第3話「カップラーメンと、夜の来客」
夜十一時。
一日の終わり、静かな部屋。
テレビも点けず、湯を沸かす。
今日の晩飯は、カップラーメン。
栄養バランス? 聞くな。
それを気にしてたら、この生活は続かない。
ポットの湯がコポコポと音を立てる。
「今日はシーフード気分だな。」
蓋を開け、粉末スープを入れて、
熱湯を注ぎ――
「よし、あと3分。」
……その瞬間。
ピンポーン。
……え? 夜の十一時だぞ?
宅配? 違う。誰だこんな時間に。
恐る恐るドアを開けると、
そこには、見覚えのある笑顔。
「どもッス、秋山さん!」
――職場の後輩、佐久間。
手にはコンビニ袋。
中から、同じカップラーメンが二つ見えている。
「いやぁ~、帰り道で秋山さん見かけて。
声かけようと思ったら見失って。
気付いたらここまで来ちゃいました!」
完全にストーカーだ。
だが、憎めない。
その顔があまりに無邪気だから。
「……で、何しに来た。」
「いや~、ちょっと相談っていうか、愚痴っていうか。
とりあえず飯でもどうっすか!」
「飯って、お前それカップラーメンじゃねえか。」
「名店っすよ、セブンイレブン秋山店限定!」
「そんな店ねぇよ。」
笑いながら、二人で湯を注ぐ。
3分待つ間、妙な沈黙。
佐久間が、急に真顔になった。
「……秋山さん。
俺、このまま営業やってていいのかなって。」
おおっと、急に人生相談か。
夜中にラーメン食うテンションじゃないぞ。
「……知らん。
でもな、そんなこと考える余裕あるなら、
とりあえず腹、満たしとけ。」
蓋を開ける。湯気が立ち上がる。
ふわりと香る、シーフードの匂い。
佐久間がズズッと啜って、
「うまっ!」と目を丸くした。
「な? こういうのでいいんだよ。」
「いや、こういうの“が”いいんすね。」
二人で黙って啜る。
深夜の静けさに、ズルズルと麺の音だけが響く。
気付けば、少しだけ心が軽くなっていた。
カップラーメン一つで救われる夜がある。
それを、今、隣で笑う後輩が証明してくれた。
---
「……おかわりある?」
「それ、もうラーメンじゃねぇ。晩餐だ。」
---
焦げても、泣いても、笑っても。
湯を注げば、世界は少し温かくなる。




