第7話 寝室を待ち侘びて〜私のことはエリンって呼んで欲しいんだ〜
黒煙を吐きながら鉄道を走る蒸気機関車。
窓から見えるベルギーの街中はすっかり夜の景色へと変わり、建物から漏れる明かりが弱々しくも照らしていた。
人が少なくなった車内。
空いた隣の席に座るフレディーが、外に視線を向けながら語る。
『三年間前の三日間、短くも長く愛おしく感じた日々。あの時をこうして今も味わうことが出来たのはエリンさんのお陰です』
「ふふ、詩的じゃないかフレディー。私こそフレディーに助けられてばかりだよ」
私の右手とフレディーの左手が交差する。
生霊状態の手には触れられないが、透けた手でもこんな幸せな気持ちになれるのは不思議なものだ。
『エリンさん、僕の手に透かされて寒くないですか?』
「この寒さには慣れたさ」
霊特有の悪寒というものだろうか。
この現象は身体が中々受け付けないもので、憑依に慣れた今でも寒さは感じる。
それでも、私の心が暖かく満たされるのだ。
私はフレディーの綺麗な瞳に目を向ける。
「フレディー、私のことはエリンって呼んで欲しいんだ。照れるから無理だなんて言ったら、一日の憑依回数目標を三回から五回に増やすから」
『そんな脅ししなくても大丈夫ですよ。その、エ、エリン……?』
エリン呼びに慣れないフレディーは、疑問形で照れを誤魔化しているようだ。
この音声を録音出来ればと願ってしまうな、目覚ましにぴったりだ。
「照れるフレディーも可愛いよ」
フレディーは目を逸らして呟く。
『可愛いとか言わないでくださいよ』
「耳元でくらった可愛いの仕返しだ」
この甘くも和やかな時間、この時の為に生きて来たんだなと思ってしまうのは、フレディーに出会ってから何回目だろうか。
◇◇◇
病院まではまだ遠く、今日は宿泊施設にお泊まりだ。
そう、とうとうこの日が来たのだ。今までナンシーがいる寝室で渋々フレディーを招いていたが、今回は私と二人っきりの寝室。
つまるところ。
「フレディーッ今日の今日こそお楽しみするぞ!!!」
『隣の宿泊してるお客さんに迷惑です。静かにしてください』
機関車でのロマンチックな雰囲気はどこへやら。
私は犬の如く息をハアハアと吐きながら四足歩行していた!
どうして四足歩行なのか。
興奮しすぎて妄想で痙攣しまくって立てないんだよ!
あ、妄想って単語を連想しただけでもう……身震いが止まらない!
私はそのまま横に寝転がり。
「はあ、つ、疲れたあ」
『慣れない犬ごっこをするからですよ』
ジト目をしてくるフレディーもまた良いですねえ。脳内シャッターでパシャリと。
そんな床に這い蹲る私は、壁に無造作に貼られた広告に目を向ける。
部屋にまで広告を侵入させる心構えは、一周まわって流石の所業だな。
いくつかの広告に目を通す私は、ある広告に目が止まった。
《疲労が溜まった貴方に~全身揉みほぐしマッサージ~二階右部屋201号室でお待ちしております》
「これだあ!!!」
『うわあッいきなり二足歩行にならないでください!』
私の不審な動きに怯えるフレディーに、私は輝きの目を向けながら。
「マッサージを受けに行くぞ! もちろん憑依した状態でな!」