこちらに向けて立ち止まっていた。松明を持った人はこちらの存在に気付いたようだ。


 ああ、助かった。その時はそう思った。


 近づくにつれてだんだんと松明を持った人の姿があらわになる。相手は男性だった。顔はまるで般若のような顔つきで顎に黒く長い髭が生えており、ボロボロの茶色い布の服で身を纏っていた。そして手には一本のナイフが握られていた。 


 その顔がヤクザのような男から二、三メートル離れた所で足が自然と止まる。え、なにあれ、怖いんだけど。なんか手にナイフ握ってんだけど。


 混乱している俺とナイフを持った男は、ある程度距離を保ったまま硬直状態に入った。なんとも言えない緊張感が身体をこわばらせる。


 それから数分、なにも進展がない。まず会話がない。ナイフ男はこちらを仇を見るような視線を向けてくるので話しかけづらいのだ。だが痺れを切らした俺は勇気を出して会話を試みる。


「あ、あの――――」


 その時、また頭の中で警報が鳴った。鳴り響いた。


 ――――厳つい男が目の前まで近づき、タガーで腹を切り裂いてくる。


 タガー? 腹を切り裂く? そんなことを疑問に思いながらも身体は瞬時に動いていた。気がつけば屈伸するような恰好で身体を屈めて相手の攻撃をかわしていた。


「――――なっ」


 タガーを持った男は驚いていた。自分の今の攻撃をかわされたからだろうか、俺には分からなかった。いや、そんなこと気にしている場合ではない。屈めた状態から足を思いっきり踏ん張り、隙を突いた男の横を通り走り抜ける。


 確実に男はタガーで俺を襲いかかってきたのだ。額に嫌な汗がまた流れる。そろそろ脱水症状にでもなるのではなかろうか。まあ今はそんな心配をする時ではない。


 ――――殺される! また殺される!


 俺は暗闇の森の中、無意識に木々を避けながらも死ぬ気で走るのであった。


  

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