最強魔法使いが魔法で○○年後に転生する話
「ここまで、か…」
木製の小屋の中、分厚い本が積み重なって山を作っていた。
その部屋の角のベッドの上で、薄汚れた老人が自分の皺だらけの手を見ながら呟いた。
彼は最高の魔法使いを目指す者であった。
生み出した魔法は数知れず、手に入れた名声は山のようにあった。
しかし彼はそれでも満足しなかった。
「まだ、いけるはずなのだ…時間が足りない…やるしかないのだ…」
そう呟きながら、傍らにあった魔導書を開く。
『転生の魔法』と描かれたページは擦れた跡がった。
「先人達が残してくれたこの魔法…ありがたく使わせてもらおう…」
転生。
今の記憶と魂を引継ぎ、生まれ変わると言われている魔法。
ただし転生先の時間と肉体は指定できない…何処に飛ばされるか分からない魔法だ。
死を悟ったその男は躊躇なくその魔法を唱えた―――
「はっ!!」
朝の光が差し込む部屋の中で僕は目が覚めた。
「いてっ」
頭痛がする頭を押さえながら、身を起こす。そうだ思い出した。
僕は転生魔法を使ったんだ。それから――
「と、いう事は…成功したっていう事なのかな…?」
寝ていたベッドから降りて、部屋を見渡す。小奇麗な棚や赤いカーペット。
開かれたカーテンとすべすべの石造りの壁と床。
部屋の様子を見れば、僕は何処かの貴族の家に転生したらしい。
ベッドのすぐ近くに立掛けられた鏡で自分を見てみると、あの老いた姿はどこにもなく、
金髪ショートヘアの美しい少年が映った。
「おお…やった!転生できたんだ!」
ぐっと拳を握りしめ、嬉しさのあまり叫んでしまう僕。
これで最高の魔法使いになる夢を叶える事が――
「ルークー?起きてるのー?ご飯出来たわよ~」
突然扉の向こうから穏やかな女性の声が響く。
「あっ…はーい!」
僕は慌てて返事をすると、いそいそと寝間着を着替え始めた。
そう、僕の今の名前はルーク。ぼやけていた記憶もそれを機に思い出し始めた。
記憶の整理をしながら、僕は扉の向こうへと――新しい人生の第一歩を踏み出したのだ。
「ルーク、今日は早いじゃないか。何かあったのか?」
僕の父親—―確か、名前は――グラントは、自分の無精ひげを撫でながら訪ねてきた。
暢気そうに見えるが、こう見えて自国の立派な兵長なのだ。
普段はこの時間は既に仕事なのだが、今日は休みのようだ。
「ん、ちょっとね」
なんでもないという風に誤魔化しながら、朝ごはんが並べられた食卓に座る。
焼いたパンやベーコンが、僕の食欲を刺激する。
「たまにはそういう日もあるわよ、ねえ」
そう言いながらお母さん――サラだったかな――は奇麗な長い金髪を揺らしながら台所から戻ってくると、両手に持った食卓を並べた。
彼女もそののほほんとしているが、こう見えて王宮の料理人だ。
母さんの作るご飯はどれも一級品だ。父親の胃袋を掴むのもワケなかっただろう。
「それでルーク…どうなんだ?学院の方は」
「全然問題ないよ!勉強もそんな難しくないし…」
「ははは、それは良かった」
それはそうだろう、というように父は笑った。
僕の記憶では…まあ、学校で問題がなかったわけではないが。
最高の魔法使いになる為には余計な心配や問題は起こしたくはない。
普通であるように気を付けなくてはならないのだ。
「いいかルーク…努力というのは必ず実を結ぶものだ。たとえ上手くいかなくても、続けることが大事なんだぞ」
パンにかぶりつきながら父親のいつもの説教が始まる。いつもの、と言っても僕自身が聞くのは初めてだけど。
「あら、でも貴方はいつまでたっても弓が撃てないじゃないの」
聞き流すように僕もパンを齧っていると、母が横やりを入れてきた。
そう、父は弓がとても下手くそだ。たまに練習してはいるが、長続きはしていない。
離れた的になんてまともに当てられた事はない。
「い、いやそれはだな母さん、世の中には向き不向きというものがだな…」
「はいはい、お説教は自分で出来るようになってからね」
「ううむ…また練習するか…。」
脆い所を突かれたように俯く父さんを尻目に、僕はご飯を食べ終えた。
「ご馳走様!じゃ、学校に行ってくるね!」
「はいご馳走様…あら?ルーク、ちゃんと野菜も食べれたじゃない!今まで嫌いだったのに…」
