第8話「ホットサンドと、小さな笑顔」
日曜の午後。
朝のカレーの香りがまだほんのり残る部屋で、誠はトースターを前に腕を組んでいた。
「……たまには、ちゃんと作るか」
食パン、ハム、チーズ。
そして冷蔵庫の奥に残っていたトマト。
具材を挟んでトースターに入れると、パンの焼ける音が、まるで小さな焚き火のようにパチパチと弾けた。
そのとき——。
ピンポーン。
インターホンの音。
モニターには、見覚えのある笑顔。
「こんにちは、秋山さん! お邪魔していいですか?」
「お、おう……佐久間くん?」
袋を提げた佐久間が、寒風を背に立っていた。
中には、スーパーの特売コロッケ。
「昼ごはん、まだですよね? 一緒に食べません?」
「……ま、まぁ、ちょうど焼けたところだしな」
二人でホットサンドを半分こ。
焼きたてのパンの香ばしい匂いが、部屋いっぱいに広がる。
チーズがとろりと伸びて、トマトの酸味が優しく口に広がった。
「これ、めっちゃ美味しいじゃないですか!」
「簡単だぞ。食パンに挟むだけだ」
「いやいや、こういうのがいちばん幸せなんですよ」
そう言って笑う佐久間の顔に、誠はふと亡き妻・香奈の笑顔を重ねた。
昔、よく笑っていた顔。
“誰かが笑ってくれる”だけで、食卓ってこんなにも温かい。
カリッというパンの音が、まるで会話の続きを紡いでいるようだった。
「今度、私も何か作ってきますね。得意料理、インスタント焼きそばですけど」
「はは、それなら“ゆる飯の資格”十分だな」
二人の笑い声が、静かな午後の光の中に溶けていった。
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> “誰かと食べる”
ただそれだけで、日常が少し明るくなる。
今日のホットサンドは、
そんな小さな笑顔の味だった。




