第18話
部屋へ戻ってから、どれくらい時間が経ったのか。
窓の外はまだ明るい。
けれど昼間ほど鋭かった光は少し落ち着き始めていて、窓際へ掛けられた薄布が、風に合わせてゆっくり揺れている。その隙間から入り込む空気も、昼に外を歩いていた時よりずっと穏やかだった。
私は椅子へ座ったまま、水の入った杯を指先で軽く回す。
ぬるくなりきっていない。
冷えている訳ではないのに、外から戻ってきた時より温度の変化が遅い気がした。
石の杯だからだろうか。
それとも、この部屋自体が熱を溜め込みにくいのか。
考えながらもう一口だけ水を飲み、私は小さく息を吐いた。
部屋の空気は相変わらず過ごしやすい。
窓布のおかげなのか、石造りだからなのか、それとも風の通り方が良いのか。
理由は分からない。
でも、今日一日この国を見て回って、少しだけ分かったこともある。
洗濯場の硬い布。
水場で水袋を抱えていた子供。
昼になると静まり返る城下。
暑さを避けるための布や日陰。
この国の暮らしは、全部が暑さと水不足を前提に出来ていた。
それでも、少しずつ余裕が無くなっている。
水も。
人も。
多分、国そのものも。
私は窓際へ視線を向けると布が揺れていた。
その動きを見ていると、昨日の夜を自然と思い出した。
髪が乾いた時の風。
浴室の熱が抜けていった感覚。
冷えた空気。
暖かくなった空気。
全部、“過ごしやすい状態”へ変わっていた。
温度だけじゃない。
風も、湿度も。
空気そのものが変わっていた気がする。
私は無意識に、自分の指先を見る。
もちろん何か変わっている訳じゃない。
光っている訳でもないし、特別な力が見える訳でもない。
でも、多分あれは自分が起こしている。
本当に何なんだろう。
異世界召喚されたと思ったら、今度は空気まで変わり始めるなんて。
自分で考えていても現実感が薄い。
それでも、最初に感じていた恐怖は少しだけ薄れていた。
今のところ、危険なことは起きていない。
……多分。
疲れている時ほど、身体が勝手に楽な方へ向いている気がする。
だからこそ、余計に分からない。
何が出来て、何が出来ないのか。
どこまで自分の意思で動いているのか。
考えても答えは出ないまま、私は椅子へ深く背中を預けた。
昼の王宮は静かだった。
外から聞こえる音も少なく、時折響く足音と風の音だけが、ゆっくり時間を流している。
その静けさの中でぼんやり考え事を続けているうちに、いつの間にか窓の外の光は赤みを帯び始めていた。
こんこん、と扉が鳴る。
「春乃様。そろそろ夕食のお時間です」
リゼの声だった。
私ははっとして顔を上げる。
思ったより長く考え込んでいたらしい。
「……今行きます」
まだ上手く整理は出来ていない。
それでも答えの出ないまま、私は扉へ向かった。




