僕は桜の木
「僕は桜の木。春になるとピンク色を身に纏う。僕は桜の木。」
季節はずれの雪が舞う3月のある日、僕と君が出会った日。
君は急に僕の前に現れて、古ぼけたカメラのレンズを僕に向けた。そして、何度も何度もシャッターをきってたね。君の頬は、春の僕とおんなじピンク色をしていたよ。
その日からほとんど毎日、君はカメラを持って僕に会いに来てくれた。そして僕に色んな話をしてくれたね。飼っている猫に赤ちゃんが生まれたこと、大好きな彼と旅行に行ったこと、おいしいケーキ屋さんを見つけたこと。
幸せそうに話す君の頬は、やっぱりピンク色をしていたよ。
4月になって、僕が綺麗なピンク色を身に纏った頃、僕の周りはたくさんの人で溢れかえった。僕は大好きな君のために特等席を用意したかったのに、僕にはそれが出来なかったんだ。ごめんね。
でも君はそんな不甲斐ない僕をやさしく撫でながら、「君は人気者だね。君は私の自慢だよ。」そう言ってくれた。僕はとっても誇らしくてくすぐったい気持ちになったよ。
君はとても綺麗で優しくって、いつも笑っていて。「君こそ僕の自慢だよ。君が大好きだよ。」君にそう伝えたかったけど、僕にはそれが出来なかったんだ。ごめんね。
僕がピンク色を脱いだ頃、綺麗な色のスカートをはいてカメラを持たずにやって来た君の隣には、僕の知らない男の人。とても優しそうな男の人。僕の下で2人は寄り添って、「来年の今日、結婚しよう。」そう約束していたね。
彼の肩にもたれて、幸せそうな顔をしている君の頬はやっぱりピンク色をしていたよ。いつもよりも濃くて綺麗なピンク色。
春が終わって、夏が来ても、君と僕はなにも変わらない。君はとても綺麗で優しくって、いつも笑っていて。僕はそんな君が大好きで。
でもね。夏が終わって、風が少し冷たくなった頃、君は涙を流しながら僕のところにやって来た。
「彼とお別れしたんだ。君はいつでも私の味方でいてくれる?」震えながらそう言う君の頬はやっぱりピンク色をしていたよ。
「僕はいつでも君の味方だよ。」君にそう伝えて、震える君を包み込みたかったけど、僕にはやっぱりそれが出来なかったんだ。ごめんね。
その日からも君は変わらずに、カメラを持って僕のところに来てくれたけど、君の大きな目が真っ赤に腫れていることに僕は気付いていたよ。
僕が綺麗なピンク色を身に纏えば、君が少しは元気になるような気がして、僕はがんばったけど、今の僕にはそれが出来なかったんだ。ごめんね。
それからもっともっと風が冷たくなった頃、満月が綺麗に輝く真夜中に、君は僕のところへやって来た。涙を流しながら、やさしく僕を撫でる君の頬はやっぱりピンク色をしていたよ。
そして君は僕に丈夫そうな紐をかけて、ゆっくりと目を閉じて、僕にぶら下がったんだ。
「ごめんね。」小さくそうつぶやいて、君は動かなくなった。
僕の傍で、冷たい風に吹かれてゆっくりと揺れる君の頬は、ピンク色をしていなかったよ。僕はそれがとても悲しかったんだ。
朝が来て、僕の周りは春のように人が溢れかえっていた。そして見たこともない誰かが君を連れて行ったんだ。
その日から、君は僕に会いに来てくれなくなった。4月になって、僕が綺麗なピンク色を身に纏っても、やっぱり君は来てくれなかった。誰よりも君に見て欲しかったのに。
僕は大切な言葉を君に伝えることが出来なかったし、君を包み込むことも出来なかったけど、でもこれだけはどうかどうか君に伝わりますように……。
「ねぇ。君は知ってる?僕がピンク色を脱いだ今日、とても優しそうなあの男の人が、綺麗にラッピングされた小さな箱を持って、僕の下で君を待っていることを、君は知ってる?」
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
感想等、書いて頂けるとうれしいです。