・予選突破! - クルシュを訪ねる謎の御老公 -
「ワシ、ちょっと竜将大会の運営に顔が利いてのぅ……? 一足先に手配してもらったのじゃよ」
この老人は何者だろうか。
真っ白な白髪頭と、しわ深い顔からは80歳越えの貫禄を感じさせる。
だというのに、老人からは老いを感じさせない闊達さを感じた。
ボケや能力の低下とは無念であると、聡明な目が私に語りかけていた。
「どうした、クルシュくん?」
「あ……これは申し訳ない、少し気を取られてしまっていたようで」
「おい、何を猫かぶってやがんだ、おめぇ?」
「うむ、イーラジュの言う通りじゃ。ワシがご年輩だからといって、畏まらずともよいぞ」
ソウジン殿とココロさんが嫌な顔をしたのを私は見過ごさなかった。
ここで私が素を出すのは望ましくないことのようだ。
「おい師匠、この爺さん何者だよ?」
「ひょっひょっひょっひょっ、ワシはしがない合成屋のジジィじゃよ」
「たかだか商人の爺さんに、傲慢不遜を字で行くソウジン殿が畏まるか? ありえねー、アンタ何者だよ?」
「ワシか? ワシは君のファンじゃよ」
杯を空にすると、老人はソウジン殿に注げとジェスチャーした。
ソウジン殿は平伏し、老人に従った。
「その刀、相当の業物のようだの。今日3人も斬った刀とは思えぬの」
私は酒を飲みかけたところで、驚かされて杯をちゃぶ台に戻した。
「言ったじゃろ? ワシは大会運営に顔が利くのじゃ」
「どんだけだよ、爺さん……」
「ははは、話進まねぇから俺から言うぜ。つまりよぉ、爺さんはお前の刀を特別に強化してやるって言ってんのよ」
「強化って、なんだ……?」
「これ、うちの店のぱんふれっとじゃ。クルシュくんなら特別に、手数料は無料でよいぞ」
私はパンフレットの内容よりも、5色+2色の色彩を駆使したカラー印刷に度肝を抜かされた。
「何を驚いておるのじゃ?」
「これ、どうやって刷った……?」
「ほぅ? 印刷機で刷ったものじゃが?」
「そういう意味じゃねーよ、ジジィッ!! これも聖帝かっ!? 何をどうやったらこの世界で、カラー印刷なんて再現できんだよっ!?」
「カラーとな? ほぅかほぅか、なるほどのぅ……!」
「お、おい、クルシュ……俺から言うのもなんだけどよぉ……? もうちょいとだけ、そこのジジィには丁寧な言葉を使うことを勧めるぜ?」
師匠は何を言っているのだろう。
師匠は事実上のこの国のナンバー3だ。
その師匠が言葉遣いを気にしなければいけない相手など――
「いや、まさか……」
私は杯を空にした。
それは非常に美味い特別な酒だった。
「なんじゃ、クルシュよ?」
この老人はイーラジュ様と同格、あるいは格上の存在だ。
そしてこの老人はカラー印刷とかいうオーバーテクノロジーをパンフレットなんかに使っている。
さらに竜将大会の運営に顔が利くとなれば、もはや答えはたった一つ。
「まさか……せ、い、て、い……?」
イーラジュ様が口元を歪ませて笑った。
ソウジン殿は微動だにしない。
ココロさんは真摯な様子で私を見つめて、うなずきもしない。
「ワシは合成屋のただの飲兵衛じゃよ」
「嘘吐けアンタ聖帝だろっ?! ゴーイングマイウェイな師匠がただのジジィの顔色なんて気にするかよっっ!!」
「ほっほっほっほっ、キョウコさんの話通りの面白いやつじゃのぅ……」
へ、キョウコさん……?
いや、何者だ、キョウコさんも……。
「一つ、君に聞きたい」
「お、おう、なんだよ?」
「なぜ竜将大会に出場したのかな? クルシュくんは何か、叶えたい願いでもあるのかな……?」
「ねーよ、んなもん」
私は正直に答えた。
この生ける神がへりくだった言葉づかいなど望んでいないことは、これまでのやり取りを振り返れば明白だった。
「ワハハハッ!! コイツ、そういうやつなんだよ、爺さん!!」
「ううむぅ……今時珍しいタイプじゃのぅ……」
「コイツよー、バカなのよ。コイツが竜将大会に参加する本当の理由はよぉ……?」
本当も何もないが、イーラジュ様に任せることにした。
「自分が最強になるためだ。大会はコイツにとって、手段の一つに過ぎねぇ。誰よりも強くなりてぇのよ、コイツは、本気で」
なんの不満もなかった。
イーラジュ様は私のことを理解して下さっていた。
「ほほほ、バカじゃのぅ……」
「バカで何が悪い。俺ならそこの男を越えられる」
「ほーかほーかっ、元気があってええのぅ。うむ、今日は収穫であった。クルシュくんの素性も、なんとなくわかったことだしのぅ……」
「俺もだよ、聖帝様」
この老人は転生者だ。
恐らくは間違いない。
現代の技術をここまで模倣するやつなんて、他にあり得ない。
「今のクルシュくんでは一回戦敗退が関の山であるが、果たして、どうなるかのぅ……?」
「言ったな、ジジィ?」
「せいぜい這い上がってくるがよい。近しき者よ」
「上等だっ! 決勝戦でアンタに勝ち誇ってやるっ!」
「待っておるぞ」
その日の酒宴は非常に楽しいものになった。
私と、聖帝と、イーラジュ様に限る話かもしれないが。
さすがのココロさんも私たちに呆れ果ててか、席を外して女中の仕事から戻ってこなくなってしまった。
「なぜバトル漫画を広めないか、じゃと……?」
「ああ、なんでだ?」
「好きじゃないからじゃ。ワシは恋愛漫画が好きじゃ、バトル漫画は別に読みたくもないのぅ」
「何言ってんだっ、バトルが一番面白いだろ! むしろ恋愛の方がマイナージャンルじゃねーかっ!」
「ならば、誰かに描かせて広めればよかろう、止めはせんよ? この世界では、バトル漫画の方がマイナージャンルじゃがのぅーっっ!!」
「ぬかすか、ジジィッ!!」
元々属していた世界が同じだからといって、趣味まで一致するわけではない。
キョウが恋愛漫画だらけの文化なのは、聖帝様の偏食の賜物だった。
私は認めない。
バトル漫画が天下を奪われた世界など。




