4, 手紙
アイリッシュが去った家の中は酷く静かだ。師匠が亡くなってから前世ぶりに感じた静けさ。私はこの静けさが嫌いだ。
『仕事の依頼って聞いたけど、危険じゃないのよね?危ないのなら断りなさいよ?』
帰り際にアイリッシュが、言った言葉を思い出して苦笑し、クロエは再び手紙へと目を向けた。
『森の魔女殿
相談したいことがある。下記の日付に指定の場所へ
』
書かれていない日付に指定の場所。そして不自然な空白。魔力の痕跡。
「途中で見られることを恐れているのなら何でわざわざ第三者に頼むのよ。」
痕を辿るように魔力を流し込めば、ふわりと空白に文字が浮かび上がる。
『新月の夜 領主邸へ』
はぁ、森から出たくない。人と関わりたくない。しかも場所が領主邸⋯貴族が絡む依頼は面倒くさくて厄介なものと相場が決まっているから受けたくはない。だが⋯
「このためのアイリッシュね。」
指定の場所へ来なかったらアイリッシュやその家族がどうなっても知らないぞという言外の脅し。
「別に彼は私にとって何でもないのに。逆もそう。」
それは、自らに刷り込むために発せられた言葉。また裏切られるかもしれないから、どんなに友好的な態度をしても警戒を解くな。気を許すな。アイリッシュも昔からの知り合いで一人でこの家に住む私が可哀想で彼の性格ゆえわざわざここに来てくれているだけだから甘えるな。一人で生きていかないといけない。
「やっぱり人は嫌いだ。」
貴族は一度標的にされると面倒だ。周りの人が迷惑を被る。そういう陰湿で汚いやり方をしてくるから。
窓から空を見上げる。昼間は晴れていたが月は見えない。今日が新月の夜だからだ。クロエはすぐに部屋を照らす明かりを消し、家を出た。
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