第5話「おにぎりと、忘れ物の朝」
朝、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
珍しいことだ。
……いや、歳のせいかもしれん。
ぼんやり台所に立つ。
冷蔵庫の中には、昨夜の残りご飯。
ふと、米の入ったボウルを見つめて思う。
「……今日は、誰かのために作るか。」
理由は、昨日のことだ。
昼休み、後輩の佐久間が
「昼メシ忘れました!」と騒いで、
結局カップスープだけで済ませていた。
その顔が、やけに腹立たしかった。
……いや、放っておけなかったのかもしれない。
ラップを広げて、ご飯をのせる。
塩をちょん、軽く握る。
「うん、悪くない。」
次は具。梅干し?ツナ?何もない。
冷蔵庫の奥をあさると、
“のりの佃煮”の小瓶があった。
「救世主、再び。」
適当に詰めて、三角に握る。
手のひらにほんのり温かさが残る。
なんだろうな、この感じ。
人のために作るのって、こんなに落ち着かないのか。
包みを入れて出勤。
昼休み、佐久間がまた机でため息をついていた。
「秋山さん、今日も昼抜きっす。給料日前で…」
「……お前、バカか。」
そう言って、コンビニ袋を放る。
「え、これ……?」
「おにぎりだ。食え。」
「えっ、秋山さんが!? 自作っすか!?」
「悪いか。」
「いえ! なんか……嬉しいっす!」
彼は一口かじって、
「うまっ!」と大声を出した。
周りの同僚が振り返る。
ちょっと恥ずかしい。
「具、何っすか? 梅? 鮭?」
「のり。」
「……のり?」
「のり。」
「しぶっ!」
笑いながら、彼はもう一口。
それを見て、俺もつられて笑っていた。
なんだ、悪くない朝じゃないか。
午後、ふと机の上を見ると、
小さな付箋が一枚。
《ごちそうさまでした! 次は僕が作ります!》
……やれやれ、
ゆる飯の輪が、変な方向に広がりそうだ。
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自分のための“飯”が、
いつの間にか、誰かの笑顔になっていた。
――それで十分、いい朝だ。




