第12話 言葉を待ち侘びて〜私は情けない人間だ〜
戦場での負傷者は、移動式医療施設である野外病院で治療されていたが、終戦後は重体の負傷者を中心により大きな病院に移された。
フレディーもその一人。私達はとうとうフレディーの居る病院に辿り着いた。
スタスタ病院に入ろうとする私の後方から、フレディーが声をかける。
『僕、まだ心の準備が』
「心の準備なんていつまで経っても出来ない物だ。必要なのは第一歩を踏み入れる勇気、それさえあればなんてことは無い」
それに、私はフレディーに会いたい。
この気持ちだけで三年間頑張って来たんだ、少しくらいわがままになってもいいだろう?
病院の受付でフレディーがいる個室の場所を聞き、階段で登って向かう。
『ドキドキしますね』
「……そうだな」
フレディーが言った通り、階段を一段、また一段と登る度に、私の鼓動は早くなっていた。
普段なら発情か興奮ってところだが、今回ばかりは違っていた。
私の鼓動は、恐怖によって高鳴っていたんだ。
この恐怖は何だ?
何が怖いというのだ、私は寧ろフレディーと会うのを待ち侘びていたというのに。
本体の……フレディーに。
……
そうか、私が怖いのは、フレディーに会うことではない。
フレディーの本来の姿を見て、万が一、そぐわない行動をしてしまわないか怖いんだ。
喜び、笑って、労り、抱き合いたいのに。
目を背けてしまったら、拒絶してしまったら、笑えなくなってしまったらと。
絶対にしたくないのに……
フレディーが好きなのに、好きだからこそ怖い。
フレディーにバレたくない思いは、フレディーに会いたくないという思いだったんだ。
『エリンさん?』
「……あ」
私は階段を登っていたはずが、その足は階段を登ることをやめ、恐怖に震えていた。
ああ、私は、第一歩の勇気でさえ踏み出していなかったんだ。
「ごめん、ごめんよフレディー。私は怖いんだ。本来のフレディーの前で、気持ちを裏切ってしまうかもと、最低な行為をしてしまうかもと思うと……そんなこと、したくないのに……」
私は、膝から崩れ落ちて泣いていた。
フレディーの前でちゃんと泣くのは初めてだな、色々な水をフレディーの前で流して来たというのに。
本当に、私は情けない人間だ。
会いたいのに、会いたくないってさ、自分勝手で最低じゃないか。はは、自分勝手なのはいつもそうか……これが本来の私なんだ。
フレディーは泣きわめく私に優しく声をかける。
「大丈夫ですよエリン。エリンが僕の全てを受け入れると言ってくれたように、僕もエリンの全てを受け入れます。僕でさえ自身の状態に嫌気がさして、こうして生霊として抜け出しているのですし」
「でも、それでも、フレディーが私のせいで傷つくのは嫌だ。私は欲にまみれた人間……これ以上フレディーを欲することなんて……」
泣く私の手に、優しく透き通る手が重なる。私に寄り添うようにして、横でフレディーは語りかける。
「エリンは僕に、会いたくないって言ったんですよ」
「……え?」
「怖くて、恥ずかしくて、もういっその事逃げてしまいたいって」
「私……そんなこと言った覚えは……」
「ははっエリン記憶吹っ飛んでましたからね~」
宿泊施設で私はそんなことを……!
交わした言葉ってこれだったのか……
「ごめん……でもそれは私の」
「謝る必要なんて無いですよ、何せ僕は嬉しかったんですから」
「……嬉しい?」
爽やかな笑顔で私を元気づけながら、澄んだ瞳と目が合う。
「エリンは喜んだり興奮したり痙攣したりと忙しないですけど、弱音を聞いた事が無かったんです。そんなエリンが僕のことを思っての弱音を吐いたのですから、嬉しいに決まってますよ」
……弱音を吐いても受けれてくれる……フレディーはどこまで優しいんだ。
弱音……本当に弱音を吐いても大丈夫なのだろうか。
「だからこれ以上抱え込むのはやめてください。たくさん弱いところを見せてもいいんですよ」
私の心を見透かすように、それでいて優しく応える言葉。もう我慢する必要なんて無かったんだ。
「……私は、フレディーと手を繋ぎたい。撫でられたい、握り、結び、取り合って、重ねて……もっとフレディーに……ただ触れ合いたいだけなのに、どうして現実はこうも残酷なんだッ酷いじゃないかッ……人を殺す武器を作った報いなのかな……」
私の言葉に相槌を打ってくれるフレディー。ずっと締め付けられていた心の鎖が解かれるように、心が軽くなっていく。言葉と共に溢れ出る涙が、溜まったものを洗い出してるみたいだ。
「僕も同じ気持ちです。皆と同じように手があればと、そう思わなかった日は無いです。けど、腕が無くならなければ、エリンと出会えて無かったんですよ。マシンガンも、僕の命を守ってくれました、エリンが背負うことはないんです」
寄り添っていたフレディーはふわっと浮き上がり、優しく言葉をかける。
「エリンのペースでいいですから、本来の僕に会いに行きましょう。僕の胸に、顔を埋めて泣いて貰いたいんです」
その言葉を聞いた私は、階段を駆け上がっていた。
もう、隠すことも無い。どんな私でも、フレディーは受け入れてくれるし、私も受け入れたい。
だからもう大丈夫。
フレディーに会って、散々泣いた後に、泣いた以上に笑い合えばいいんだ。
病院の一室。
私は重く大きな扉を横にスライドする。
階段に居た生霊状態のフレディーは消え、ベットで横になっている青年が今、目を覚ます。