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第4話 4月11日 (月) 午後 後輩パート

 午後からは、担任の先生に引率されて学校内の施設を見てまわった。


 パソコン室のパソコンは新しかったし、図書室は大きくて立派だった。プールは大きな温水プールだった。建物の外の敷地内も、噴水とか池とかちょっとした中庭や木立みたいになっているところが沢山あって、わりとすてきだった。さすが私立は豪華だと思った。


 それから、大きな体育館に連れて行かれる。ここで部活動オリエンテーションというのがあるらしい。


 新入生が揃うと、先生のアナウンスがあって、演壇の裾手にある入り口から、上級生の先輩方が入ってくる。それから前で先輩方が順番に、部活動ごとの紹介やパフォーマンスをしていくのを体育座りで眺める。


 総合武道部という部活の紹介で、電車の中で楢崎しのぶ先輩と一緒にいた先輩方のうちの一人が空手か何かの道着姿で出てきた。ボブカットのきりっとした顔で長身の、名前は……忘れた。彼女は、結構分厚そうな木の板を、まるで格闘ゲームのようなハイキックで蹴とばして割っていた。すごかった。


 その次に、電車の中で会った先輩方のうちの、べつの一人がソフトボールのユニフォームを着て出てきた。ショートヘアのさっぱりした感じの人だ。こっちの人も名前は忘れた。ソフトボール部の部長らしき人が部活動紹介の原稿を読み上げるあいだ、その後ろで部員の人とキャッチボールをして見せていた。


 楢崎先輩は出てこないのかなーと思ってみていたけれど、出てこなかった。



 教室に戻ると、前の席の勝浦さんが話しかけてきた。


「ねえねえ、どの部活にするか決めた?」

「いや、まだ全然」

「慎重に決めたほうがいいよ~、だってさあ、この学校って中等部と高等部の部活を合同でやるんだって」

「合同って?」

「つまり普通の中学校だったら先輩は二年生と三年生だけだけど、ここはその上に高等部の先輩方がいるわけよ。つまり五学年分も上がいるってわけ。何か上下関係とかめっちゃキツそうじゃない?」

「うーん、そうかも?」

「わたしバレー部入りたいんだけどどうしよう?」

「どうしようと言われても……」


 勝浦さんはぶうぶう言っていけれど、私は高等部の先輩と言えば、楢崎しのぶ先輩の顔が浮かんだ。先輩ならとっても優しいし、私は運動が嫌いだから、しのぶ先輩の部活が文化部だったらそこに入ろうと決めた。



 帰りのホームルームが終わって、さあ帰ろうと下駄箱のところまで階段を下りたところで、雨が降っているのに気がついた。傘は持ってきていない。


 強行突破するには少し強い雨だった。それに制服や鞄や靴もまだ下ろしたてだ。どうせ何年も使うのだから、いずれは雨に降られる事だってあるとは思うけれど、たった三回目の下校で濡れてしまうのは嫌だった。


 迎えに来てくれるあてになる人はいない。ママがいないとはこういうことだと改めて思う。



 雨がやむかどうかは分からないけれど、とりあえずどこかで時間をつぶしてみるとして、さてどこにするか。構内の案内図を取り出して眺める。


 そうだ、この学校には大きな図書室があったんだと思い出して、図書室に向かう。



 案内図と校内を見てまわったときの記憶を頼りに図書室までたどり着く。


 扉をそっと開ける、と同時に紙と黴の匂いが混じりあったような心落ち着く匂いが漂ってくる。それを一息だけ吸い込んでから足を踏み入れた。雨のせいで空気が冷たくなって少しひんやりしている。


 図書室は、普通の教室を幾つ分もまとめたような、とても大きなフロアで、木製の書棚がたくさん並んでいる。所々にソファーが置いてあって、パーテーションの付いた学習用の机や、色々と広げられるような大きな机も並んでいた。人の姿はちらほらあったけれど、でも書棚と書棚の間に紛れ込めば独りになれそうなくらいだった。


 天気のせいで少し暗くなった外からは雨の音がして、本の背表紙が湿気でしっとりと手になじむのを感じながら、書棚の端から一冊ずつ物色する。


 天気がよくないわけだから、ひょっとしたら濡れて帰ることになるので、本を借りて帰るのは難しいし何時間も長居をする気もない、とすればすぐ読み終わる短編小説が軽めのエッセイか。星新一とか、O・ヘンリーとか、あるいは絵本でも眺めるか。


