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猫とお伽  作者: 絵の具箱
3/5

3.出会い



二匹と一人の出会い




「伽夜さんは突然僕たちの前に現れたんです。」

「突然?」

「はい。」


笑って夏樹君は話し続ける。



僕とオトがいつものように日向でごろごろと横になっていると

玄関に、小さなバックを一つもった女の人が立っていました。

ひらひらしたきれいなワンピースを着た、凛とした女の人。


ずっとこちらを眺めているので

僕は新しい住人だろうか、また追いだされるのではないか、と

不安になりました。せっかく良い新居を見つけたのに、と。


でも、オトは気にも留めていませんでした。

というより、気付いていなかったのです。

毛づくろいをしてあくびなんかをして、そんな風にオトは昔からおっとりしているところがありましたから

僕は「あぁ、またか」と思ったのですけれどね。




くすっと夏樹君が笑う。




それで、僕はオトに言ったんですよ。


「オト、ほら、見てごらん。人間が来たよ。隠れないと。」

「え?あら、本当ね。」

「僕たち、また家を探さなければいけないかもしれないね。どうしようか。」

「うーん。そうね…。」


オトはしばらく女の人を見つめてから

あろうことかその見ず知らずの人間に近づいて行きました。


「オっオト!!」


オトは僕の声にちっとも反応してはくれなくて。


「こっちに戻って!」


そう言ってもオトは歩みをとめず、女の人の足元まで行って止まり、女の人を見上げました。

僕は慌てて玄関近くの塀に登っていざという時の為に備えました。

女の人はしばらくオトに気がつきませんでしたが、オトがふわりと寄りそうことで初めて自分の足元にいる

真っ黒な塊に気がついたようでした。


「猫、さん?」


女の人は屈んでオトを見つめます。

オトは自ら頭を女の人にこすりつけました。

僕は驚きました。なぜって、オトは人間に触られるのが好きではなかったからです。

小さな子供にも、餌をくれる気の優しいおばさんにも、誰にも

オトは進んで自分を触らせようとはしませんでした。

そんなオトが自ら頭を人間に差し出すなんて、と僕は目を見張りました。


女の人は、そっとオトの頭に掌を乗せました。

撫でるわけでもなく、ただ、本当に乗せただけといった感じで。




「にゃー(...寂しいの?)。」




もちろん、猫の言葉が人にわかるわけはありません。

オトはそれでも鳴きました。

女の人は少し微笑んで(だけど僕にはその笑みがとても悲しそうに見えたのですよ)

