第6話 『ミルクティーと、春の音色』
カップの中で、琥珀色の液体がゆっくりと揺れる。
ミルクをひとさじ垂らすと、
白が溶け込みながら、やさしい色へと変わっていった。
「ほら、ちゃんと“黄金比”でいれたんですよ」
佐久間が得意げにカップを差し出す。
「へぇ、やるじゃない」
ゆかりが笑い、カウンター越しで誠が目を細めた。
日曜日の午後。
窓を開ければ、外から吹き込む風が桜の花びらを運んでくる。
三人の暮らしには、それぞれの“春”が訪れていた。
佐久間は、少し照れながら言った。
「……実は、今度、彼女を紹介しようと思ってます」
「おっ、ついにか」
「ええ。まだ早いかもしれませんけど……でも、誠さんたちに最初に話したくて」
ゆかりがふんわりと笑う。
「きっと、いい人ね。あなたの話の仕方でわかるわ」
佐久間は少し耳まで赤くなり、
「……そうだと、いいんですけどね」と呟いた。
テーブルの上には、
焼きたてのスコーンと、はちみつの瓶。
そして、ゆかりがいれた香り高いミルクティー。
「人生って、思ったよりも“温かい”時間が多いのかもな」
誠がぽつりと呟く。
「うん。気づくまでに、ちょっと時間がかかるだけ」
ゆかりの声は、まるで春風のように穏やかだった。
外では、どこかの子どもが笑い声を上げ、
遠くで電車の音が響いた。
“生きている音”が、日常のすみずみに満ちていく。
ゆかりがカップを掲げて言った。
「それじゃあ、今日も一日おつかれさま」
「おう」
「乾杯って、ティーカップでもいいんですね」
佐久間が笑い、三人のカップが静かに触れ合った。
――カチン。
その小さな音が、春の空気に溶けていった。
窓の外では、
風に乗って、どこからかピアノの旋律が流れてくる。
ゆっくりと、やさしく、
まるで“これから”を祝福するように。
誠はその音を聞きながら、そっと呟いた。
「なぁ、ゆかり」
「なに?」
「この春は、悪くないな」
「……ええ、本当に」
テーブルの上、三人分のティーカップから立ち上る湯気。
それは、まるで未来へと続く“道しるべ”のように淡く揺れていた。




