☆死を告げるカラスと骨の魔術師
その依頼書を渡されたとき、アレックスは一瞬だけ言葉を失った。
Eランク昇格試験。
内容は単純だった。
――アルビノ個体のダスククロウの捕獲。
だが、その単純さの裏にある意味を、今のアレックスは理解していた。
これはただの討伐ではない。
「一人でやれるか」を見られている。
「場所は廃村だ。単独で行け」
ギルド職員の声は淡々としていた。
横で腕を組んでいたエドリックは、何も言わない。ただ一度だけ、視線を向けてくる。
その目には、試すような色と――ほんのわずかな期待が混ざっていた。
「……行ってきます」
それだけ言って、アレックスは依頼書を握り締めた。
廃村は、町から半日ほど離れた場所にあった。
かつて人が住んでいたとは思えないほど、静まり返っている。
崩れた家屋。
風に軋む木材。
そして――
頭上を旋回する影。
ダスククロウ。
死骸や弱った獲物を狙う、廃墟に集まる鳥型魔物。
その中に、白い羽が混じっているのが見えた。
アルビノ個体。
目的は、あれだ。
だが、アレックスはすぐには動かなかった。
違和感があった。
数が多すぎる。
そして、地面に残る痕跡。
骨。
砕けた骨片が、そこかしこに転がっている。
嫌な予感がした。
「……スケルトンか」
低く呟く。
魔力が濃い場所に自然発生する骨の魔物。
だが、問題はそれだけではなかった。
奥へ進んだとき、それは現れた。
黒ずんだ骨。
太く、硬質な構造。
明らかに通常個体とは違う存在。
「……アークスケルトン」
強化個体。
耐久力が段違いの厄介な相手。
ここで、足が止まる。
撤退。
その選択が、頭をよぎる。
試験とはいえ、命をかける理由はない。
ここは報告して、再編成――それが正しい。
だが。
思い出す。
エドリックの言葉。
仲間たちの視線。
初めてゴブリンを斬ったときの感触。
――逃げない。
その決意だけが、アレックスを前に進ませた。
「……もう少しだけ」
自分に言い聞かせるように呟き、歩き出す。
アルビノ個体は、村の中央付近にいた。
崩れた屋根の上に止まり、他の個体よりもわずかに距離を取っている。
警戒心が強い。
だが、捕獲は不可能ではない。
そう判断した瞬間だった。
空気が変わる。
風が、唸った。
次の瞬間――
目の前の壁が、弾けた。
「ッ!?」
衝撃。
瓦礫が飛び散る。
その奥から現れたのは――
細身の骨格。
だが、全身から濃い魔力が立ち上っている。
武器は持たず、手をかざす。
そして、風が収束する。
「……スケルトン・メイジ」
理解した瞬間、背筋が凍る。
魔法を使う個体。
それも風属性。
距離を取れば、終わる。
逃げる時間すら与えられず、削り殺される。
勝ち目は、ただ一つ。
――接近。
「行くしか、ない……!」
地面を蹴る。
同時に、風刃が飛ぶ。
避けきれず、肩をかすめる。
熱い。
痛みが遅れて来る。
だが、止まらない。
距離を詰める。
スケルトン・メイジは後退する。
予想通りだ。
接近戦を嫌う。
だが――
次の瞬間、足元の感触が変わった。
沈む。
「っ――!?」
崩落。
地面が開き、体が落ちる。
反射的に手をつき、なんとか踏みとどまる。
そこは、わずかに柔らかい“地面”。
違う。
これは――
「リトルピットミミック……!」
擬態型の落とし穴魔物。
内部に引きずり込まれれば、そのまま拘束される。
だが――
その瞬間、思考が繋がる。
これを、使う。
スケルトン・メイジが追ってくる。
距離を保とうとしながら、魔法を放つ。
なら。
誘導する。
アレックスはあえて後退し、ミミックの上を踏み抜く寸前で飛び退いた。
そして――
スケルトン・メイジが踏み込む。
一瞬の沈み。
次の瞬間、落ちた。
「今だッ!!」
躊躇はなかった。
飛び込む。
ミミックの内部に、半身を沈めながら。
目の前には、骨の頭部。
光る核。
それを――
全力で叩き割る。
衝撃。
骨が砕ける。
魔力が霧散する。
スケルトン・メイジは、そのまま動かなくなった。
その場に倒れ込む。
呼吸が、整わない。
体が動かない。
勝った。
だが、それを実感する余裕すらない。
視界が滲む。
意識が遠のく。
そのとき――
「……無茶しやがる」
聞き慣れた声が、降ってきた。
薄く目を開ける。
そこに立っていたのは、エドリックだった。
「なんで……」
「遅えからだ。様子見に来た」
呆れたように言いながらも、その手はしっかりとアレックスを引き上げる。
その温度が、現実を引き戻す。
「……捕まえたか?」
「……はい」
視線を向けると、白い羽が地面に落ちている。
アルビノのダスククロウ。
逃げることなく、その場に残っていた。
後日。
ギルドで告げられた結果は、あまりにもあっさりしていた。
「――合格だ」
それだけだった。
だが、その意味は大きい。
アルビノ個体の捕獲。
そして――
Dランク相当の魔物、スケルトン・メイジの討伐。
もはやEランクの枠では収まらない。
アレックスは、ゆっくりと息を吐いた。
震えは、まだ消えていない。
だが――
あの日よりも、確実に前にいる。
それだけは、はっきりとわかっていた。