 絵本の置いてある棚を探すと『14ひきのねずみ』シリーズがあったので、今日は、なつかしの絵本にどっぷり浸ることにした。三冊だけとってソファーに座って鞄をおろす。


 すぐに読み終わるともったいないので、絵の隅から隅までじっくり眺める。


 このシリーズは一冊目の『14ひきのひっこし』が最高だと思う。ねずみの一家が大きな木のうろに新しい家をつくる話で、竹で作ったベッド、コップ、水道、貯蔵した食料とか、色々なものが描きこまれていて、絵本の中に広がる世界に、飛び込んだら入り込めそうな気がする。


 絵本というのはいっぱいあるけれど、こういうような絵本の世界に入り込みたいと思えるような絵本は案外と少ないと思う。



 顔を近づけてページの隅から隅までじっくりながめて、読み終わって、顔をあげる。


 窓から外を見ると、雨はまだ降っていて、全然やみそうもなくて、ずっとやまなかったら濡れて帰るのかな、とか思うと急に憂鬱になって泣きたくなってくる。


 これ以上は考えちゃだめだから新しい本を取ってこよう、と視線を戻したら、知ってる顔を見つけた。

 楢崎しのぶ先輩だった。楢崎先輩は図書室の奥まったところに置いてある大机に1人で座っている。


 楢崎先輩は、テーブルの上座の位置で、私の座っているソファーと向かい合うように座っていたから、私が先輩に気付いたのだし、先輩もこっちに気付いてくれないかなーと思って絵本を読むふりしてチラ見してみた。


 先輩は、ひどく難しい顔で、腕組みをして、何も置かれていない机の上を睨んで、何かを考え込んでいるような様子だった。


 そうすると、先輩がふと顔をあげて私と目が合った。


 気づいてほしくてそっちを見ていたくせに、いざ目が合うと焦ってしまって、でも先輩に気付かれた以上、知らないふりもできないから、内心慌てまくっていたら体が勝手に動いて無難に会釈をしていた。


 よかった、と胸を撫で下ろした瞬間、楢崎先輩がガタッと席を立って机を回ってこっちにずんずん近づいてきた。


 え、なに、え、まさか、ガンつけたとかいって怒られるとか、と一瞬焦ったけれど先輩の顔を見ると、とびきりの笑顔で、私がそれで安心するまもなく、先輩は私の前までくると、とりあえず挨拶しようとしてソファーから立ち上がろうとした私の肩をガシッと両手で掴んで言った。


「ああ、ユキちゃん、会えて良かったわ。わたしユキちゃんに会えてとっても嬉しいのよ。ああ、課題は3分の1達成だわ。ねえ、ユキちゃん、今ヒマ? ヒマだったらおねーさんとお茶してお菓子食べましょう!」


 先輩が唐突に言ったので、内容がよくは分からなかったけど、先輩が嬉しそうな顔で「お茶してお菓子」と言ったのは聞き取れた。


 憂鬱になりかかっていた私にはその言葉がひどく楽しそうに聞こえて、曇り空に陽がさしたような救われたような気分になって、私は物も言えずに頷いたのだった。



「やった! じゃあ隣の図書準備室に行きましょう!」


 先輩は私が頷くと、すごく嬉しそうにそう言った。


 泣きそうになっていたのを助けてもらったのはこっちの方なのに、こんな優しい人もいるんだと思った。

 先輩は私の体を隣の部屋へ続くらしき扉の方へ向けると、後ろから抱きついてきた。


 背中に感じる先輩は、とても暖かくて柔らかかった。





「1名様ごあんなーい」


扉を開けながら先輩がそう言うと


「はいよろこんでー」

と答えが返ってきた。なんだかどこかの居酒屋で聞いたことのある受け答えのような気がした。


 ママが死んでから、父と私はその辺の居酒屋に行って晩御飯を済ませてしまうことも多いから聞いたことがある。


 部屋のなかは、南側の窓際にはスチール製の机があって、北側が廊下に面した引き戸になっていて、東側に図書室へ続く扉があった。部屋の壁一面にはスチールの本棚が据えられていて、北側の引き戸も半分は埋まっていた。床にも本や雑誌が重なってあちこちで山になっていたけれど、部屋の中央には空間があって、そこに据えつけられている応接セットのソファーに、眼鏡でポニーテールの女の人が座っていた。


 その人は飲みかけの紅茶をソファーの前のローテーブルに置くと、眼鏡を中指でくいっと押し上げながら立ち上がった。その人は芝居がかった様子で両手を大きく広げると、


「図書文芸部へようこそ! わたしが部長の築島美名子です」

とそう言った。



「まー、まー座って座って」


 楢崎先輩はそう言って私をソファーに座らせると、紅茶のカップを戸棚から取り出して、電気ポットのお湯で温めてからお湯を捨てて、今度は紅茶のポットに掛けてあった保温カバーを外して、カップに紅茶を注いで私にくれた。

