・一石二鳥のファンサービス
屋敷の外にクソガキども、とやらはもういなかった。
顔を真っ赤にしたソウジン殿と、消し炭か何かで落書きをされた漆喰の塀があった。
塀には下手くそな人の顔が描かれている。
そしてその隣には――
「バカ、アホ、ブサメン、クルシュ。だってー、あははははっっ♪」
子供らしいといえば子供らしい誹謗中傷が記されていた。
こんな文面に怒るやつがいたら見てみたい。
「笑い事じゃねーべっっ! おらたちのクルシュ様がバカにされとるんべよっ!?」
「許せません!!」
いや、私の考えが浅かったようだ。
「クルシュさんは今日だってっ、イーラジュ様にケチョンケチョンにされては、何度も諦めずに立ち上がって!! 少しでも強くなろうと、がんばっていたのですよっ!!」
私のことを知るものからすれは、それは深い極まりない嫌がらせだった。
「ぬぅぅぅ……っっ、最近の若者はけしからんっ!!」
「二千年前から語り継がれてそうな言葉だな」
しかしソウジン殿まで代わりに怒ってくれるのだから、私にはやはり笑うしかなかった。
遅れてイーラジュ様も屋敷から出てきて、大切な我が家の塀を見る。
「ダハハハハッッ、やられちまったなぁっ、バカ弟子!!」
「おい、これ自分ちの塀だぞ……? いいのか……?」
家主からすればたまったものではないはずだ。
だがイーラジュ様は美術でも鑑賞するように落書きの前で顎を撫でた。
「元気があっていいじゃねぇの! けど、このまんまだとちょいとカッコ悪ぃからな、お前さんが消しとけ」
「は? 俺が、やるのか……?」
なぜ私が私への誹謗中傷を消さなければならない。
「ムカつくか?」
「別にムカつかねーけど、掃除させられるなら話は別だ……。ムカつくに決まってんだっろ!」
「なら一石二鳥じゃねぇか! 鍛えつつ、闘志を燃やすチャンスだぜ、んじゃよろしくなっ!」
イーラジュ様に付き従って、ソウジン殿まで屋敷の中に消えた。
私は口を空けっぱなしにして唖然とそれを見送った……。
「さすがだべぇ……っ! 今の、いつか漫画で使うべよっ!」
「うんうんっ、もうお年なのに頭いいよねーっ、イーラジュ様って!」
ここで私がだだをこねても、私の株が下がるだけだろう。
「お水とたわし、持ってきますね。少しだけ手伝って下さいますか、クルシュ様?」
「あ、ありがとうございます、ココロさん……!」
私はココロさんの自然体のやさしさに感動した。
「ふふふ……」
「な、なんですか……?」
「いえ……。小さい頃、これと同じことをしたことが私もありまして……」
「ココロさんが落書きをですか?」
「はい。イーラジュ様の悪口をこの塀に描いたんです。ここから、あの辺りまで、びっしりと」
「それはまた大胆な……。イーラジュ様はそれを見て、どんな顔を?」
「楽しそうに笑い飛ばされちゃいました」
子供の頃を思い出したのかココロさんは軽やかな足取りで、カロン先生を後ろに連れて掃除道具を取りに行った。
待っている間、私とティティスは手持ちぶさたになった。
「次の試合さ、絶対勝てるよ」
「なぜそう言える?」
「だってあのロシュ様だもん」
「いや、だってと言われてもな……」
「あの人、いっつも3回戦で負けてるの。3回戦敗北マニアってファンに言われるくらい、いっつもそのへんで負ける人だから、心配ないよ」
「なんだそりゃ……」
それからまた少し待った。
ココロさんが軒先に帰ってくると、私は彼女ら友人たちの手伝いを拒んだ。
「イーラジュ様の言う通りかもしれねぇ。やっぱ俺一人でこれ消すわ」
私は一人で落書きを消した。
たかが落書き、幼稚極まりない誹謗中傷だ。
そんな落書きを私はタワシで擦り、バケツの水をぶっかけて洗い流す。
だがそれだけでは、若干の黒ずみが漆喰の隙間に残ってしまう。
「民度低すぎだろ、ロシュとかいうやつのファンッ!」
私にこんな下らない嫌がらせをしてくれたヤツのファンに、愛しのロシュ様の敗北をもって復讐してやろう。
私の闘志はタワシに力を入れるたびに、熱く燃え上がった。




