書き出された、一頁
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朝靄の中。
赤い甲冑に身を包んだ大軍と、白い甲冑に身を包んだ大軍が向かい合っている。
その中央に、馬に乗った少女と女が向かい合っている。
穏やかな雰囲気ではなく、殺伐とした雰囲気に空気が張り詰めている。
「上杉……」
風に靡く長い髪を、少し煩わしげに押さえる少女。赤い甲冑は少女に合うよう、少しだけ回りとは違い、薄い。しかし、その甲冑は決して粗雑なものではなく、淡い光を放ち、名工が打ったと判る代物だ。その手に持つは、鍛え抜かれた名刀のような軍配。そして、静かな雰囲気から滲み出る覇気。
虎視眈々。それが、少女の一部を表せる。
「武田の。今日こそ決着をつけよう」
ゆったりと、少女に向けて宣言する女。白い甲冑ではなく、淡い水色の羽織に、白い袴を履いた軽装だ。しかし、それを無謀とは言えない。その腰に提げているのは、刃の長い刀。その背中に提げているのは、長大な七支刀。纏う空気は羅刹の覇気。
これに正面から相対できるのは、同じく覇気を纏った人物だけだろう。
「言われるまでも、ありませんよ。上杉」
「そうだったな。まぁ、私が勝てば良い。殺生は……苦手だ」
「そうとも言っていられませんよ。私に勝てば、貴女は首を取らねばならないのですから」
「そう脅かさないでくれ。私は君を殺す気はない」
そう言って、少し目を伏せる女。
合わせるように目を伏せる少女。
そして。互いにゆっくりと軍配を、七支刀を……。
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「どうだい?生き返れるんだぜ?これ以上ないだろう?」
男は、未だに難色を示し続ける男にもう一度問う。
「いや、あそこで死ぬのが天命だったんだろう?」
「だーかーら。それじゃちと可哀想だろ、お前が」
「むぅ……」
一度唸り、男は目を閉じて、どうしてこうなったかを思い出す。
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確か、俺ぁあの時……そうだ。戦国番長の新作が出たってんで、G○Oに愛車でぶっこんだ。無事に買った俺は、目の前の交差点に居た幼女見ながら微笑んでいた。したら……あれだ。居眠り・飲酒運転のダンプが突っ込んできやがった。
「アブねぇ!」
つって、幼女を優しく押して俺だけダンプにボン。全身が弾けとんだ。それ以降の記憶は……このオッサンの勧誘だけだな。
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男はゆっくりと目を開け、もう一度目前の男を見る。上半身裸で、布製のニッカポッカのような袴。肌の色は赤。髪の毛は紫色で、三白眼の目付きは相手を威圧する。
--確か、クニノシギリノカミと名乗っていたなぁ。
「それで、俺に何をさせるってぇ?」
ゆったりと言葉を紡ぐ男。その言葉の一つ一つが、重い。意味があって重いのではなく、意味がなくても重い。正直、目の前の男が仮にも神でなければ、言葉だけで押し潰されているだろう。
「簡単な話だぜ?今から夢の異世界へと連れてってやる」
「異世界だぁ?どーでもいいなぁ。俺じゃなくても良いだろう?」
「お前じゃなきゃダメなんだよ。心優しい鬼じゃなきゃ……な」
「おいおい。俺ぁ鬼じゃねぇぞ?」
「いいや、鬼さ。言霊鬼……通称は言鬼。立派な、な」
クニノシギリは男に説明を始める。曰く、言霊鬼は言霊を具現させ、人々を災禍に巻き込むと。しかし、この男に宿っている言霊鬼は、力が有り、故に人になった……と。
--都合良すぎじゃねぇかぁ?
