第1話「卵かけご飯と、夜の静けさ」
第1話「卵かけご飯と、夜の静けさ」
仕事終わり、夜十時。
帰宅してまずやることは――ため息。
次にやることは――靴下を脱ぐ。
三番目にやることは――冷蔵庫を開けて、絶望する。
「……卵、ひとつ。」
そして、しょうゆ。
あとは……何だ、昨日の残りの味噌汁(中身ほぼない)と、
賞味期限が怪しいキムチの瓶。
俺の人生の縮図みたいだな。
中身スカスカで、やや酸っぱい。
冷凍庫を開ける。氷と保冷剤と、去年の餅。
「おお、こりゃ正月が生きてたか。」
餅を戻す。危険そうだ。
結果――卵かけご飯、一択。
炊飯器を開けると、
角の方に、冷たくなったご飯が生き延びていた。
“助かった”と心で呟き、レンジに突っ込む。
ピーピーと音が鳴る間、
ふと、妻・香奈の声が脳裏をかすめた。
『また卵かけご飯? 好きねぇ。』
「うるさいな……好きなんだよ、こういうのが。」
茶碗にご飯をよそい、卵を落とす。
とろりと黄身が沈んで、
しょうゆをひとまわし。
ぐるぐるっとかき混ぜて、
一口――。
「……うん。悪くない。」
誰もいない部屋で、なぜか小声で言う。
いや、誰もいないからこそ言えるのか。
たまごの甘みとしょうゆの香りが広がる。
ただそれだけで、
今日という日がちょっとだけ“報われた気”になる。
スマホが鳴る。職場の後輩・佐久間からLINE。
『お疲れ様です!晩メシ何食べました?』
「卵かけご飯」
即レスで返すと、スタンプが飛んできた。
『渋っ!!』
ふふ、と笑ってしまう。
渋いか?いや、これが大人の味だろ。
――そう信じて、
もう一口すくった。
湯気の向こう、
香奈が笑っている気がした。