 紅茶は透き通るような金色に光っていて、ひとくち飲むと、ほのかに甘くて、とても穏やかな味がした。肩の力が抜けるような感じがして、おいしいですと楢崎先輩に言うと先輩は、

「うん、今日のダージリンはうまく淹れられたよねー」といってにっこりしてくれた。


「出ていって15分で見学者を1人捕まえてくるとはなかなかやるわね」

 築島さんという部長さんがそう言うと、


「いやー、まあこれもワタクシの人徳でしょうかねー、はっはっは」


「いやいやいや、何をいってるのかしら、この娘は」


 部長さんとしのぶ先輩がノリツッコミをしているけれど、しのぶ先輩の人徳というのは冗談ではなくて本当のことだと思った。優しい人なのは間違いないと思う。


「ま、でもまだあと2人分ノルマはあるからね」


「えー、このへんで勘弁してやろうとか言ってみましょうよぉ」


「まだまだ、人徳があるらしいチミはやればできる子だと思ってるわ」


「ムリムリムリ、もう無理ですって」


「まあ、高校んときに部活の先輩にイジメられて大変だったなあっていうのも、5年くらい経ったら良い思い出になってるわよ」


「イジメてるって自覚してんじゃないですか。うーわ、今度から部長の事、サド島部長って呼ぼうっと」


「いやいや、これも愛ゆえによ」


「えー……」


「つまりよ。過ぎ去ってから感じる幸福っていうのもあるのよ。しのぶちゃん、小学校のころとかを思い出して、あのころは楽しかったなー、とか思うことない?」


「……うーん、まあ、ありますよ。なんかとても美しい思い出みたいになってて」


「そうそう、それそれ、でもその思い出の当時だって、嫌なこととか悩んでたこととかはあったはずなのよねー、今日は学校行くのめんどくさいなとか、お友達のだれかと気まずくなって悩んでたとか、苦手な先生が担任になったとか、何かやらかして先生にガミガミ怒られて泣いちゃったとか。でもそういう嫌なことは、喉もと過ぎれば、だんだん記憶から薄れてぼんやりしてくるからね。結果的に楽しい思い出だけ残ってなんか漠然と美しい記憶になるわけよ」



 部長さんの言うことが本当なら、私の憂鬱な毎日も、そのうちきれいな思い出になるんだろうか。でも何年もこのまま思い出になるまで待つなんてつらすぎると思う。



「うーん、まあそう、なのかな?」


「ということはよ。とにかくがんばって、イベントをこなして思い出の量を増やしておけば、そのなかの楽しい記憶だけ残るので後から幸福な気分になれる。つまり、わたしはしのぶちゃんを幸福な人間にするために、心を鬼にしてしのぶちゃんにイベントを与えているわけですよ。どーよ、この完璧な論理展開」


「……そうですか。じゃあ部長も一緒にやりましょう」


「いやよそんなの。こーいうのは後輩にやらせて自分は高みの見物をするのが、楽しいんじゃないの」


「えー……、ナニその発言。もうバックれようかなー」


「まあ、アレよ。しのぶちゃんが14歳くらいのときに書いたポエムのテキストデーターをわたしは握っているとだけ言っておきましょうか」


「いやいやいやいや、そういうの無しですって! もうホント無理ですって!」


「ほほほ、いやあ、愉しいわねえ」


「酷い! サド島部長酷い! ねえユキちゃん。部長がいじめる~!」


 急にしのぶ先輩が私の方に抱きつきながら言った。私は「はあ」とでも言うしかないけれど、とりあえず頭を撫でてあげた。


「くそう、こんど部長の家に忍び込んで、パソコンとかかっぱらって何か対抗できるネタを探してやる!」


「ほほほ、無駄よ無駄。わたしのパソコンには見られて困るようなデーターは無いわ。いつ死んでもいいようにハードディスクの中を清潔に保つのは現代人のエチケットよ!」


「ぐぬぬ……」



「あの、ノルマって何ですか?」

 見学者がどうとか言っていたから、多分、部活動の勧誘の話だろうなとは思ったけれど聞いてみた。あと2人とか言っていたけれど、それくらいなら勝浦さんと、あと誰かに声をかければ引っ張ってこれると思う。


「協力してくれるの!? あのね、あのね、このサド島部長がね、見学者を2人連れて来いって言うのよう。それか入部希望者を1人!」


「あ、じゃあ私が入ります」


 考える間もなく、するっと口から言葉が出ていた。


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