「!」
しまった!元のルークは野菜が苦手だったのか…うかつだった。
「いや、ほら…最近野菜のおいしさに目覚めたんだよ!あ、時間がないからもう行くね!」
「気を付けるんだぞ~」
誤魔化すように僕は慌てて家を飛び出していく。
母は不思議そうに皿を眺めながら、台所へと戻っていった。
「ルーク、いつの間にか野菜を食べれるようになったんだなあ…いい事だ」
「キャーーーーーーッ!」
突然家中に響く悲鳴に、父は立ち上がった。
猛スピードで台所へと駆けていくと母が怯えたように指をさす。
「なんだ、どうした!?」
「む、虫が…」
指をさした先には小さな蜘蛛がのそのそと歩いていた。
それを見て拍子抜けしたように父が脱力する。
「な、なんだ虫か…あまり驚かせないでくれ、母さん」
そう言って父は台所から蜘蛛を窓の外へと追い払った。
「だ、だって気持ち悪いじゃない…近くに森があるせいかしら、嫌だわもう!」
「母さんも虫嫌いを何とかした方がいいんじゃないかなあ…」
――――—――――――――――――――――――――――――――――――――
「おお…」
煉瓦が敷き詰められた歩道を歩きながら、鞄を片手に僕は町中を観察する。
行き交う人々や町の設備の様子から、僕が転生してからそこまで時間は立ってないらしい。
それに学生が多いようだ、この時間は通学時間なのは間違いなかったようだ。
おばさんが野菜を買い込んでいるのを見てると、後ろから声をかけられた。
「ルーク君っ」
振り向くと、桃色の髪をしたツインテールの美少女がニコニコしながら立っていた。
彼女の名前はリアン…の、はずだ。たぶん。
「リアン!おはよう、待っててくれたとか?」
「そんなわけないでしょ、たまたま見かけただけよ」
そっけない態度で僕の横を通り過ぎたけど、なんとなく嬉しそうな雰囲気は伝わってきた。
きっと僕とは仲が良いいのだろう、などと思案している僕の顔を覗き込みながら
「ルーク?早く学校行かないと遅刻するわよ?」
「あ?ああ、うん」
僕は気を取り直し、他愛ない会話をしながら彼女と二人で学校へ向かった。
「それでね、お父さんってば急に新しい杖を買っていいっていうのよ。今まで古い魔法の杖しか使わせてくれなかったのに」
「良かったじゃないか、きっと説得が通じたんだよ」
「おーおー、朝っぱらから仲良さそうじゃねえか?ええ?」
学校の出入り口でそんな会話を交わしていると、三人の男子が立ちふさがった。
不意を突かれたように僕は驚いた。
「ダートン…君は」
「生意気なんだよなァ、雑魚のくせによ」
二人の子分を連れた彼、ダートンはいわゆる「いじめっこ」という奴だ。
かなり強烈に残っていた記憶…僕はどうやらいじめの標的らしい。
僕の人生の為にも、余計な邪魔はされたくないが…
しかし、目立ちすぎてしまっては不味い。どうにか穏便に済ませられないものか。
「なんだその目は…ルーク!随分と偉そうになったな!まず最初にダートン様と呼べと行ったろうが」
「待ちなさい、ダートン!貴方ね、まだそんなくだらない事をしているの!?」
そこで間に入ったのはリアンだった。周りなんてお構いなしに声を荒げている。
皆の視線が集まるのは必然だった。
「リアン…危ないよ」
「なんだと…テメエ、調子に乗ってると」
「調子に乗ったら何?女の子に手を挙げるの?サイテーね!!」
周りの視線と彼女から発せられる圧に、彼は口ごもった。
「クソっ…覚えとけよ!あとルーク、あとでパン買ってこい」
「いーだ!ルーク、あんな奴のいう事聞いちゃだめだからね!」
「う、うん、そうだね」
どうにか穏便に済んだことに感謝しながら、僕たちは教室に向かった。
目的のためにも彼はどうにかしないといけないが…授業中に考えるとしよう
「で、これがこうで~、これがこうなって…」
「なあなあ、先生最近優しくなったよな」
「良い事あったのかな?」
階段状の教室で黒板にチョークが当たる音と生徒達のひそひそ声が聞こえる。
過去の記憶を引き継いだ僕からすれば退屈な授業だが、これからどうするかの計画を立てられるのは悪くない。
ちなみにリアンとは別のクラスだ
少し離れたところではいじめっ子のダートンが眠っている。
やれやれ、怒られても知らないぞ僕は。
