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最終話 『スコーンと、四人の午後』



日曜日の午後。

春の風がカーテンを揺らし、

テーブルの上では、焼きたてのスコーンが湯気を立てていた。


「ほんとに来るのか?」

誠が湯呑を置いて笑う。

「ええ、約束しましたから」

ゆかりはエプロンの紐を結び直しながら、オーブンのタイマーをちらりと見た。


ピンポーン。

玄関のチャイムが鳴る。


ドアを開けると、そこには佐久間。

そしてその隣には、少し緊張した面持ちの女性が立っていた。

「お、お邪魔します!こちら、彼女の美咲です」

「はじめまして。佐久間さんには、いつもお世話になってます」


ゆかりがにこやかに迎え入れる。

「まぁ、ようこそ。どうぞ座って。スコーン、ちょうど焼けたところよ」

「ありがとうございます。わぁ…いい匂い…」


テーブルの上には、

バター、ジャム、そしてミルクティーの入ったポット。

四人で並んで座ると、

部屋の中は自然と柔らかい笑い声で満たされていった。


「佐久間がね、最初は全然うまく話せなかったんですよ」

ゆかりの言葉に、美咲がくすっと笑う。

「はい、聞いてます。なんだか“青春”って感じですね」

「やめてくださいよ、それ!」

佐久間が顔を赤くし、

誠が「まぁ、いい思い出になっただろ」と茶をすする。


ミルクティーの香りが、ゆるやかに漂う。

窓の外では、少し強めの風が新緑の葉を揺らしていた。


「こうして集まるの、なんだか不思議ですね」

美咲が呟く。

「でも、いいですね。落ち着く空気で」

「だろ?」

誠が笑う。

「俺たちも、最初は“偶然”みたいな始まりだったんだ」

ゆかりが頷く。

「偶然が少しずつ重なって、気づいたら“日常”になってたのよね」


沈黙。

けれどそれは、気まずさではなく、心地よい静けさだった。

カップがそっとテーブルに置かれる音。

スコーンを半分に割る音。

そのすべてが、“生きている音”として部屋に響く。


「誠さん、これ……美味しいです」

美咲が微笑みながら言った。

「ゆかりさんの教え方が上手いんですよ」

「違うの。誠さんがね、ちゃんと“待てる人”だから。焼けるのを」

「……おいおい、褒めすぎだ」

三人の笑い声が、また重なる。


そのとき、外で小鳥の声がした。

ゆかりがふと窓の外を見つめる。

「春って、いいわね。

 何かが始まるようで、何かが続いていく感じがして」

誠はその横顔を見ながら、

「……そうだな。終わりじゃなくて、続きなんだな、きっと」

と静かに呟いた。


四人の笑い声、紅茶の湯気、

そしてスコーンの甘い香り。


それらがまるで、

“この先も続いていく日常”を祝福するように部屋を包み込む。


カーテンの向こう、午後の光が柔らかく差し込んでいた。



---


エピローグ


> それぞれの朝に、それぞれの食卓がある。

でも――ひとつの湯気の向こうで、

みんな、どこかでつながっている。





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