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第3話 4月11日 (月) 午後 先輩パート

 弁当を食べすぎたので、午後からはかなり眠かったけれど、ノートを取りながら放課後まで耐えて、それから図書準備室に向かった。


 わたしは図書文芸部という部活をやっていて、図書室のとなりにある、図書準備室が部室になっているからだ。



 部活の活動内容は、図書室の受付業務に、掃除とか本の整理とか図書室の維持管理に、あと読書と、年に一度文化祭に提出する用の雑誌を作ることだ。それと最近は『小説家になろっかなー』というネット小説の投稿サイトに小説を投稿して、獲得評価ポイント勝負とかいうのもやっている。このポイント勝負が結構燃えておもしろい。



 図書準備室に入って、備え付けてある電気ポットとティーバッグで紅茶を入れて、通学鞄に仕込んであるお菓子から適当なのをチョイスして、読みかけの文庫を手に、準備室備え付けのソファーにどっかりと身を沈め、さあ読もうというところで、扉が開いて、見るとそこには部長がいた。


 部長は準備室の中をきょろきょろと眺めまわして、わたしの姿を認めると『すさささささ』という擬音が似合うような、節足動物を思わせる、どこか気持ち悪い動きで、ポニテールを靡かせながら、わたしの座っているソファーの背凭れ側に回り込み、わたしの肩に手を置いて強く握った。


「ふへ? な、なんでしょう」


 まあ部長がヘンなのはいつものことであるから、あまり驚くことはなかったけれど、今日は何を言いだすのだろうと、若干警戒しながら上を向いて、わたしが聞くと、部長はセルフレームの眼鏡を理知的に、かつ怪しく光らせながら言った。


「しのぶちゃん、あなたは今何をしているのかしら?」


「……いつものように読書ですが」


「ええ、そうね。図書文芸部員であるあなたが部活動の時間に、文芸研究のための読書をしている。まったくもって適正で適切な行動だわ」


「はあ」


「でもね、しのぶちゃん。いつもは適切である行動が、いつでも適切であるとはかぎらないのよ」


「はあ」


「貴女は今がどういう時期だかわかっているの?」


「……と言いますと?」


「わからないの? ああッ、嘆かわしい、実に嘆かわしいわ! 今日の昼過ぎからとっても重要な行事があったでしょう?」


 部長は天を(といっても室内だから天井だが)仰いで慨嘆した。


「今日の午後は普通に授業を受けてただけですが?」


「そりゃ、貴女はそうかもしれないわ。でも部長たる私は違うし、中等部の新一年生も違っていたわ」


 部長、と中等部の新一年生、……部長、っていうのはつまり単なる呼び名じゃなくて部活の部長だから、つまり部活関連で、


「ああ、新入生の部活のオリエンテーションですか?」


「ええ、やっと分かったのね。だったらこんなところでいつものようにやってる場合じゃないって分かるでしょう?」


「……いえ、あんまり」


「何を言っているの!? 部活関連の年度初めのイベントといえば新入生勧誘に決まっているじゃない!」


「そうなんですか?」


「ええ、そうなのよ。そうに決まっているのよ」


「うーん……でもまあ、うちの部は、本格的に活動しなくても、放課後に読書するだけでも可のユルい部ですから、帰宅部っていうのも内申書的に聞こえが悪いっていう人たちの受け皿になってますし、そんなに心配しなくても部員は集まるんじゃないですかねえ?」


「そういう問題じゃないの! 部員が集まるとか集まらないとかそんなことが問題なのでは無いわ! ……そう、そうね、あなたはいま何歳?」


「こないだ16歳になりました」


「そう、私は17歳だわ。前に読んだ小説だったか、漫画だったか、映画だったか、あるいは歌の題名か歌詞だったか忘れたけれど、そのなかに『17歳の夏』という表現があったのね」


「はあ」


「その『17歳の夏』という表現はその若い青春の二度と戻らない時の流れの貴重さと儚さと輝かしさを、簡潔にかつ限りない情感を込めて表す表現だと思うのよ」


「はあ……」


「つまり時の流れは、常に流れ続けていて、ということはそれを安易に過ごすべきではないということがその言葉から見えてくることだと思うのよ。


 イベントはこなし、フラグは立てて回収する。これが過ぎ去る故に貴重である時、或いは青春というものに対する敬意の表し方だと思うわ。

 勿論ね、本ばかり読んで時間を徒に過ぎ去らせ、そこから香ばしくも痛ましい発酵した何物かを取り出すというような上級者向けのプレイもあるわ。例えば森見登実彦大先生の描く小説の主人公の様な生き方ね。でもそれは一般人には危険な道よ。一部の者しか成功しないやりかたよ。ねえ、しのぶちゃん、あなた自分を一般人だと思う?」


「……まあ、そうだと思いますよ」


「ええ、そうね。私も同じくそうだわ。だから私達は安全な道を選ばなくちゃならないの。吼えろペンの炎尾先生も言っていたわ。困難な道は選んでよいけれど、危険な道は選んじゃいけないって。この場合の安全な道っていうのは、イベントは積極的に勤勉にこなして楽しみまくり青春を充実させる。つまりリア充路線なのよ。どこぞの宇宙人と未来人と超能力者が所属している団の団長のように積極的にガンガンいくのが理想ね」


