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第13話 『カレーうどんと、ふたりの黄昏』



会社帰り、ふと立ち寄った小さな喫茶店。

古びた外観に似合わず、店内には湯気の匂いが漂っていた。

カレーの香りだ。

壁際のメニューには、手書きで「カレーうどん」とある。


「寒い夜には、これですよ。」

聞き覚えのある声。


振り向くと、そこには有森ゆかりがいた。

コートを脱ぎ、頬を少し赤らめながら笑っている。


「偶然ですね。」

「……そう言って、会うのはこれで何度目ですかね。」


互いに笑い合い、同じテーブルに座る。

カレーうどんの湯気が、ふたりの間をふわりと包み込んだ。


「この香り、どこか懐かしいですね。」

ゆかりが言う。

誠は少し考え、遠い記憶をたぐった。


「妻が、よく作ってくれたんです。

 “カレーが余ったら、次の日はうどん”って。

 いつも笑いながら、そう言ってました。」


その声には、悲しみよりも、

どこか温かな記憶の響きが混じっていた。


ゆかりは黙って聞いていたが、

やがて小さくうなずいた。


「……私の母も、同じことを言ってました。

 だから、カレーうどんの香りって、

 なんだか“家の匂い”なんです。」


二人のカレーうどんから立つ湯気が、

ゆっくりとひとつに重なっていく。

外の空は、もうすっかり夕暮れ。


「……不思議ですね。」

「何がですか?」

「人って、同じ味を覚えてるだけで、

 どこか“同じ時間”を過ごしてきた気がするんです。」


窓の外、沈みかけた夕日が街を金色に染めていた。

誠はふっと笑みをこぼした。


「ゆかりさん。……次は、僕が作りましょうか。

 “カレーの次の日”の味を。」


「それは――楽しみにしてます。」


その返事は、どこかやさしい余韻を残して、

夜の街に溶けていった。





> 湯気の向こうに見えるのは、過去か、それとも今か。

同じ味を知るふたりが、ひとつの記憶を分け合う夜。


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