3 再び打ち鳴らす鋼
ルルが川沿いを彷徨い続けて数日が経った頃、ようやく小さな町外れに辿り着いた。
目に留まったのは、煤で黒ずんだ小さな鍛冶場だった。
煙突から立ち上る煙を見た時、ルルの胸に微かな希望が灯った。
再び剣を鍛え直し、取り戻せるものがあるのではないか――そんな思いが胸をよぎったのだ。
鍛冶場の中では、一人の老人が鉄を打ち込んでいた。
筋張った手が振り下ろす鉄槌の音が心地よく響き、長年鍛冶を続けてきた者の熟練の技が感じられる。
「…こんな時間に何の用だ?」
ルルの気配に気づいた老人が、鉄槌を下ろし振り返った。
その目には厳しさがあり、見知らぬ者を容易に受け入れないという冷たい光が宿っている。
「俺は鍛冶職人だ」
ルルは静かに名乗り、自分の事情を簡潔に語った。
鍛冶場を焼かれ、ギルドに裏切られ、命を狙われていること。
そして、自らの力を取り戻し、復讐を果たすために剣を鍛え直したいという決意を。
老人はしばらく黙ったままルルを見つめていたが、やがて深いため息をついた。
「鍛冶職人なら、まずその腕を見せてもらおう」
その言葉にルルは頷き、炉に火を入れた。
手際よく薪をくべ、鉄を熱し、慣れた手つきで鋼を叩き始める。
その動きは一切の無駄がなく、正確だった。
「…悪くない腕だな」
鉄槌の音を聞きながら、老人は口元をわずかに緩めた。
だが次の瞬間には厳しい声を投げかける。
「だが、それだけで剣が鍛えられると思うな。鍛冶の道はもっと深いぞ」
それからのルルの日々は、修行そのものだった。
朝から晩まで剣を鍛え、体を鍛え、作り上げた剣を試すために森へと足を運ぶ。
鍛冶職人としての技術を磨き直し、同時に戦士としての力を高める。
時には失敗し、傷つき、挫けそうになることもあった。
だが、そのたびにルルは拳を握りしめ、自分に言い聞かせた。
「俺の人生を狂わせたあいつらを許すわけにはいかない」
一年が過ぎたある日、ルルは森の奥で巨大な熊と遭遇した。
その体躯は常識を逸しており、目は血走り、鋭い爪が木々を引き裂いている。
ルルは腰に差した自作の剣を握り、静かに呟いた。
「これが試金石だな…」
熊が吠え声を上げ、地響きを立てながら突進してくる。
ルルはその動きをじっと見据え、冷静にかわした。
だが、熊の突進は地面を深くえぐり、その威力を見ただけで背筋が凍る思いだった。
「一撃でもくらえば終わりだ…だが、俺は負けない!」
熊が再び前足を振り上げ、ルルに向かって振り下ろす。
土煙が舞い上がる中、ルルはその一瞬の隙をついて剣を振り下ろした。
鋼の刃が熊の肩口を捉え、鮮血が飛び散る。
だが、それでも熊は止まらなかった。
傷を負いながらも狂暴さを増し、さらに激しく襲いかかってくる。
ルルは息を切らしながらも反撃の機会を伺い続けた。
そしてついに、熊が前足を振り上げた瞬間、決死の覚悟でその懐に飛び込んだ。
「これで終わりだ!」
全身の力を込めた一撃が、熊の喉元を貫いた。
巨体が大地に崩れ落ち、森は静寂に包まれる。
荒い息を吐きながら立ち尽くしたルルは、自分の手で仕留めた熊を見下ろし、確信した。
「これで…奴らとも渡り合える」
彼の心には、一年前とは違う確かな自信が芽生えていた。
鍛冶場に戻ると、老人が静かに彼を出迎えた。
その目には、ルルの成長を認める光が宿っている。
「よくやったな。だが、剣を鍛える修行はまだ終わらないぞ」
「分かっています。でも、俺はもう行動を起こす時だ」
ルルは新たに鍛えた剣を握りしめ、老人に向かって頭を下げた。
「感謝します。この剣で、俺はすべてを終わらせます」
老人は深く頷き、静かに答えた。
「行け。お前の意志を剣に込めてこい」
夜明けとともに、ルルは鍛冶場を後にした。
復讐の旅がついに動き出した。