・開会式にて - ホームラン王バース・マルティネス -
「あたぼうよ、俺がチームの主力だ! いや外野ってのは大事だよな!」
「そ、そうだな……?」
「ピッチャーにトドメをぶっ刺す大事なポジションだもんなあっっ!!」
「………………は?」
今、このオヤジは『ピッチャーにトドメをぶっ刺す』と言ったような気がするが、きっと私の聞き違いだろう。
「ん? 外野って言ったら、内野が半殺しにしたピッチャーを、イニング内にぶっ殺すポジションだろ?」
「な……なぜピッチャーを殺すっ!?」
「ああ、にいちゃん、田舎の方のルールを信じてるんだなっ! だがこのキョウでは、ピッチャーは滅多打ち! これがルールだ!」
「それ滅多打ちの意味が違うだろっ?!」
「このキョウでは! イニング内で相手ピッチャーをぶっ殺し合い、最後のリリーフまで先に皆殺しにした方が勝ちなんだぜ!」
私は野球オヤジが担ぐバットを指さした。
「まさか、それ、武器なのか……? それでボールを打ったりしないのか……?」
「ああ、ボールなっ、牽制でピッチャーに投げつけるアレのことなっ!」
「ちげーよっ?! 野球はピッチャーが投げたボールを、バットで打ち返すスポーツだってのっ!!」
「田舎ルールな!」
「田舎でも都会でも変わんねーよっっ!!」
野球オヤジが語る野球、もといヤキュウは、バットを使った武道――いやただの殺戮だった……。
「あのさ、気づく気配ないからそろそろ言うけどさ……。次の対戦相手、このおじさんだから……」
「な、何ぃぃっっ?!」
私たちは互いに目を見開いて驚愕した。
私の対戦相手は、頭のおかしなベースボーラーだった。
「お前がクルシュか!」
「となると、そっちが、バース選手か……?」
「おう! ホームラン王バース・マルティネスとは、この俺のことよっ!」
ホームランもそのままの意味ではないのだろう……。
バースは金属バットを公共の場で振り回した。
試合ではあのフルスイングで人間の頭をかち割るのだろうか……。
蛮族よりたちが悪い……。
「スポーツマンシップに則って、いい殺し合いをしよう、若者よ! どちらがホームランされても、恨みっこなしだ!」
「お、おう……試合では全力で行かせてもらうぜ……」
バースは金属バットをぶんぶん振り回しながら、元気な大股で俺たちの目の前を去っていった。
ホームランの意味はなんとなくわかった……。
・
その後、私たちは南町の絵巻横町に寄った。
絵巻横町は漫画や美術が集まる楽しい街だ。
そこで私は打ち切りが約束された青騎士物語を、最終巻の5巻まで買った。
絵巻1冊につき、銀5がだいたいの相場だ。
銀20は金2と等しい。
仕方がないとはいえ、この世界の漫画は高かった。
逆に言えば漫画を友人同士で貸し借りしたり、一緒に読むのが当然の文化であるとも言える。
「どんな漫画か楽しみ! クルシュって漫画の趣味だけはいいよね!」
「お、男の人と、本を一緒に読むのは、少し恥ずかしいです……」
私たちは屋敷に帰った。
私の部屋で買ったばかりの漫画を読むために。
絵巻は広げるとかさばるのが難点だが、皆で横に並んで読むには非常に適していた。
「帰ったか。む、それは?」
屋敷の玄関に入ると、待ちかまえていたようにソウジン殿が俺を迎えてくれた。
「さっき買った漫画だ。ソウジン殿も読むか?」
「……こい」
「こいって、どこに?」
「道場、こい」
「すまん、この予定は外せない。買ったばかりの漫画を読まずに積む? 絶対にそれはありえ――」
「こい!!」
「な、何をするソウジン殿っ?!」
ソウジン殿はやる気だった。
私を竜将に大会優勝させようとしてくれていた。
「私たちのことはお気になさらず。先に読んでおきますから」
「それはないですよ、ココロさんっ?!」
「クルシュが間にいると気が散るしー。それに大丈夫、ネタバレとかしないからー!」
ティティスとココロさんは私の訓練が終わるまで待てない。
買ったばかりの漫画を今すぐ読みたい。
健全である。これこそ正しいオタクの姿だ。
しかしだねぇ君らぁっ?!
確かにそこには!
君らに囲まれて絵巻を読みたい私の下心もあったのだよ!?
ティティスとココロさんは屋敷の奥へと消えていった……。
「クルシュよ、試合まで3日しかないのだ。気が抜けるようなことをするな」
「息抜きも大事だって!」
「バース・マルティネスは頭こそおかしいが、毎回初戦を通過している豪の者だ」
「……え、アイツ、そんなに強いのか?」
肉体は立派なものだったが、そこまでの達人には見えなかった。
「あの見た目に騙されるな。お前は絵巻など女の趣味に浸っている場合ではない」
「娯楽に男も女もあるかよっ!!」
「ある」
頭のクソ硬い副師範ソウジンに、俺は大会前日の晩まで徹底的に叩き上げられた。
いつかこの頑固者をバトル漫画で洗脳してやりたい。