何も答えずオトの頭を撫で始めました。

何度も何度も、優しく優しく。

そうして撫でるうちに彼女の目から涙がこぼれていることに僕は気がつきました。

オトも気がついていたでしょう。その涙はオトの頭の上に零れていたのですから。



「かっ..ず、なん...でっ...っく、っく。」


女の人は何か言っているようでしたが、泣いていましたし、よくわかりませんでした。

それから、しばらく経って女の人は涙をふき、「ごめんね。」とぽつり、オトにそう言うと

立ち上がって空き家もとい私たちの家に入っていきました。


すぐにオトがその後を追っていくので僕も慌てて追いかけました。



「オト!待ってってば!」


そこでようやくオトが僕の方に目をむけてくれたのです。


「ねぇ、ナツ。」

「何?」

「もし、私がいなくなったらナツは寂しい?」

「えっ。」

「寂しい?」

「それは、もちろん寂しいに決まってるじゃないか。というより、オトがいないなんてことは想像できないよ。」

「...ありがとう。そうよね、私もナツがいなくなるなんて考えられない。」

「さっきから、あの人間にかまって、どうしたっていうの?」

「ナツ、私、なんとなくわかったの。あの人ね、寂しいの。多分。」

「さびし、い?」

「そう、私でいうナツがいなくなってしまったような、そういう寂しさ。大切な存在を失った寂しさ。」

「そうなん、だ。でも、なぜオトが構う必要があるんだい?見ず知らずの、しかも人間に。」

「わからないわ。だけれど、今は誰かが傍にいてあげないといけないと思うの。」


そこまで言うと、オトはまた女の人を追いかけ始めました。

オトは迷うことなく進んでいきます。

空き家は手入れもされていなかったので、埃がすごく

女の人が歩いたところには足跡ができており

どこへ向かえば女の人の元に辿り着けるのかは容易にわかったからです。



女の人は一階のちょうど縁側と通じる部屋に立っていました。

そこからはちょうど桜の木が見え、その縁側は僕たちのお気に入りの場所でもありました。


女の人は縁側まで歩いたところで座りこみました。

ワンピースの裾をひらひらとさせながら。

そして庭の桜を見つめていました、ただ、ずっと。



オトは女の人から30cm程離れたところに座り、話しかけました。


「にゃーにゃー(私、傍にいるから。)」


女の人はオトに気がつき


「ここまで来てくれたの?猫さん。」


そこまで言うと、オトの少し後ろにいた僕にも気がついて


「あら。白い猫さん。あなたのお友達なの?」


そうオトに尋ねました。


「にゃー(そうよ。)」


オトは一鳴きします。

どうやらこの人間は危なくないようだ、と僕も思ったので

オトの隣に行き


「にゃーにゃー(僕も、傍にいます。)」


そう言いました。

もちろん、女の人にはわからないだろうと、思いましたが。


「ふふ。不思議ね。一人ぽっちになったと思っていたのに、もう一人ぽっちではなくなってしまった。

これも、一音からのプレゼントなのかな。」


また、泣きそうな顔で女の人は僕たちに笑いかけました。





「...一音」


なぜ。なぜ。一音がいるの。

私はここまで聞いてその一言に動揺していた。

だって、一音のことは夏樹君が知るはずのない名前だから。


「これが伽夜さんと僕たちとの出会いです。」


そう言うと、夏樹君は伸びをして、一休みしますか、と提案してきた。

のんびりした夏樹君の隣でしかし、私は、私の心はどうしようもないほどに乱れ混乱してしまっていた。

夏樹君にしがみつき尋ねる。


「なんで...。」

「えっ。」


手に力が入ってしまう。夏樹君のシャツにたくさんのしわがはいる。


「なんで、夏樹君が一音のことを知っているの!?」


自分でも驚くほど大きな声が出た。

夏樹君も少し驚いたようで


「落ち着いてください、伽夜さん。落ち着いて。」


呼吸が乱れている私の背中を優しく夏樹君はさすってくれた。

私は相変わらず、夏樹君にしがみついたままで

なぜだか、今この手を離したら自分自身が壊れてしまいそうな気がして

夏樹君のシャツにできたしわばかり見つめていた。



「すみません。伽夜さんにとって一音さんの存在はそういうものだったのですよね。今も昔も。」

「だって、一音は、一音は...。」

「はい。わかっています。わかっていますよ。」


夏樹君は背中をさすっていない方の手を、しがみついている私の手にかぶせて



「少し落ち着いたら続きをお話しますから、今は一息つきませんか。」


そういってかぶせた手で私の手を離すと、夏樹君は私をそのまま抱きしめた。

温かい手は相変わらず私の背中をさすっている。

男の人に抱きしめられるなんて久しぶりで、というかあるまじき状況だというのに

私は抵抗すらできず、ただただ夏樹君の胸に顔をうずめていた。


なぜだろう、嫌な感じがしない。

そして、下心ではない、ということがなぜだかわかるのだ。

男と女ではなく、人間と人間が触れあった感じ。

そうだ、これはオトが私にすり寄ってきてくれる時のような、そんな感じだ。





「一音」





これは今でも私のタブーなのだ。

夏樹君の腕の中で泣くもんか、と強がってみせたのに

夏樹君は


「泣いても良いんですよ。」


なんて言ってくるから

私は目に浮かんでいたそれを瞼をとじて落とした。


認めたわけじゃない、夏樹君のせいだ、私のせいじゃない。


そう心の中で呟いて。

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