最終話『トーストと、これからの二人』
朝の光。
トースターから、パンの焼ける香ばしい匂いが立ちのぼる。
誠は、いつものようにコーヒーを淹れていた。
けれどその手元には、もう一つのカップが置かれている。
「……もう、砂糖はいらないんだっけ?」
ゆかりは微笑む。
「うん。最近は、ちょっと苦い方が落ち着くの」
外は、穏やかな晴れ。
窓辺のテーブルに差し込む光が、二人の影を柔らかく重ねる。
焼きたてのトーストに、バターがじゅっと溶けていく音。
それだけの音が、静かな朝を満たしていた。
「ねえ、誠さん」
「ん?」
「この前の休みの日、海に行ったんです」
「ひとりで?」
「うん。でも、不思議と寂しくなかった。……あの時、あなたが言ってた意味、少しわかった気がして」
誠は黙ってトーストを割り、ゆかりの皿に半分を乗せる。
「そうか。なら、今度は二人で行こうか」
ゆかりは少し驚いたように目を見開き、
それから、ふっと笑った。
窓の外では、風がカーテンを揺らしている。
どこかで、小鳥の鳴く声。
「じゃあ、約束ですよ」
「……ああ。約束だ」
それは、ありふれた朝のひとコマ。
けれどその“ありふれた”時間こそ、誠がようやく掴み取った“新しい日常”だった。
トーストの香り。
温かいコーヒーの湯気。
そして――
これから始まる、ふたりの物語。
> 彼の食卓には、もう“ひとり分の器”が置かれていた。
――それが、未来という名の朝だった。