「とりあえずは卒業まで行かないとなあ」
あまりの退屈さに欠伸をしながら、今の生活を満喫することに決めたのだった。
「おい」
昼過ぎ、休み時間。学校の中を確認しようと歩いていると廊下で声をかけられた。
振り返ればいじめっ子のダートンが居た。
「…何?」
僕は面倒そうに彼に尋ねた。また何か言われるのか、と身構えていたが。
「すまん!!!」
「…え?」
あろう事か彼は急に頭を下げてきたのだ。予想外すぎる行動に僕は固まった。
「ダートン!?」
「すまなかった…俺は今までお前に馬鹿な事をしてきた!許してほしい!」
「そして俺と…友達になってくれないか!?」
顔を上げてきらきらとした目で僕を見つめるダートン。
あまりの急変っぷりに思わず身を引いてしまう
「それは…いや、どうしたのさダートン、今朝までとは全然違うじゃないか」
「気付いちまったんだ…自分のやってる事の愚かさに」
ダートンは俯いて答える。今朝のような加虐的な様子は微塵もなかった。
「………」
正直、自分としても都合がいい。悩みの種がこんなあっさり解決してしまうなんて。
「わかった…友達になろう、ダートン」
「そうか!よし、これで俺達は友だ!困ったら何でも相談してくれ!!」
「おっと、そろそろ時間だ!次の授業が始まるぞ!」
そう言ってダートンは嬉しそうにその場を後にする。
人間のきっかけは分からないな…そう思いながら、僕は次の授業へと急ぐのだった…。
夕方。授業終了のチャイムが鳴り、学校を後にする僕。
その視線の先には見覚えのあるピンクの髪…リアンが歩いていた。
「おーい、リアン!!」
見かけた彼女に手を振ると彼女はくるりと振り返る。
「…。」
しかし、彼女は冷めた目で僕を見つめると、返事をする事なくすたすたと行ってしまった。
不機嫌が感じ取れるその表情を見てから、彼女に近づく気になれなかった。
僕は何か彼女の機嫌を損ねることをしてしまったのか…?
考えても分からないので、明日出会ったら謝ろうと考えるのであった。
不気味なほどに奇麗な夕焼けが空に映る中、家に到着した僕。
扉に手をかけようとすると、庭からは弓を撃つ音が聞こえてきた。
「…父さん?」
庭に顔を向ければ、父が弓の練習をしていた。
離れた的に数本矢が刺さっているのが見える。
「お、ルーク!お帰り、学校は大丈夫だったかい?」
「うん、今日も何事もなく終わったよ」
「そうか、そりゃ良かった」
そう言って再び矢をつがえたのを見ながら、ある違和感に気付く。
「そういえばお母さんは?」
家の中に人が居る気配がしないのだ。暗い窓を見ながら、父に尋ねる。
「母さん?…あの人なら興奮した様子で森に歩いて行ったよ。ご飯の時間には帰ってくるんじゃないかな」
「ふーん」
母さんが森に行くなんて珍しいけど…人にはそれぞれやりたい事があるのだ。
僕も最高の魔法使いの為にこれから研鑽の時間だ。矢が的に当たる音を背に家の中へと入っていった。
家の中は静かだった。誰もいないから当たり前だろうけど…。
自分の部屋でランプの明かりの元、魔法に関する本を読んでいた。
とりあえずは今の時代や魔法の進化を学んでおきたい。最高の魔法使いになる為には情報も大事だ。
あれからの自分に関する本もあればいいのだが…。
「……?」
なんだかさっきから違和感がある―――うまく考えがまとまらないような、まるで自分が今ここに居ないような…
しかし、異変はすぐに訪れた。
「うっ…!?」
頭の中に、突然知らない記憶が流れ込んできた!
頭痛にも似た凄まじい衝撃に、僕はよろめく。
これは…なんだ!?何が起きている!?
まるで自分が自分でなくなっていくような感覚!
目の前がぼやけてきている…これは…まさか…!!!
これは不味い…駄目だ、僕は最高の魔法使いになろうと…!!
……!
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十数分後———彼は目を覚ました。
目を擦りながら辺りを見回し、近くにあった鏡の元へ向かう
そこで彼はこう叫んだ。
「やったぞ…私は転生に成功したのだ!!」
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