第4話「インスタント味噌汁と、月の匂い」
夜の風が少し冷たくなった。
窓を開けると、月がまんまるに浮かんでいる。
こういう夜は、どうしても――
あの人のことを思い出す。
湯を沸かしながら、俺は小さくつぶやく。
「……味噌汁、飲みてぇな。」
冷蔵庫を開けても、具になるものは何もない。
冷凍庫には氷と、なぜか保冷剤だけが主張している。
そこで、棚の隅に見つけた。
――インスタント味噌汁。しかも期限ギリギリ。
「おぉ、救世主。」
湯を注ぎ、ゆっくりと溶けていく粉末を眺める。
味噌の香りが、湯気と一緒に部屋に広がった。
その瞬間、胸の奥がきゅっとなる。
思い出すのは、香奈の声。
『味噌汁って、温度で味が変わるんだよ。』
そう言いながら、彼女はよく温度計まで出して、
真剣に味噌を溶いていた。
俺はいつも「そんなこだわらなくていいだろ」と笑ってた。
でも――今は、その“こだわり”が恋しい。
一口すすると、
ちょっとしょっぱい。
いや、塩分じゃない。
多分、気持ちのほうが濃かった。
窓の外、月が雲に隠れかけている。
風がカーテンを揺らして、
味噌の匂いと夜の空気が混ざった。
――不思議と、涙が出そうになった。
スマホを見たら、
タイムメッセージの履歴にもう一つ未読が残っていた。
『ちゃんと食べてる? 味噌汁は忘れちゃだめだよ。』
……まったく、
生前も死んでからも、世話焼きなやつだ。
「飲んでるよ。ちゃんと。」
そう呟いて、
俺は湯飲みを掲げた。
誰もいない部屋で、ひとり乾杯。
味噌汁の湯気が、
まるで香奈の笑顔の形をしているように見えた。
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温度も、味も、思い出も。
ゆるく溶かして、今日を終える。
――それが、俺の“ゆるめし日和”。