男は考える。一度死んだ身、如何様になろうとも構わない。しかし、男は何よりも自らの平穏を望んでいる。死んだのならば、ゆるりと眠りにつきたいと願う。目の前の男、クニノシギリノカミはただ黙して、男を見ている。
「……いいぜぇ。やってやるよ」
「そう言ってくれると思っていた。早速だが、跳んでもらおうか」
「ちょっと待て。俺の相棒を呼んでくれや」
「ああ、あれか?構わないぜ。んじゃまぁ……行ってこい」
そう言われ、男は目を閉じる。
静かに、静かに消えていく。
「誰かの為じゃない、お前の為に。もう一度、やり直せ」
口の端をつり上げて笑う、鬼が一人。残っていた。
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「お、御館様ぁ!」
一人の兵士が声をあげる。
緊迫に包まれたこの状況。なんとも情けない声が響いた。
「何事ですか?一体……」
軍配をゆっくり下ろし、兵士が指を指す方を見やる。そこには、この戦場に似合わない男が一人……奇妙な物に跨がって、辺りを見回していた。
「ここが、異世界ってかぁ?」
遠くない距離、と言えども大声に出さなければ届かない距離。しかし、男の声は聞こえた。大声を出したわけではないのに。
「……あの男を、捕らえなさい」
「お、御館様?」
「聞こえなかったのですか?あの男を捕らえなさい!」
「はっ、はっ!」
少女は胸に沸き立つ感情のまま、兵士に怒鳴る。
あの男は、危ない。
言い知れぬ何かを感じたのは、何も少女だけではない。
「あれは……良くないね」
端整な眉をひそめ、男を睨むように。
「謙信殿?」
「兼続。あの男を、捕らえてくれないか?」
「はっ!お任せを!」
兵士は女の言葉に従い、部隊を再編し出撃した。
そして。鬼が動き出す。
広く浅い川に、何千という兵士が集結し、一人の男を捕らえようと囲む。しかし。男はただ、ゆったりと乗り物に身体を預けている。辺りを一瞥し、男は乗り物についている取手を掴み、捻る。周囲を威嚇するように、大きく唸りをあげる。
--うし。今日も絶好調だなぁ、ハヤブサぁ。
男が口の端をつり上げると同時に、雄叫びが周囲を包む。一人、一人、とじりじりと男に近づいていく兵士達。恐怖に震える身体を叱咤し、主のために男を捕らえる。
一触即発。
ぴちょん……。
雫が、落ちる。
「イクゼェェ!」
ギャギャギャ、と。不快な音を響かせて、乗り物が回転する。水を撒き散らしながら、加速していく乗り物から、蒼白い炎が巻き起こる。
「ひっ……!」
誰が発したかは判らない。そのひきつった声で、怯えが広がっていく。だが、それは束の間。男達にも意地はある。青白い炎に、突っ込んでいく。
「イイねぇ……そうこなくちゃなぁあ!」
ハヤブサと名付けられた、バイクのイグゾーストが男達を包む。そんな中。一筋の光が、煙の中に差し込んでいく。その光は、一瞬の内に煙をはらし、消える。
「《白キ光》を放つことになるとは……」
愛の兜を被りては、白き鎧に身を包み、白き姫を守らんとす。風にのりては流れ詩。その男、直江 兼続と申すもの。
「ぺっ……。やってくれるなぁ~」
だが、この男には関係無い。向かう敵には、容赦はない。
そして。対峙し、互いに唾を飲む。
この男は……強い。
鬼は唸る。小さく、低く。とても……ではないが、苦戦することは必至。勝てはするだろう。そう、確信できる。しかし……。
兼続は唸る。小さく、弱く。苦戦、いや……負け戦だろう。ソレだけの力を、目前の男は持っている。しかし……。
「退けねぇんだろお?愛のぉ」
「無論だとも、鉄馬の」
鬼はその兜を、兼続はそのバイクを。互いの、誇りの証と見定めて。
「「行くぞっ!」」
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「ハ、ヤ、ブ、サアアアアァァァァァァ!!」
「雷よ!」
イグゾーストが、白い雷電が、戦場を弾け飛ばす。
離れた位置にいる男達は、互いに顔を見合わせ……息を飲む。
男達の理想が、そこにあった。
鉄の馬に跨がりて、白き焔を巻き起こし、敵をうちとり焼き尽くす。
愛の兜を被りては、白き稲妻携えて、敵をうちとり焼き尽くす。
男達はこの上無いほどに高揚している。
しかし、決して騒ぎはしない。その理想は、誇り高く気高く、何者も侵してはならない聖戦。
ああ、戦人なら……辿り着きたい……。
「強い!強いなぁ!愛のおおォォ!」
「ああ、強い、強いぞ!鉄馬のおおぉぉ!」
おおよそ、人では表しきれない光景。
とにかく、速い。目が追い付かず、戦いは、人の目にはぶれている。
それでも、それでも--。
少し離れたその場所に、紅き焔が煌めき出す。
「御館さまに伝えねばな……あの男は、"無害"であると」
煌めきを少し残して、紅は消える。
そして、激化する闘争。
「愛のぉ。こいつで、"終い"にしようや」
「そうさな、鉄馬の」
息を飲む、兼続。
鬼が、言葉を紡ぐ。
「"その胸にあり、その胸にあらんとするは武士の証"」
紡がれた言葉が、戦場を駆け抜ける。
「"我は武人。強者との戦いを望む者"」
一言一言、はっきりと。
「"故にこそ。今、この戦を終わらせ"」
終わりを、描いていく。
「"我、勝利を掲げん!"」
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