第5話 再会を待ち侘びて〜今から会いに行くよ〜
美青年生霊との出会いから三年後。
ヨーロッパ全土の戦争が終結した翌日、ラジオで首相から終戦が発表された。
その日は五月八日、後にヨーロッパ戦勝記念日、VEデーとなる日だ。
終戦後は工場の製造業は緩やかになり、私は退職することになる。とうとう重労働の日々から解放されたのだ。
三年という長くも短い期間を過ごした同僚達と、終戦と勝利と別れの涙を流した後、私は船に乗りイギリスへ帰国する。
もちろん帰国し目指した場所は。
「来たぞフレディー。待ちに待ったコッツウォルズ、バイブリー村だ」
十四世紀に建てられたと言われる歴史ある建物が並ぶ。
その建物はコッツウォルズストーンと呼ばれる蜂蜜色の石灰岩を用いており、可愛らしい雰囲気を漂わせていた。
五月中旬ということもあり、赤や秀色、ピンクなど色とりどりのバラが綺麗に咲き誇っている。
まるで絵本の中にいるようだな。風に運ばれて来る花の香りがとても安らぐ。
この故郷で育ったフレディー、フレディーのような心優しい人間が生まれて来るのも納得がいくな。
……フレディーは私との約束を覚えているだろうか?
戦争を無事に生き残って帰還しているだろうか?
ダメだ、ネガティブな思考は良くない。フレディーに会えた時、悲しい顔をして会うなんてことはしたくないんだ。
街ゆく人と挨拶しながらレンガ造りの道を進み、見えて来たのはコルン川。
さわさわと流れるゆったりした、コッツウォルズに相応しいといった川だ。
……ここから見える橋、人はいなそうだな。
緩やかなアーチ状の橋を渡り、橋の手すりに手を置き流れる川の先を眺める。
そういえば、ナンシーが小説を出版するとか言ってたな。
こういった橋の上で二人喋るシーンも書いたんだとか。
私も小説を書き始めたら、フレディーは喜んで読んでくれるだろうか。
それから私は、コルン川に架かる橋を順々に見て周った。
しかしフレディーの姿は見当たらない。街の人に聞いてもフレディーは戻って来たという情報は掴めなかった。
探しに探した私は橋の手すりに背をかけて座り込む。
どれくらいの時間が経っただろうか。
夕日が今沈もうとする眩い光が綺麗に川に反射していた。
「……フレディー、もう一度で良いから私の前に姿を現してくれないか?」
私の独り言は誰にも届かず消える。
もしかしたら、戦場にいる中、終戦したことを知らずに未だ戦っているのかもしれない。
だとしても変わらない、私はフレディーの帰りを待つのみだ。
今日のところは宿でも探して泊まろうとするかな。
……私は何故立ち上がれないんだ。
ここで一人待ってても仕方ないだろう?
五月と言っても夜は寒いんだ、それなのに、まだ冷えきっていないこの時間で足が震えているのは何故なんだ?
私は震える足を縮こませ、頭を俯かせる。
「……嫌だ」
そんな事がある訳ないんだ。
「……嫌だよ」
私の事を忘れてしまったなんて、私の思い上がりだなんて。
「……フレディー」
フレディーはもう……戦場で……
『見つけましたよ、エリンさん』
爽やかで透き通る声。
私は頭を上げると、そこには三年前と変わらない姿のフレディーが居た。
『お久しぶりですね』
「フレディー!!!」
私はフレディーに飛び込んだ。
しかし。
三年越しの再開を喜ぶ私は、フレディーの身体をスっと通り抜けてしまった。
「え、あえ? フレディー?」
何度もフレディーを触ろうとするも触れることが出来ない。これってまた……
戸惑う私の気持ちを汲み取ったように、フレディーは微笑みながら言う。
『今の僕は生霊なんですよ』
「生霊……? なんでまた……」
『あの日、姿を消してごめんなさい。突然僕の身体が目覚めてしまってお別れの挨拶が言えなかったんです』
「いいんだそんなこと。私はまた出会えて嬉しいよ」
もしかしたら幽霊になってたらどうしようかと思ったけど、本体が生きているのであればそれでいい。
それでも、私はフレディーに触れたいのだ。
『僕は、エリンさんにお礼を言いに来たんです』
フレディーは私を見つめてそう告げる。初めて出会ったあの日のように。
「お礼って、三年前にもう私は受け取ったはずだ。それに言いに来たって……これからいつでも言えるじゃないか」
これから私達は共にのんびり過ごし暮らすのだろう?
何度でもお互いに感謝の言葉を贈りあえるじゃないか。
フレディーは手を胸に当てながら語る。
『僕はエリンさんに会えるという希望があるだけで心の支えになりました。本当に感謝してるんですよ』
「それは私も同じだ、お礼は私だって」
『僕は戦場で負傷しました』
「……二度目ってことか?」
『はい、それも以前より重体なんですよ』
重体……その言葉に私の心臓がグッと締め付けられる感覚を覚える。
フレディーは笑顔なまま語り続ける。
『地雷にやられてしまいました。肘から先の左腕、左足を損失。黙っていたのですが、一度目の負傷で右腕も無くしています』
「あ……そ、そんなことって」
どうしてなんだ。
私達はただ平和に生きたいだけなのに、そんな仕打ちは無いだろう?
フレディー、どうしておまえはそんな笑顔でいられるんだ。
『エリンさんが見ているフレディーという人物像はいないんです。今の僕はエリンさんをこの腕で抱くことが出来ない、エリンさんが望むエッチが満足に出来ないんですよ』
「そんなこと、私は望んでいない! 私はただフレディーと居たいだけだ!」
私は手を大きく振って叫ぶ。
私はフレディーに救われたんだ、フレディーだって私をもっと必要としてくれよ。
悲しげな声をしながらフレディーは俯いて。
『だから、僕のことは』
「忘れてくださいって? フレディーを忘れられる訳ないよ。フレディー、おまえは私を忘れて生きていくのか? 少しは本音を聞かせてくれよ」
フレディーは俯いたまま押し黙る。
今までフレディーは、笑顔を振りまくことで戦場を乗り切って来たのかもしれない。
私はフレディーの笑った顔や驚いた顔、怯えた顔は知っているが、悲しんでいる顔を見たことが無いからだ。
今度は私がフレディーを支える番。
「私の前でも無理を通すのか? 私はフレディーの全てを受け止める。もう我慢なんてしなくてもいいんだ」
だから、応えてくれよ。
『僕は……』
「私はフレディーに会いたい、生霊の状態でないフレディーに」
フレディーは俯いた顔を上げて私に告げる。
『僕も……会いたい。エリンさんに会いたい!』
「……ありがとう、私は今から会いに行くよ。フレディーがいる場所を教えてくれ」
急いでフレディー本体が眠る場所に行かなくては。
私は、フレディーの頬を伝う涙を拭く役目があるのだ。
私達は共に橋を降り、コッツウォルズから移動するため道を進んで行く。三年前と変わらないはずの生霊なフレディーは、爽やかさがまた増していた気がした。