 部長はそこで一旦言葉を切って、セルフレームの眼鏡を中指で押し上げ、そして言った。


「……いいわ目標を設定しましょう。新入部員を1人、それが難しければ見学者を3人ほど連れてきなさい。部長命令よ!」





 部長の言うことは非常に唐突かつ難解で理解しにくく思えることもあるけれど、要するに「せっかくだから」新入生勧誘というイベントを体験してこいということのようだった。


 新入部員を1人、それが無理ならせめて見学者なりを3人連れてこいとのお達しだけれど、見学といったって、図書室の受付業務や読書してる姿を見学させてもしょうがないし、図書文芸部の部誌を新入生に見せるということはすなわち、今となってしまえば見るも痛々しい黒歴史と化してしまった作品をいたいけな新入生にひけらかすのと同義であるからまったく気が乗らない。


 どうして絵とか文章というものは、それを創作したときにはそれなりのものに思えたのに、時間が経って見返すと、死ぬほど痛々しい何物かに変化しているのだろうか。匿名のネット投稿サイトとか、同じく相手の痛々しさも知っている仲間内ならともかく、そのブツをまったくの他人である新入生に、ネットと違って普通にリアルで顔を合わせる新入生勧誘なんかで見せられるわけもない。


 まあ、それはともかく、まだ新入生と接点なんてないし、どうやって勧誘すればいいんだか。


 ……とりあえず、今日の部長と一緒にいると何を言いだされるかわからないと思ったので、部長には紅茶とお菓子をあてがっておいて、図書準備室を抜け出した。





 人のまばらな図書室の大机に座り込んで考えてみたけれど、つまり初対面の1年生を勧誘するのが気後れするわけだ。


 女子高で初対面の1年生にかける言葉っていえばやっぱアレか。『タイが曲がっていてよ』か。


 うちの学校の中等部の制服にもリボンタイがあるから、セリフとして成立しないことはないけど、あのセリフを現実に使用するのは、一般人にはちょっと難易度が高い気がする。


 うちの学校は私立の女子高でこそあるものの、そんなにお嬢様学校というほどでもないし『タイが曲がっていてよ』とか現実に言っちゃったりして『はぁ? なんですか?』とか聞き返されたりでもしたら、ちょっと痛すぎる。眠れない夜なんかに、何の脈絡もなく突然思い出したりして、ベッドの中で悶える黒歴史になってしまう。


 ということで『タイが曲がっていてよ』作戦は没にすることにして、つまり、要するに初対面の相手に声をかけるといえばナンパのようなものか。


『ねえねえ、今ヒマ? ヒマだったらさ、ちょっとお茶していかない?いやホントお茶だけでもいいからさ、もちろん良かったらカラオケとか付き合ってくれたら嬉しいんだけど、ね? おごるからさ』


というのはまあ、わたしが以前に街で見知らぬチャラ男から受けたナンパの言葉である。


 わたしが断ると彼は『何もしないからさ』とさらに勧誘してきた。『何もしない』と言いつつも彼の視線はわたしの顔とおっぱいの間を激しく行き来していたので、その言葉にあんまり信憑性はなかった。わたしはそのチャラ男に、一抹の悲しさと憐れみと虚しさを覚えた。


 まあそれはいいとして、この会話例を借用して、


『ねえねえ、今ヒマ? ヒマだったらさ、ちょっと図書準備室でお茶していかない?いやホントお茶だけでもいいからさ、お菓子もあるし。もちろん良かったらそのあと部活動見学とか付き合ってくれたら嬉しいんだけど、ね?』


とかこんなところだろうか? そもそもあのようなチャラ男から会話例を借用するのが適切なのかどうか分かりかねるが、まあいいだろう。というか『タイが曲がっていてよ』作戦よりはマシだろう。



 そう決めて決然と顔を上げると、机の向こうに見知った顔があった。

 弁当を一緒に分けて食べた子だ。ユキちゃんだった。


 見学者1人ゲットオォォ! と心の中で雄叫びをあげた。新入生と接点なんてねーや、と思ったけど、よく考えればユキちゃんとは同じ弁当を分けあった仲なのだった。


 席を立ち、大机をまわりこんで、猫が鼠を抑え込むようにして彼女の肩に手をかける。


「ああ、ユキちゃん、会えて良かったわ。わたしユキちゃんに会えてとっても嬉しいのよ。ああ、課題は3分の1達成だわ。ねえ、ユキちゃん、今ヒマ? ヒマだったらおねーさんとお茶してお菓子食べましょう!」


 ユキちゃんは怪訝な顔をしつつも、こっくりと頷いてくれた。


「やった! じゃあ隣の図書準備室に行きましょう!」


 そう言いながら、ユキちゃんの体を図書準備室の扉の方へ向けてから、逃げられないように後ろからしっかりとホールドして誘導していった。



 見学者1人、ゲットだぜ!


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