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第4話 『手紙と、春の風の中で』



朝の空は少し霞んでいて、風に混じる花の香りが季節の変わり目を告げていた。


誠のアパートの玄関で、スーツ姿の佐久間が何度もネクタイを直している。

その背中を、ゆかりが微笑ましく見つめていた。


「大丈夫よ、佐久間くん。きっと伝わるわ」

「……緊張して、もう心臓が爆発しそうです」


手に握られた小さな封筒。

そこには、丁寧な筆跡で名前が書かれていた。

彼が選んだのは、直接言葉でなく、想いを込めた“手紙”だった。


誠がポケットに手を入れながら言う。

「言葉は風に消えるけど、手紙は残る。

それでも、渡すときはちゃんと目を見てな。紙じゃなく“お前の気持ち”を届けるんだ」


佐久間は深くうなずき、息を整える。

「……行ってきます」


玄関のドアが開き、春の風が吹き込む。

ゆかりのスカートがふわりと揺れ、光が部屋に満ちた。


誠はその風を見送りながら、ぽつりと呟く。

「……あいつ、もう立派になったな」


「ふふ、誠くんもね」

「俺は……どうかな」

「うん、少なくとも、もう“ひとり分の食卓”じゃないでしょう?」


ゆかりの言葉に、誠は少し照れくさそうに笑う。

テーブルには、いつもの二人分のコーヒーと、焼きたてのトースト。

そして、窓の外では花びらが静かに舞っていた。


その午後。

佐久間は小さな公園のベンチで、春の日差しを受けながら封筒を差し出した。


「……これ、受け取ってください」


彼の声は震えていたが、その瞳には迷いがなかった。


返事を聞いた瞬間、世界が少し明るくなった気がした。

手の中に残る温もりと、風に舞う花びら。

それが、たしかな「春」の記憶になった。


夕暮れ、帰り道。

彼の胸ポケットには、短いメッセージが一枚。


> “また会いましょう。次は、コーヒーを一緒に。”




佐久間はその文字を見つめて、ゆっくりと笑った。


──誰かの背中に励まされながら、

またひとつ、未来へと歩き出す午後だった。



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