遠くて近い
昼休みが始まって、まだそんなに経っていない。
ノートを広げたまま、シャーペンを握った手が止まる。
三問目で、完全に詰まった。
さっきから、同じところを行ったり来たりしている。
小さく息をつく。
ふと、横を見る。
隣の席。
今日も、囲まれてる。
「それでさ、ほんとありえなくて——」
笑い声が近い。
楽しそうだな、と思う。
ああいう空気に、自然にいられるのはすごい。
俺には無理だ。
すぐに視線をノートへ戻す。
たぶん、気づかれてもいない。
それでいい。
——どうせ、話す理由もない。
カリカリと、また書き始める。
答えは出ないまま、時間だけが減っていく。
そのとき、周りの音が少し減った気がした。
気のせいかと思いながら、手を動かす。
ふと、指先が軽くなった。
「あ」
消しゴムが、机から落ちる。
小さな音。
拾おうとした瞬間、横から手が伸びた。
差し出される。
「……はい」
顔を上げる。
目が合う。
少しだけ、驚いた。
「ありがと」
それだけ言う。
「それ、今日の宿題だよね?」
予想していなかった言葉に、一瞬だけ止まる。
「うん」
短く返す。
それで、終わる。
続けようと思えば、何か言えたのかもしれない。
でも、何も出てこなかった。
また、ノートに視線を戻す。
さっきと同じはずなのに、少しだけ落ち着かない。
ペンを動かしながら、さっきのことを考える。
——今の、なんだったんだろうな。
ただ消しゴムを拾ってもらっただけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
なのに、少しだけ残る。
何か言おうとして、やめた。
そのとき、
「ただいまー」
声と一緒に、周りの音が戻ってくる。
さっきまでの静けさが消える。
ふと横を見ると、もういつもの光景に戻っていた。
笑っている。
やっぱり、ああいう場所にいるやつなんだと思う。
視線を戻す。
三問目は、まだ解けないままだった。




