・決戦前夜 - イーラジュの帰還 -
「イーラジュ様か?」
「その声はクルシュだな、そうだ!」
「その声……ナフィか?」
「よう、帰ったぜ、バカ弟子……。ったくよぉ、試合前に夜更かしすんじゃねぇぜ……」
少し様子が変だがイーラジュ様がいるなら問題ない。
私は正門のかんぬき抜いて主人を中に招いた。
「イーラジュ様……?」
「へっへっへっ……。自分が破門にした弟子の肩借りてちゃ、なんか悪ぃかよ……?」
イーラジュ様はナフィに肩を担がれ、どこか辛そうにしていた。
「おい、大丈夫か?」
「ちょっと土手っ腹を刺されただけよ……。3日もありゃ、すぐに治るぜこんなもんよ……っ! うっ、あたたた……っ」
私も肩を貸して玄関に入った。
イーラジュ様は玄関にどっかりと座り込んでしまった。
「誰にやられた?」
「やつらだ……」
「やつらってどいつらだよ?」
「ソコノネの迷宮の秘密、聞いたんだろ? 深淵の民、そいつらと迷宮深層でやり合った……」
やはり遠征先はソコノネの迷宮だった。
「千鶫将軍様の命により、俺はイーラジュ様の救援に向かった」
「おう、余計なお世話しやがって、あの野郎」
「そして死体の山の前で負傷したイーラジュ様を発見した。既に敵影はなかった。やつらの地上への大侵攻を、イーラジュ様がたった一人で防いだ後だった」
たった一人で大侵攻を止めるとか、怪物はイーラジュ様の方なのではないか?
なすすべもなくやられる敵が哀れになった。
「無愛想なおめぇが今日はよく喋んじゃねぇか」
「既にクルシュはこちら側。ただそれだけのこと」
「おうココロッ! 最近帰れなくてすまねぇなっ、帰ったぜぇーっ!!」
ココロさんがやってくるとイーラジュ様が顔をくしゃくしゃにして笑った。
ココロさんはそんなイーラジュ様のために、飲み水をお盆に乗せてやってきた。
「ガキの頃からお前は気が利くなぁ……」
「イーラジュ様、お身体は……?」
「んぁ? ああ、大丈夫だ大丈夫だっ! うぐっ?!」
「アホかこの男……」
イーラジュ様は刺された腹をバンバンと叩いて自爆した。
「ココロ、イーラジュ様はお怪我をしている。寝室に運ぶのを手伝ってくれ」
「大変っ!!」
イーラジュは再び左右から肩を担がれた。
「おう、そこのバカ弟子、お前さんはそろそろ寝ろ」
「この状況でか……? 師匠のせいで眠気がふっ飛んだところだ」
「わはははっ、そりゃそうだ!」
「明日の試合、お前なら必ず勝てる。力量はお前の方が遙かに上のはずだ。油断せず、確実にしとめろ」
以前のような暗く冷たい言葉ではなかった。
ナフィは頼もしい兄弟子として、私のことを激励してくれた。
「では、お休みなさいませ、クルシュ様……」
「は、はい! 本日はありがとうございましたっ!」
「んん~っ?」
この返しは間違いだったようだ。
イーラジュ様に疑われてしまった。
私は彼らを見送って、部屋に戻って布団を敷いた。
ソコノネの迷宮の底に住まう者たちは、あのイーラジュ様に傷を負わせることができる。
まだまだこの世界には強者がたくさんいた。
ほどなくすると私の部屋にナフィが訪ねてきた。
大事な話があると言われた。
「大会が終わってもキョウに残ってくれないか? お前と共にキョウの民を守りたい」
ナフィは別人のように爽やかな男になっていた。
ナフィにまで引き留められてしまった。
どうして彼らは私がキョウを捨てると思うのだろう。
「お前と俺で、空位となっている将軍位を拝領し、ほぼイーラジュ様任せの都の守りを盤石とするのだ」
「俺の夢は将軍じゃねーよ。俺の夢はスーパーヒーローだ」
「すーぱーひーろー? とは、なんだ?」
「正義の味方だ。正義の味方ってのは、国家権力に属さず、市井に生きると相場が決まってんだよ」
「素晴らしい! 市井からキョウを支えるというのだな! この際、キョウに残ってくれるならばそれでいい。ココロも喜ぶ……」
どうせ眠れないので私はナシュに付き合ってもらい、やっと眠くなったところで寝させてもらった。
「俺を打ち負かしたのだ。優勝してもらわねば困る。いや、負けたら許さん、そう言い直そう」
まともになったナシュは少しお堅いところが玉にきずの、頼れる兄貴分だった。




