2 逃亡と決意
夜の闇の中を、ルルは走り続けた。
冷たい雨が頬を叩き、混ざり合う血と汗が流れ落ちる。
燃え盛る鍛冶場は遠くなり、森の中の小道に足を踏み入れると、ようやく剣を下ろした。
「ここまで来れば…大丈夫か…?」
肩で息をしながら振り返る。
だが、安堵する暇はなかった。
風に紛れて聞こえる足音と金属の擦れる音が、すぐ背後に迫っている。
「逃がすか!」
仲間だったはずの声が追いかけてくる。
ルルは歯を食いしばり、再び駆け出した。
木々の間を駆け抜け、枝葉が顔や腕を引っ掻く。
剣を握る手は痛みで震えていたが、それでも決して手放さなかった。
「…くそ、なんでこんな目に…!」
ようやく開けた場所に出たとき、月明かりが地面を照らしているのが見えた。
その光景に一瞬見とれたが、背後から飛んできた刃が肩を掠め、冷たい痛みが襲う。
「ルル、観念しろ!お前が逃げ切れるわけないだろ!」
リーダー格の男の声が耳元に響く。
あの時の冷たい目が脳裏に蘇る。
仲間として命を預け合った者たちが、今は命を奪おうと追ってきている現実。
「するもんか…!」
ルルは傷の痛みを堪えながら剣を構え、月明かりの下で振り返った。
「いい度胸だな、ルル。ここで終わらせてやる!」
リーダーが一歩ずつ近づいてくる。
その後ろには、他の仲間たちの影が見える。
五人。
数も多く、彼らは戦闘のプロだ。
ルルが鍛えた武器を手に、彼を追い詰めるために動いている。
「お前たち、そこまでして俺を殺したいのかよ!」
「密告者はギルドの掟で許されない。それだけの話だ」
リーダーが剣を振り下ろした瞬間、ルルは足元の石を蹴り上げて視線を逸らさせ、身を翻す。
接近戦での応戦は無謀だと分かっていた。
それでも、刃の一撃を躱し続け、かろうじて距離を取る。
だが、仲間たちは容赦しない。
一人が剣を投げつけ、もう一人がルルの背後を狙って回り込んでくる。
「数で押し切れると思ってるのか!」
ルルは怒りの声を上げながら、力任せに剣を振り抜く。
一人の剣を弾き、もう一人を牽制するが、傷ついた体は限界に近い。
「無理はするな。お前に勝ち目はない」
リーダーがそう言い放った瞬間、ルルはわざと剣を地面に突き刺した。
「勝ち目がなくても、ただ殺されるわけにはいかない…!」
剣を支えにして力を込め、ルルは跳躍するように全力で茂みに飛び込む。
泥だらけになりながらも、全身を使って草木を掻き分け、彼らの追撃を振り切ろうとする。
「逃げるな!ルル!」
仲間たちの叫び声が後ろから聞こえるが、ルルはもう振り返らなかった。